学校の硬直化の原因?「そんなことしていいんですか」

富山県の南砺市では2020年4月、市内のすべての公立小中学校でチーム担任制を導入した。現在は小学校8校・中学校7校・義務教育学校1校で同制度が運用されている。革新的な選択には、抜き差しならない地域の事情があった。19年に南砺市教育委員会の教育長に就任した松本謙一氏は語る。

「南砺市は4町4村が合併し誕生した市で、山間部から平野部まで広大な面積を有し、他市に比べ少子高齢化が進んでいます。小学校は半世紀前に大規模な統合を終えており、ほとんどの旧町村が小・中1校ずつとなっています。現在、急速に過疎化が進んでいますが、これ以上の統合があると地域それぞれの文化が失われてしまいます。小規模校の利点も考慮し、各地域に学校を残すという方針を決めました」

南砺市教育委員会教育長
松本謙一(まつもと・けんいち)
南砺市出身。小学校で16年間、中学校で4年間教員として教えたのち、富山県教育委員会指導主事、富山大学教授、金沢大学大学院教授などを経て、2019年4月から現職。富山大学名誉教授、日本生活科・総合的学習教育学会顧問
(写真:南砺市教育委員会提供)

松本氏は「教員の大量採用と大量退職によって、教育の質が低下すること」も懸念していた。南砺市のチーム担任制(1学級1担任とする従来の学級運営の方法を見直し、複数の教員がチームで学級運営にかかわる体制)で目指すのは「小規模校のよさを生かして、持続可能な教育基盤をつくること」だ。例えば1学年1学級の小学校では、学習指導要領の目標が2学年ごとに設定されている音楽科や道徳科などにおいて、1・2年生、3・4年生が一緒に授業を行う。とくに実技教科は教員の得手不得手の差も大きいため、互いに補い合うこともできるだろう。チームがベテラン教員と若手教員の組み合わせになれば、必然的にOJTも可能になる。主担当を分担すれば、1人がメインで教える授業は単純に考えて2分の1になる。その分1つの授業研究にかけられる時間が増え、その質が高められるはずだと松本氏は言う。

子どもたちにとっても、サポートに回る教員の存在は授業の理解度を深めるだろう。教員との接点が増えれば、学習以外の場面で相談したいことがあるときにも、気軽に教員に話しかけることができるようになる。また、「生活ノート」を複数の教員の目で見ることで、子どもの変化を発見できる可能性が高くなる。保護者対応も必ず2人で当たるようにしているため、若手教員にとっては授業外でも先輩教員の手腕を間近で見られる格好の機会になる。

メリットばかりのように思えるが、松本氏の提案に対し、当初の現場の反応は芳しくなかった。

「先生の『そんなことしていいんですか? そんなの見たことがない』という第一声を覚えています。『私もまだ見たことないよ』と返しましたが、一方で『ああ、学校が硬直化している原因はこれではないか』と感じました」

松本氏は「学校は固定化したら終わり」だと断言し「学校や先生が主体的になり、創造性を持ってほしい。すべての学校や先生が同じである必要はないし、そうであるはずがない。均質化を求めずに多様性を認め合い、それを生かしてほしいのです」と続ける。

校長も一体のワンチームで、退職者を出さない学校に

同市のチーム担任制は4年目を迎えるが、1年目はとくに大変だったと松本氏は振り返る。校長会での説明を行うと、前述の「そんなことしていいんですか」のほかにも、さまざまな反対意見が挙がった。

「特別支援学級はどうするのか、責任感が薄れるのではないか、ベテラン教員の仕事が増えるのではないか――など。こうした意見を持っている校長先生のところには個別に学校に出向いて、直接話をして不安を解消していくことに尽力しました。その次は市PTA連絡協議会役員会での説明会です。『4教科(国語・算数・社会・理科)だけは1クラスで担任の先生に見てほしい』という声が強くあり、実技系教科や朝の会、外国語科や道徳科、学級活動などをチーム担任制にする現在の形が決まってきました」

現場や保護者の理解を得ることを重視してきた同制度。導入する教科などの大まかな方針は決まっているが、実は具体的な方法や実施状況は学校によってさまざまだという。松本氏は「先生方が『今より大変になる』と思うことはやらなくていい」と伝えてきた。

「広大な南砺市には、平地に位置する中規模の学校もあれば山間部の極小規模校もあります。気候や取り組む環境も違うのだから、カリキュラムも学校ごとに変えればいい。そのときそこにいる先生の個性、そこから生まれるアイデアはすべて学校の『資源』であり、学校ごとに違うのが当たり前。大事なのはその資源を最大限に子どもに還元することであって、型を作って従わせることではありません」

チーム担任制を早期に大きく取り入れた学校もあれば、少しずつ慎重に進める学校もある。その決定権は各学校にあるのだ。教育委員会が決めたことを学校に下ろし、校長がトップダウンで命じる方法は「主体的」ではない。

「校長先生にお願いしたいのは、先生方の提案を『いいね』と言って主体性を伸ばすこと。学校を、先生方が喜んで来られる場所にしていくことです」

南砺市のチーム担任制は単なる教員同士のチームではなく、校長を含めた学校全体がワンチームとなって取り組むものだ。この成果が最も顕著に表れているのは、初任者教員の定着率かもしれない。同市では松本氏が現職に就いた2019年から23年までに、68人の教員の新規採用を行った。そのうち退職した人はほとんどおらず、「年度末を待たずに退職した新規採用者」に限って言えばその数はゼロだ。

例えば東京都教育庁の発表によると、東京都では22年度に新規採用した教員2429人のうち、約4%に当たる101人が年度途中に自己都合などで退職している。分母が違うことを考慮しても、その差には数字以上のものがある。

相互に絡み合う「3本柱」で、地域の学校の魅力を伸ばす

南砺市の教育改革は、チーム担任制を含めた「3本柱」で行われている。残る2つは「地域基盤の小中一貫教育」と「市教委主導で行う部活動改革」だ。松本氏は「この3本柱は根を同じくしており、どれか1つを切り離すことはできない」と力強く答える。

前者の取り組みの1つとしてスタートした、市で最初の義務教育学校である「南砺つばき学舎」。同校では、夏休みを短縮することで6限の授業をなくすなど、独自のカリキュラム導入で、午後の時間に余裕が生まれた。そこで始まったのが「自学の時間」だ。子どもたちは週に2回、学年の枠を超えて、自ら選んだ教員や仲間と好きなことを主体的に学ぶ。内容は英語や音楽、ペーパークラフトからゴルフまでさまざま。「自学の時間」実施のきっかけは、中学校で教えてきた教員の「高校進学のとき、自分で志望校を決められない子どもが多い。やりたいことを見つけるきっかけになれば」という主体的な提案だった。

「現在、市内のすべての学校が地域ごとに学校評議員会を構成し、夏休みや冬休み期間を自由に設定するなど、特色ある教育実践を行っています。自分の地域の学校へ通うことが原則ですが、多様な子どもや保護者のニーズに対応するため、本年度から、すべての学校に『特認校制度(※)』を導入しました。公共交通機関の定期代も全額無償です」

次に部活動改革を見てみよう。過疎化により、市内の中学校では3学年合わせても単独でチーム編成ができない、吹奏楽部で合奏が成り立たないといった学校が出てきた。その原因を松本氏は「生徒数が減少しているにもかかわらず、各校の部活動の数が減っていないことにある」と指摘する。

そこで南砺市では部活動の拠点校化を進めることにした。市内の中学校にあるすべての部活動の種目を、市内のどこかの中学校に残せるように、部活動数を絞りながらバランスよく配置する。そうすることでチーム担任制と同じく「2、3人の教員でチームを作り、1つの部を担当できる」と言う。

「市では部活動を完全になくすことは考えていません。重要なのは部活動改革が教員の働き方改革だけを目的にしたものではなく、子どもたちのためだということ。それは先生方にも伝えています」

例えば、休日だけでなく平日も、教員の勤務時間を過ぎた後は、地域の指導者に引き継ぐことを検討している。また、小学生が所属するスポーツ少年団との連携を中学生の指導にも生かす「指導者団体組織の一本化」についても模索しているところだ。これらは小中一貫教育の考え方ともつながっている。市全体でスポーツや芸能文化活動を頑張ってきた小学生を、中学校の指導者に手渡す仕組みをつくる。それにより持続可能な生涯スポーツ・芸能文化活動の振興につながり、地域の指導者に教えてもらうことでふるさと教育の場にすることも狙っているのだ。

大学では幼児教育の研究も行ったが、小中学校の教員として20年以上実践を続けてきた松本氏。自身を「理論家ではない。予算のことなどは詳しくないし、市長が私に求めているのはそういうことではないと思うんですよね。やれることをやるだけです」と笑う。

「教育改革はまだまだ道半ばですが、各地域の教育のあり方は教育長が決めることでもないと思っています。保護者や地域の方々が何を望むか、それぞれの学校が短いスパンでつねに考え直し、柔軟に議論していくことが大切です」

※通学区域に関係なく、希望する市内の小中学校に就学できる制度

(文:鈴木絢子、注記のない写真:ばりろく / PIXTA)