《若手記者・スタンフォード留学記 10》快楽のないアメリカ文化、成熟国家の若者には物足りない?
ここ最近、「日本が内向きになった」などと嘆く日本鎖国論が盛んなようです。とくにその矛先は若者に向けられています。
ありがちなのは、若者の海外旅行が減っていることを挙げて、「ああ、日本が内向きになっている。若者よ、より海外に飛び立て」と訴える論説です。同じく、日本人の留学生減少についても、同じような嘆きが聞かれます。
確かに、日本人の留学生は減っています。1998/99年において、日本からアメリカへの留学生は4万6400人に上り、アメリカの留学生の中で最大勢力でした(留学生全体の9.5%)。それが2007/08年には、3万5282人にまで落ちました。この人数は、インド、中国、韓国に次ぐ、世界第4位の数字です。(出所:米Institution of International Education)。
以前、韓国人急増の回で記したように((5)急増する韓国人学生に感じる“たくましさ”と“わびしさ”)、この傾向はスタンフォードでも同じです。そのため、日本人の学生と話す機会があると、ついつい「日本人が減っているね、どうにかしないとね」といった話になってしまいます。
私も当初は、「留学生減少に危機感を持つべきだ」と思っていました。しかし、実際に留学生活を送るにつれ、考えが変わってきました。最近は、「なんで、皆そろって、留学生減少を嘆く必要があるのだろうか。むしろ、これは当然の現象なのではないか」と感じるようになってきたのです。
アメリカの生活には娯楽がない
日本人留学生減少の理由としては、真っ先に「少子化」や「経済的な要因」が挙げられます。ただ、同じく少子化に悩み、一人当たりGDPが日本の半分以下である韓国からの留学生が急増していることを考えると、これは決定的な理由ではありません。
では、最大の理由とは何でしょうか?
それは「日本が成熟国家になった」ことだと思います。言い換えれば、若者が、アメリカ的なものに、憧れや魅力を感じなくなったのです。
もちろん、アメリカには依然として、若者の心を掴むものがたくさんあります。
IT業界の若者にとって、シリコンバレーは聖地ですし、メジャーリーグは野球少年の憧れです。世界の映画業界を牛耳るのはハリウッドですし、学者や研究者として一旗挙げたければ、やはりアメリカを目指すでしょう。知的な世界のレベルの高さ、新たな技術・イノベーションを産み出すシステムなど、社会全体の仕組みという点では、日本はまだまだアメリカに学ぶ必要があります。
しかし、日常生活のレベルや文化の面で、感動することはほとんどありません。
日本の方が、サービスの質、便利さでは、断然進んでいますし、アメリカの文化を学ぶより、日本の歴史や文化を深堀りするほうが面白い。エルビス・プレスリーの曲を愛する小泉元首相のような、アメリカへの強い憧れが欠落しているわけです。
以前、40代の経営コンサルタントの方から「アメリカでの日常生活を通して、これを日本に輸入したら、はやると思ったビジネスはありますか」と尋ねられたのですが、全く思いつかないのです。強いて言うと、「ホールフーズマーケット」(写真)というオーガニックを売りにした高級スーパーは日本でも流行るかもしれませんが、日本のデパ地下に比べれば、大したことはありません。
個人的な印象としても、スタンフォードでの暮らしは、毎日晴れで、自然が豊かで、果物がおいしく、人は温かく、知的な刺激にあふれ、毎日泳いですこぶる健康なのですが、何かが欠けているのです。「やはり、アメリカはすごい」と感心することはあっても、「ずっと暮らしたい」とは全く思わないのです。
思うに、娯楽というか、快楽がないからだと感じられます。
私の娯楽は、「読書」と「おしゃべり」と「酒」と「食事」と「サッカー」なのですが、「西海岸に神保町はない」ですし、「アメリカ人と侃々諤諤の議論をするほどの語学力はない」ですし、「車社会なので家以外では飲みにくい」ですし、「飯はまずい」ですし(妻の料理はおいしい)、「スポーツと言えば、こちらはアメフト」です。
今は娯楽を絶ち、修行僧暮らしをしているわけですが、これも2年が限界でしょう。もし、スタンフォードで5年間暮らしたら、知的にはなっても、人間としてつまらなくなる、記者、編集者として面白い企画は沸いてこなくなるような気がします。一言で言うと、枯れてしまう(笑)。