「よい先生」と言われる教員の指導はコーチング的

コーチングと言えば、主にビジネスの世界で起業家や経営者たちに活用されてきたというイメージが強いだろう。それが今、なぜ教育現場で必要とされているのか。国際コーチング連盟ICF認定資格を持ち、これまでプロコーチとして2200時間のコーチング経験を持つ木村彰宏氏は、背景についてこう説明する。

「社会の価値観が多様化し、個々人が自分の価値観を大事にしながら生きられる時代になってきていますが、子どもへの関わり方も、指導書のようないわゆる『正解』に基づく授業やトップダウン型の学級経営ではなく、子どもたちのやりたいことや興味関心に寄り添って主体的な学びに伴走する対応が重視されるようになりつつあります。探究学習の推進などは象徴的でしょう」

こうした流れの中、学校の教員にはファシリテーターの役割が求められているともよく言われるが、ファシリテーションとコーチングには、共通項があると木村氏は言う。

「両者とも、個人の中にある答えや願い、価値観を引き出していくコミュニケーションです。これを集団に対して行うのがファシリテーションで、個別にアプローチしていくのがコーチング。定義するならば、『クライアントが自ら気づき、意思決定をし、行動して、本人が望む目標を達成していくことをサポートする』ことです」

とくに重要なのは、意識と行動の変化を促すことだという。

「行動の変化だけを促すなら命令でいいわけですが、その場合、命令する人がいなくなれば元の行動に戻ってしまうでしょう。コーチングでは、本人が自分で考えて行動するからこそ、その人の人生に変化が起こっていくと捉えます。そのため、答えや手段はクライアントが潜在的に持っていることを前提に、コーチは質問やフィードバックを行い、原則としてアドバイスしない形で伴走します。実はこうした指導はこれまでも教育現場で求められてきましたし、子どもたちから『よい先生』と言われる教員は、たいていコーチング的な指導を行ってきたのではないかと思います」

「強みを生かす教師教育」にも有効だ

もともとコーチングは「馬車」を指し、「大切な人をその人が望むところまで送り届ける」という意味で使われていたが、そこから「人の目標達成を支援する」という意味で使われるようになったという。その理論は、心理学者のアドラーやマズローなどを源流とする人間性心理学をはじめ、東洋哲学や構成主義、言語の研究などをルーツとしている。

木村彰宏(きむら・あきひろ)
プロコーチ/公認心理師
震災復興支援NPO、小学校教員、株式会社LITALICOとキャリアを歩み、2020年4月からコーチングを通じて起業家や経営者をサポートする株式会社コーチェットにジョインし、トレーナー兼コーチとして活動。2021年4月からは軽井沢風越学園に参画し、学校教育に関わる。2024年春より「人と組織の経営コンサルティングファーム」MIMIGURIへジョイン

コーチングをカウンセリングと捉える向きもあるが、木村氏は「歴史的に見れば祖先が同じ親戚みたいなものです。これは賛否が分かれる表現なのですが、カウンセリングはマイナスをゼロに戻していくことであり、コーチングはゼロをプラスにしていくと考えることもできます」と述べる。

これまで木村氏は、ベンチャー企業の経営層などのビジネスパーソンだけでなく、学校の教員や管理職、指導主事といった多くの教育関係者に対してもプロコーチとして伴走してきたが、「誰かに話を聞いてもらっていない人は多い」と感じるという。

「今の学校の先生方は本当に大変です。初任者研修はありますが、1人ひとりの先生に誰かが伴走する余裕はなく、校長先生や教頭先生も、迷ったときに相談する相手や場がなかなかありません。その結果、従来のトップダウンのマネジメントや『あれをしなさい』『これはダメ』といったティーチング的な関わりが再生産されてしまう。それにより、とくに若い先生が苦しくなって辞めてしまう現状もよくお聞きします」

一方のコーチングは、「相手の可能性を心から信じるというマインドセットから始まります」と木村氏は説明する。それがあるからこそ、相手は話したい気持ちになり、互いの信頼関係が生まれるのだ。

「そうしたマインドセットをベースに、相手が子どもたちなら、例えば、探究的な学びを行う中では、自分なりの正解を見つけることを促していく。管理職から部下の先生たちに対しても同様に、自己選択や自己決定を促していく。今の時代、先生がどういう教育をしたいのか、どう子どもたちと関わりたいのかを自覚する必要があると思いますので、先生方の強みを生かす教師教育を行うという観点からもコーチングは有効だと思います。また、先生方は日頃から自分の話を聞いてもらっていれば、子どもたちの話も聞けるようになるはずです」

まずは「ペーシング」で信頼関係を構築

では、コーチングの手法は具体的にどのように教育現場に生かすことができるのだろうか。代表的なスキルとしては、「ペーシング」「承認」「聴く(傾聴)」「質問」「フィードバック」「提案」「要望」といったものが挙げられる。これらのスキルを基にした実際のコーチングについて簡単に説明しよう。

例えば、先生が子どもと関わる際に活用する場合は、「ペーシング」から始めるといいそうだ。声のトーンや顔の表情、会話のスピードや内容を合わせ、相手が使う言葉を繰り返したり、相づちを打ったりする手法だ。

「例えば、子どもから『最近元気がないんです』と言われれば、『そうか、元気ないんだね』と繰り返すようにして共通の土台をつくっていきます。ペーシングは、改めて1対1の時間を取らなくても普段の関わりの中で使える信頼関係構築スキルなので、忙しい先生でも活用しやすいと思います」

そして、単に子どもの言葉を「聞く」のではなく、子どもが本当に訴えたいことは何なのか、子どもの心は何に動かされているのか、しっかりと「傾聴」すること。また、「承認」も大事だという。

承認とは、価値判断が働きかける側にある「褒める」のとは異なり、事実を認めることだ。具体的には、「おはよう、元気?」(存在承認)、「早速試してみたんだね」(行動承認)、「目標を達成したんだね」(成果承認)、「半年前よりここができるようになったね」(成長承認)といったアプローチだ。他者からの価値基準で評価されるわけではなく、自分の変化を実感できるため、子どもの自己効力感を高めることができるという。

「そのうえで先生は、子どもに『提案』して触発していくことも必要でしょう」と木村氏は説明する。下図は、具体的なアプローチの一例だ。

「今、探究学習や自由進度学習など、自ら考えて進めていく学びや、子どもたちが自ら校則やルールを見直す活動などが少しずつ広がっていますが、学校の先生がそうした活動でも求められているのは、子ども本人の考えをたずねることだと思うのです。例えば『あなたは今それに関心があるんだね』『何が面白い?』『次はどうしようか』といった問いかけが必要ですが、それってまさにコーチングなんですよね。これからの子どもたちの学びや活動を支えるうえで、コーチングは活用できるスキルと言えます」

コーチングを学ぶ際の注意点

一方、校長や教頭などの管理職が教員に関わるとき、あるいは指導担当の教員が若手教員に関わるときなどにも、ペーシングや傾聴、承認といったスキルは有効だという。

「加えて、『質問』も大事になってきます。イエスかノーかで答えられるようなクローズクエスチョンではなく、本人が自分の言葉で答えられるようなオープンクエスチョンが必要になってきます。例えば『今どんな感じ?』『どうなると理想なの?』などです。そのような質問により、同僚を誘導して答えを導くのではなく、本人の思いを尊重しながら関わっていくほうが、本人に主体的な変化を促し、それを持続させることもできるのです。また、企業も学校も、うまく回っている職場は聞き合う文化があるので、同僚同士が1対1でコーチングを行う『ピアコーチング』もお勧めです」

例えば下図は、指導担当者と初任者が授業の振り返りをしている場面だ。質問イメージの参考にしてほしい。

教員は、コーチングをどのような形で学べばよいのだろうか。中には悪徳なコーチングビジネスも存在するようなので、気をつけるべき点もある。

「まずは自分がなぜコーチングを学ぶのかをしっかりと考えること。児童生徒によりよく関わるスキルとして学びたいのか。あるいは、副業や将来の独立のためなのか。後者ならば信頼できるコーチングスクールに通ったほうがいいでしょうし、前者ならばスクールは高額なので書籍で構いません」

書籍は、コーチ・エィ著『この1冊ですべてわかる 新版コーチングの基本』(日本実業出版社)、あるいはヘンリー・キムジーハウス他著『コーチング・バイブル(第4版) 人の潜在力を引き出す協働的コミュニケーション』(東洋経済新報社)、ジョセフ・オコナー他著『コーチングのすべて――その成り立ち・流派・理論から実践の指針まで』(英治出版)がお勧めだという。スクールは、国際コーチング連盟に認定されている「CTI JAPAN」、あるいは「コーチ・エィ アカデミア」や「THE COACH ICP」などに通えば、国際資格が取りやすくなるという。

また、教員が学校現場でコーチングを生かしたい場合には、自分が信頼できる人のコーチングを受けてみるとよいと木村氏はアドバイスする。

「自身が伴走してもらう体験を持つことで、理論と実体験を結び付けて学びやすくなります。コーチの見極め方としては、一定の研鑽を積んだことがわかる資格として、国際コーチング連盟(ICF)や欧州メンタリング&コーチング協議会(EMCC)の認定を受けているかどうかを確認することをお勧めします」

(文:國貞文隆、注記のない写真:木村彰宏氏提供)