体力でも評定平均でもない、「有意な差」が生じた点は

岩手大学で准教授を務める清水将氏は、主に岩手県内を中心に、通学方法と小学生の体力や健康についての調査を続けている。岩手県教育委員会公表の2022年までの調査を活用して取りまとめた最新のデータから、同氏はさまざまなことが見て取れると語る。

清水将(しみず・しょう)
岩手大学教育学部准教授(岩手大学大学院教育学研究科兼務)
筑波大学大学院人間総合科学研究科学校教育学専攻博士課程単位取得満期退学。2012年より現職、2015年から兼務に。小規模学校での教育や異学年合同・複式授業などを研究している
(写真:本人提供)

「岩手県を『沿岸エリア』、内陸に入った『中山間地エリア』、新幹線などの鉄道や東北自動車道など幹線道路に沿った『その他エリア』に分け、各エリアの小学生のデータを比較しました」

「その他エリア」は比較的人口が多く、県内では都市部に当たる地域だ。「沿岸エリア」は2011年の東日本大震災で津波被害を受けた地域も含まれており、「中山間地エリア」は山間の過疎地域も擁する区域だそうだ。独自に実施した調査では、抽出した小規模校2校の協力によって学力と新体力テスト、生活習慣の相関を分析した。

「徒歩通学者の1日の平均歩数は約1万1130歩で、バス等の通学者の平均歩数は約8160歩。この3000歩の差には、明らかに通学方法が影響しているでしょう。ただ8000歩でも大きな不足はないと思います。また、運動量と学力の相関が論じられることもありますが、この調査では通学方法による学力や新体力テスト合計点の差もありませんでした。この点にはとても安心しました――バス通学か否かは完全に大人の社会の都合で、子どもたちには責任のないこと。それが彼らの学力などに影響していないことは、本当にホッとしましたね」

また、意外なことに新体力テストの結果にもさほどの差はなかったという。では、どんな通学方法をとっていても、子どもの体力には影響がないと考えていいのだろうか。だがその楽観的な見方を清水氏は否定する。

「新体力テストは主として行動体力を測定するもので、その合計点は技能の高さを示していると考えることもできます。言い換えれば防衛体力、健康の度合いを測るには、肥満度などにも注目する必要があるということ。そして残念ながら、その度合いには有意な差が表れていました」

下の図を見ると、小規模校の多い中山間地エリアおよび沿岸エリアの肥満度のグラフと、その他エリアのグラフとの間にはっきりと差があることがわかる。2020年のデータが飛んでいるのはコロナ禍で調査ができなかったためだが、その翌年からぐっと数が増えていることも見逃せない。

「コロナ禍による健康への影響も想像以上のものがありましたが、その前からこれだけ差が出ているのには、やはり通学方法の影響があると思います。しかし、この実態は新体力テストの結果だけを見ていてはわかりません。へき地で学校に通う子どもについてのさまざまな問題が見過ごされてきた可能性もあると考えています」

実はかなりの時間を家の中で過ごしている「田舎の子」

「岩手県の学校減少のスピードはすさまじく、20年前には500校以上あったものが、2023年度には272校にまで減りました。全国的な流れではありますが、それによってバスやタクシーなどで通学をする子どもの割合も激増しました。帰りのバスの時刻が決まっているので、子どもたちはあまり校庭で遊ぶことができません。遠距離の通学は、子どもたちが体を動かして遊ぶ時間を奪っている事実もあると思います」

過疎地域の子どもを取り巻く課題はほかにもある。子どもたち同士の家が遠いことが多く、家に帰ってから一緒に遊ぶ友達がいない。兼業農家などで家を空けている両親の代わりに祖父母が面倒を見てくれるケースもあるが、高齢者が子どもの体力に合わせて外で遊ぶことは難しいだろう。また、今年はとくに多くの被害が報道されているが、クマやイノシシなどの野生動物に遭遇する危険も増している。冬になれば寒さが厳しく雪が多いため、家から出る機会はさらに減り、運動量はより低下するという。

「こうした地域でスポーツ少年団に入っている子どもは、保護者がかなり熱心な家庭だと見ていいでしょう。過疎化が進む土地では、体を動かすことや運動することへのアクセス自体にハードルがある。田舎の子どもは野原を駆け巡っていると思っている人もいるかもしれません。でも実際は、ひょっとすると都会の子ども以上に、家の中でゲームなどをして過ごしていることが多いのです」

清水氏の調査で見えてきた課題にはさまざまな要因が絡んでおり、一朝一夕でどうにかできるようなものではない。沿岸エリアの子どもの体力は他エリアに比べてやや低く、これには震災で避難生活を余儀なくされたことなどが尾を引いている可能性があるそうだ。またコロナ禍の影響は予想を超えるもので、今後も注視が必要だと言う。同氏がへき地の子どもの運動不足を問題視するのは、現在のこうした生活習慣が、彼らの将来の健康にも影響を及ぼす恐れがあるからだ。

「通学方法で1日に3000歩の差があるとお話ししましたが、子どものときの3000歩は大した違いではないかもしれない。でも家から出ない、運動しないという生活習慣を身に付けて大人になってしまうと、それは将来の健康格差にもつながるリスクがあります。都市部に比べて医療へのアクセスもよくない地域でこそ、自ら健康を保つ意識がより重要です。生活習慣病を予防するために、積極的な運動や適切な食生活を子どもの頃から習慣付けることが大切なのです」

今求められる「地域の課題を授業に取り入れる指導スキル」

子どもが望んでも運動することが難しい地域では、学校が体育の授業以外での策を講じる必要があるだろう。例えば京都府南丹市の小学校では、地域の見守りボランティアの力を借りて、下校前に子どもたちが校庭で遊ぶための時間を確保した。

また、清水氏は、今日の教員に求められる指導スキルとして「地域の課題を見つけて授業に取り入れる力」を挙げた。この力は前述の「健康格差のリスク」軽減にも寄与するかもしれない。

「例えば健康課題について扱うなら、教科書に従って一律にがんの話をするのではなく、東北で多い高血圧の話をしっかりするとか。子どもたちにとっても身近で切実なことを話すといいと思います。また、地域の大人や異学年の子どもと協働することも有効です」

教室の外の人との交流は、子どもたちが地域を知る機会にもなるし、顔見知りが増えて、彼らが家から出る機会を増やす可能性もあるだろう。

現在はイエナプラン教育など、異年齢による学級構成も見直されてきている。清水氏は一人ひとりを丁寧に見られる小規模校にもメリットはあると考えており、子どもたちの通学距離が延びるような統合だけが選択肢ではないと話す。

「子どもが少ないエリアは必ずしも少子化による変化ではなく、実は昔から似たような状況だったというところが少なくない。それでも過去の日本は全国に分校を行き渡らせ、プールや体育館まで整備していた。これは本当に価値のあることです。統合が進んだのはそのリソースが割けなくなったことが主な原因であり、小規模校は少子化以前からずっと存在していました。学びの質を保つためには学校にある程度の規模が必要だとも言われますが、小規模校のすべてが悪いかといえば、決してそうではなかったはずです」

今後はさらに人口減少が進む。地域の教育インフラを守るためには、ICTの活用はもちろん、人材育成のあり方も改善すべきだと指摘する清水氏。

「複式学級の教育実習はあまり行われていませんが、教員免許を取得する過程で、小規模校を理解するための教育を行うことも不可欠です。一般的にへき地の教員は2~3年で異動します。しかしそれでは、子どもにとっては6年間見てくれる先生が一人もいないということになってしまいます。へき地医療と同様に、小規模校勤務を希望する教員を育て、学校の教育資源を引き継いでいくシステムの整備も重要です」

いずれにせよ、少子化に歯止めがかからない今日では、すべての学校が小規模化に向かっているといえるだろう。子どもの健康と学校の適正規模を測る清水氏の調査データは、向かうべき方向を考える重要なヒントになるはずだ。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:H.Kuwagaki / PIXTA)