全国の学長が注目する「群馬のための大学」
群馬県前橋市にある共愛学園前橋国際大学の学長 大森昭生氏をご存じだろうか。全国の大学の学長が「注目する学長」に4年連続で選ばれている業界の有名人だ。しかも、学長が「教育面で注目する大学」部門でも2017年から上位を維持している(朝日新聞出版「大学ランキング」)。

共愛学園前橋国際大学 学長
1996年に同大に入職し、国際社会学部長、副学長を経て2016年より現職。文部科学省や内閣官房の各種委員をはじめ、中央教育審議会でも大学分科会など各種委員を歴任。群馬県青少年健全育成審議会会長、群馬県教育振興基本計画策定懇談会座長、県都まえばし創生本部有識者会議座長なども務める
「私の評価というより大学の評価が学長の評価になったのでは」と話す大森氏は、「玄人から面白い大学と見られている」要因は大きく3つあるという。
1つ目は、これまでの大学のあり方とは異なる位置づけを標榜していること。日本の大学の大半は小規模大学や地方大学だが、いまだに「一部の有名大規模大学がいい大学」という価値観は根強い。
「いわゆる“いい大学”は全国から学生を集め、世界へ羽ばたかせますが、うちは学生を地域からお預かりして地域にお返ししています。マーケットを限定し、“群馬のための大学です”とビジョンを明確にしているのです」
2つ目は、教育のあり方を転換したこと。大教室で教員が専門知識を教授するスタイルから、アクティブラーニング中心の学びへと舵を切った。専門知識をつけて世界に送り出すのが大学の役目といわれた時代から、予測不可能な時代を生き抜くためのコンピテンシー(資質・能力)の育成を掲げ、地域に出て実践的に学ぶことを進めてきた。
3つ目は話題性だ。地方の小規模大学でありながら定員を増やし、学生数が増え続けている。
「東京の私学で志願者が増えても話題にはなりませんよね。地方の小規模私学でそんなことが起こるわけないと思われているから話題になるのでしょう」

「定員割れ」から「地元の子が集まる大学」となった起死回生策
いまや共愛学園前橋国際大学は、群馬県内から学生が集まる人気大学となったが、25年前は危機的状況にあった。
1888年創立の共愛学園は1988年に共愛学園女子短期大学を開学。1999年には四年制大学として生まれ変わったが、2000年には定員割れの危機に陥っていた。

「こちらが “カリキュラムの充実した日本初の国際社会学部です”と胸を張っても、高校生には何を学べるかわからない大学に映っていたのです。そんな時、ある教授がポツリと『地元の子が敬遠しているのに全国から学生が集まるはずはないよね』と言ったことから、ビジョンが明確になりました」
そのビジョンとはもちろん、マーケットを絞った「群馬のための大学」だ。これを実現するために取り組んだのが①地学一体の学び、②学習成果の可視化、③ガバナンス改革の3つだ。
① 地学一体の学びとは、地域と大学が一体となった学びのこと。以下のようなプログラムがある。
地元企業とプログラムを作成し、企業のミッションを海外で遂行する。海外で地元企業の知名度の高さに気づくこともあるという。
・グローカルセミナー
各コースの学生がチームになって地域課題を解決する必修授業。企業と組んで地元の特産品を売り出す。学生自身が企業を探し、仮想企業の立ち上げも行う。
・長期インターンシップ
地元企業や市役所等で4カ月間インターンシップを行う。
・学び支援
教員養成コースでは公立小学校に同大の学生の席が2つ用意され、毎日2人の学生が常駐。学期の終わりにはその小学校の先生が同大で振り返りの授業を行う。また、高校生の学び支援も行っている。
・行政による授業
前橋市や群馬県の職員が担当する講義がある



② 学習成果の可視化では、さまざまな活動を通してどんな能力を伸ばしたか、学生はウェブ上のポートフォリオ「KYOAI Career Gate」に記録する。4年間の学修で身に付ける12の力に照らし合わせて自己評価を行うことで、自ら学修の成果を説明できるようになるという。URLを親に教えたり、履歴書に書くことも可能で、この仕組みを活用して地元企業への就職が決まった例もある。
③ ガバナンス改革の代表例は、スタッフ会議だ。学長や理事長だけでなく教員、専任職員、パート職員、委託職員など、学生と向き合うすべての教職員が参加する。総勢70名が集まるスタッフ会議について、大森氏はこう話す。
「教授会や事務会議もありますが、大学にとって大事なことはみんなで決めます。年2回開催し、1人ひとりが大学にコミットできるようビジョンづくりから一緒にやっていますが、文化づくりとしても重要だと考えています」

学生が参加する会議もある。そこではまずは職員が大学の財務状況を学生に説明し、そのうえでどうソリューションを作るかを話し合うのだという。
「不満を学生に言ってもらうスタイルは簡単ですが、学生も自分ごととして大学づくりに参加してもらいます。地方の小規模大学であることはネガティブな要素として捉えられがちですが、実はプラス要素なのです。向き合う地域が明確ですし、小規模大学はフラットな組織運営やスピーディな改革が可能なのはかなりの強みだと言えます」
現場の教職員みんなで決めた驚きの規則とは
学生確保のために行ったことは、ほかにもある。学びの専門がわかるようコース制を導入し、さらには英検2級・日商簿記2級を取得している学生は授業料4年間無料というカンフル剤も打った(現在は1年間だけ授業料無料)。
学びの質の向上にも努めた。入学定員をそれまでの250人から200人に下げて適正規模にした。それにより、教育の質が上がり、入学志願者が増えた。さらに、定員割れの時期に推薦入試の評定平均を3.5に設定した。
「当時は定員割れしている大学のレベルで評定平均を設定するとは何事だという声もありました。しかし、適当に入れて適当に卒業させてしまっては、地域の信頼は得られませんから。こうすることで入学者が減る可能性もありました。私学では入学者の減少は経営に直結しますから、『入学者が減って収入の一定割合を人件費が上回ったら人件費を抑える』という規程を作りました。これは理事会ではなく、現場の教職員がみんなで決めたこと。だからこそ、みんな必死に頑張ったのです」
就職指導も、バスを連ねて東京の就職フェアに送り出すのをやめ、地元企業の就職率アップに努めると、県内から学生が集まるようになった。
あらゆる施策を打ち続けるうちに志願者も入学者も増えていき、2025年度には在籍学生数が過去最高となった。今や学生の9割が群馬県出身、8割の学生が群馬県内に就職する大学になった。地域と共生する、というビジョンがまさに実質化されたわけだ。
現場で一緒に活動し、声がかかれば即反応
大学にとって重要な地域との連携。難易度が高いという声もあるが、成功に導く秘訣はあるのだろうか。
「成功の秘訣を尋ねられたら、私は『(地域の)草むしりしていますか?』とお聞きしています。もちろん、草むしりだけでうまくいくわけではありませんが、大事なのは地域の方や産業界の方と現場で一緒に活動すること。私自身、群馬経済同友会などさまざまな会に会費を払ってメンバーとして活動しています」
市役所や地元企業から「こういうことをやりたい」と声がかかると、まずは「合点承知です!」と返すという。
「すると、地域の人が『まずは共愛さんに相談してみよう』と思ってくれるのです。教職員それぞれに地域の方との関係ができてくると、企業から『こんなことしてみない?』という話がきます。もちろん実現できないこともありますが、大切なのは、それが学生のためになるかどうか。そのビジョンを教職員が共有しているので、『持ち帰って検討します』ではなく、『やりましょう!』と言えるのです」

今では新しい出会いを学生がつくることもあるという。こうしたあり方を同大では地域連携ではなく「地学一体」と表現する。
「連携とは別の組織が協力すること。しかし、本学は群馬や前橋の一部ですから、地域と別物ではありません。また、人材が必要なのは地域や産業界のみなさんです。教育のプロであるわれわれは学びの場づくりや、取り組みを学びに昇華するテクニックがあります。しかし、現場や実践は大学の中にはありません。だからこそ、『地域と大学が主体として一緒に一人の若者を育てませんか』、それが『地学一体』ということなのです」
対象地域が明確なぶん、さまざまな取り組みを地元メディアが取り上げてくれる。見てくれた人が街中で声をかけてくれる。そんな等身大の出会いが生まれやすいのも地方大学の強みだろう。
「本学と同じことをほかの大学さんがやっても必ずしもうまくいくとは限らないでしょう。本学がある前橋市は群馬県の県庁所在地と立地に恵まれていますし、地域によって少子化の進行度は異なりますから」
大学問題は「地域の未来」に関わる地域課題
少子化が進み、約6割の私立大学が定員割れする今、地方の私学を取り巻く状況はとくに厳しい。
「3〜4割の大学が定員割れしていた時代とは違う、2023年に私学の53.3%が定員割れ※になった時点で政策の問題になったと私は考えています」
もはや個々の大学の頑張りで乗り越えられるような問題ではないということだ。近年は、財源が税金である私学助成について、経営の厳しい大学の延命策になっているのではないかと取り沙汰されることも多い。
「国から私学に助成されるのは運営費の約9%です。基本は学納金で運営していますから、補助金がないと潰れるのであればとっくに潰れているでしょう。さらに『私学は儲かっている』というのも誤解です。学校法人は税金を免除される非営利組織なのです。だから利益が出ない。校舎など施設補修のための蓄えなどはあるものの、単年度会計で使い切っていきますし、学生の定員は決まっているので、頑張っても教職員の給料は変わりません。単年度で見れば赤字の私学がいくらでもあるでしょう」
加えて「偏差値の高い有名大学以外はコストに見合わない」「東大の学費を上げるくらいならFラン大学を潰して助成金を投入しろ」といった過激な意見もある。Fラン大学とは、いわゆる入学難易度の低い大学を揶揄する俗称として使われている。
「全学部がFランクの大学は1割程度ですし、たとえなくなったとしても相対的なものですから大学の地図は変わりません。偏差値が低い大学が教育力の低い大学というわけではないし、むしろ教育力の高い大学も多い。今も、東大を中心とする昭和の大学観で語られていて、大学とは何なのか? という価値観を変えなくてはならないと考えています」
そのうえで、「本当に地方の大学がなくなっていいんですか?」と大森氏は問う。これからも地方の大学はどんどんなくなっていくと。
「東京の名のある大学しか残さないのであれば、群馬の人材を誰が育てるのでしょうか。東京の大学が群馬に人材を返してくれるのでしょうか。教員や保育士、介護福祉士など、地域の生活を支える人材を育てる大学は全国にあります。経営判断だけに任せれば閉校という選択肢になるかもしれませんが、いなくなったら困る仕事をする人材を育てているからこそ赤字でも大学を維持しているのです。地方行政にとって私学は管轄外ですが、地域の未来を考えると大学問題は国だけではなく地域にとっての課題でもあるのです」
すでに動いている地域もある。大分県では県内の産業界、地方公共団体、高等教育機関が連携する「おおいた地域連携プラットフォーム」に予算をつけている。福井県では、2025年度から緊急対策事業を実施。県内で保育職・教育職に従事することを目指す学生を対象にした、奨学金や家賃補助、報奨金の制度が作られた。
そして今年度、文科省も地域の大学と自治体、関係者の連携、地方創生の推進を掲げて「地域大学振興室」を立ち上げた。では、共愛学園前橋国際大学はこれからの時代をどう乗り越えていくのだろうか。
「2026年4月にデジタル共創学部を設置したいと考えています。国の支援を受けながら、社会のニーズに応える人材を育てていきます。本学は群馬のための大学ですが、群馬県では昨年の出生数が9000人台となりました。新学部の設置とともに対象範囲を周辺地域にも広げ、文系だけでなく学問分野的にも対象範囲を広げたいと思っています」
そう語る大森氏の頭の中には、こんな構想がある。
「県内の各大学が定員を減らし、収入が減った分を共同開設科目や共同入試などでコストを按分し、生き残っていけるスキームを提案したいと考えています。130年以上の歴史がある本学を残したい思いはもちろんありますが、群馬の子にとって大切なのは、どの大学を残すかではなく群馬で大学に通えること。もちろん成り立ちも文化も設置者も違う大学同士でうまくいくかどうかは時間がかかります。不可能と判断したら他の方法を考えなければいけません。だからこそ、できるだけ早くスタートを切りたいと考えています」
世界に羽ばたかせるためのグローバル教育から、世界に羽ばたかずとも、地域にいながら地球規模の視野を持つグローカル教育へ。地域を支える人材を育ててきた地方大学とどう向き合っていくべきか。教育界だけでなく、国と地方、そして子どもに関わる人みんなで真剣に考えていく必要がありそうだ。
※ 日本私立学校振興・共済事業団「令和6(2024)年度 私立大学・短期大学等 入学志願動向」
(文:吉田渓、注記のない写真:すべて共愛学園前橋国際大学提供)