伊東市・田久保市長に聞かせたい「東洋大学」創設者の"金言"、建学の理念と市長の振る舞いに隔たりはないか
中編:《進取》の早稲田・《独立自尊》の慶應・《良心》の同志社、伝統私学が「らしさ」を持つに至った歴史的背景
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東洋大が全国4位の志願者を集めたワケ
中編で触れた早稲田大学の前身、東京専門学校が開校してから5年後の1887(明治20)年、東京・文京区に哲学者・井上円了が「哲学館」を創設した。これが東洋大学の始まりだ。
「諸学の基礎は哲学にあり」「独立自活」「知徳兼全」を建学の精神にしている。「余資なく優暇なき者にも哲学を学ばせたい」という理念のもと、日本初の女子学生受け入れや夜間教育など先進的な取り組みが行われた。
1903(明治36)年に「哲学館大学」(専門学校令に基づく大学)として認可され、1906(明治39)年に「東洋大学」と改称。現在では、14学部・15研究科、学生数は3万2654名を擁する総合大学に成長した。
私立大学は病院と同じく企業ではない。「大義」と「経営」を両立させなければならない学校法人だ。東洋大学も両方を重視しているが、目立つのは経営面での改革である。





        
        
        
      
        
      
          
          
          
          
        
        
        
        
        












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