《若手記者・スタンフォード留学記14》ヒロシマ、ナガサキは本当に必要だったのか? 米国で再燃する『原爆』論議

「日本の政策決定者たちを、降伏へと追いやった最大の要因は、原爆ではなく、8月8日のソ連による日本侵攻である。中立条約を結んでいたソ連のこの裏切りにより、ソ連を仲介役として、和平を探ろうとしていた日本の政策決定者の望みが絶たれ、降伏を決断することになった。原爆も、政策決定者に終戦を急がせた要因ではあるが、ソ連の侵攻の方が決定的な要因である」

長谷川氏の議論には、反論も寄せられていますが、それは、「ソ連の侵攻と原爆とどちらが決定的な要因か」という類のものであり、「ソ連の侵攻は降伏に影響がない」という議論ではありません。(参考:『The End of the Pacific War』,Tsuyoshi Hasegawa)

ちょうど先週も、独立の研究者であるワード・ウィルソン氏と、上述のバーンスタイン氏が原爆について語るイベントが大学内で催されました。ウィルソン氏の主張は「原爆は日本の降伏に全く影響がなかった」というものでしたが、バーンスタイン氏からも他の研究者からも、「それは言いすぎだ」という意見が寄せられていました。

どちらに重点を置くかの違いはあるにせよ、「ソ連の侵攻と原爆の両方が、日本の降伏を導いたと」いうのが、いまのところ、歴史家の間では共通見解です。この問いに対する最終的な結論を出すには、降伏を決断した昭和天皇の心情を記した新資料が必要になるでしょう。

日本人は、歴史を語る作法を学ぶべき

今回の、原爆に関する議論を通じて、痛感したのは、アメリカの懐の深さです。

アメリカ人の中には、浅い知識や、英語だけの情報に頼って、自信満々に他の国の歴史について語ったり、非難したりする人がいます。従軍慰安婦問題に対する、一部のアメリカ人の態度には、本当に怒りを感じることがありました(あの悪名高いマイケル・ホンダ下院議員はシリコンバレー地区の選出です)。

とくに、アメリカのインテリの多くは、「ニューヨークタイムズ」に書いてあることは、すべて事実と思ってしまう傾向があり、これまた悪名高いノリミツ・オオニシ記者の日本関連の記事を鵜呑みにされるのは、不快極まりありません。

しかし一方で、真摯に歴史的な真実を見つめようとするアメリカ人もたくさんいます。加えて、歴史の議論がタブーなく、多様な視点から行われるのには、本当に感心します。

原爆の論議を見ても、従来型の見解に固執する人もいれば、新たにソ連侵攻説を唱える人もいれば、バランスよく両者を融和させようとする人もいる。そして、専門家のセミナーに参加して思うのは、歴史解釈を巡る議論が、極めて実証的・理性的に行われることです。感情的になることなく、議論を通じて、純粋に真実を追い求めようとする。

翻って、日本の場合、久間章生元防衛大臣の「しょうがない」発言の際も、言葉の表面をなぞるだけで、内容を冷静に深堀しようとしません。原爆の問題がタブーのようになってしまっています。

今、話題の前航空幕僚長についても、その行動の是非はともかく、悲しくなるのは、論文のクオリティーがあまりに低いことです。信頼性の低い文献から、自分のイデオロギーに合う、都合の良い記述だけを盛り込んだ、低レベルの作文です。自衛官の高官が、こんな杜撰な歴史の議論をしていては、中国や韓国に「歴史を歪曲するな」と非難することができなくなってしまいます。

タブーなく、感情的にならず、信頼性の高いファクトを積み上げて、歴史を議論していく。そういう姿勢を、日本は西欧社会から学んでいく必要があるのではないかと思います。


佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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