「オンライン教育が普及したら、どんな産業、企業の株式が注目されると思いますか」

「私は通信速度の確保や、ネットのセキュリティーを保つサービスが伸びると思います」

「僕はスラックみたいな交流ツールだと思います。宿題を出したり採点したり、スケジュールを確認できるツールが小中学校でも普及する」

「間接的だが、レジャー産業の株が上がるのではないでしょうか。学生が家の中にこもりがちになるので、少しは外で遊んでほしいと思う親が多くなるはず」

「それならばスポーツとかフィットネスも注目されるかもしれないですね」

「確かにスポーツ分野も伸びるかもしれませんね」

次々と活発な意見が飛び出す。この発言の主は、プロの投資家ではなく、現役の高校生たちだ。上記のやり取りは2020年11月27日、 東洋経済の『会社四季報 業界地図』編集部が、角川ドワンゴ学園が運営するN高の投資部に出張講義を行った際の一幕である。当日は25人の高校生部員が参加し、 オンライン上で約2時間にわたって、業界分析や企業分析をめぐる議論が交わされた。

オンライン上で約2時間にわたって行われた出張講義。『会社四季報 業界地図』を使って業界分析や企業分析を行った

投資の元本は、部員1人につき20万円から

N高は、オンライン授業やプログラミング教育を充実させた「ネットの高校」として話題を集める新鋭の通信制高校だ。そのN高が、株式投資を体験する部活動「投資部」を設立したのは2019年のことである。

まず部員は、投資の元本として20万円を与えられる。その与えられた金額で銘柄を選び、自由に売買する。投資に関する知識を勉強したり、毎月1度、運用状況のリポートを提出したりしながら、年度の終わりまでにどれだけ儲けが出たかを競う。

特徴的なのは、仮想の株式投資ゲームをプレーするのではなく、実際に証券会社に口座を開設して、現実のお金を使うことだ。投資元本を超えて利益が出た場合、部員はその超過部分を受け取れる。一方で、損して元本を割れても補填の必要がない。投資資金の提供は、著名投資家の村上世彰氏が創設した財団が引き受けた。村上氏は、特別顧問として学生への講義も行っている。

投資に生かせる統計講義や証券会社による講義などを通じて、投資に関する知識を身に付ける

「生徒がお金儲けをすることが投資部の目的ではない」と、投資部の運営を担当するN高職員の松井尚哉氏は言う。「ニュースに関心を持って身の回りの社会を知ったり、自らのキャリアについて考えたりするきっかけにしてほしい」。その際、リアルマネーであったほうが学びも大きくなるというのが運営側の狙いである。

現在、部活動は2019年度に第1期を終え2期目を迎えている。

そのうちの一人、高校3年生の横島光希さん(17歳)は、もともと株式投資に関心を持っていた。N高に転校する前に通学していた高校でも、授業の一環で仮想の投資ゲームなどをやったというが、「投資ゲームとは身の入り方が違う。現実のお金のほうが投資や企業のことをより多く学べる」と話す。

将来は物流業界を変える仕事に就きたいと語る横島さんは、日野自動車、いすゞ自動車、マツダなど、自動車メーカーの株式を中心に購入した。投資先のIR(投資家向け広報)担当者にもコンタクトを取り、物流業界の未来について質問をぶつけたところ、高校生だからとむげにはせず、電話で親切に応対してくれた会社があったとうれしそうに語る。投資部に入って、ニュースを自分で調べる力がつき、今後の流れを予想できるようになったという。

企業訪問なども行っている。(写真左上)ビックカメラ、(左下)サイバーエージェント、(右上)トヨタ、(右下)ダイドー

同じく高校1年生の部員、和賀陽樹さん(15歳)は、ROE(自己資本利益率)などの指標を慎重に検討した末、不動産のヒューリック、化学大手の東レに投資した。「割安かなと思った」。その後株価は順調に上がり、収支もプラスになっているという。が、お金以上に、和賀さんの糧になりそうなのは、新聞を読み始めるようになったことだ。「投資を始めてから政治や経済の問題に興味を持ち、考えるようになりました。新聞記者という職業にも興味を持った。だから高校卒業後は経済学部、商学部のある大学に進学したい」。

投資部は親と子の会話を生むきっかけにもなっている。N高職員の松井氏は、部員の親と話をした際、次のような反応が返ってきたと明かす。「親の勤める会社の事業や仕事について、もっと詳しく教えてほしいと子どもが質問するようになった」「家庭ではお金の話はしづらかったが、子どもが投資部に入ってから家のお金の現状を伝えやすくなった」。

22年度から高校の家庭科で金融教育が拡充される

このように高校から投資の経験を積ませることはさまざまなメリットがありそうだ。折しも22年度からの高校の新学習指導要領では、資産形成の観点から家庭科で金融教育を拡充することが盛り込まれた。同年に成人年齢が20歳から18歳へと引き下げられるのを機に、政府は金融リテラシーの引き上げを図っていく姿勢を打ち出している。こうした流れも手伝って、N高投資部のような部活動が各校で立ち上がり、広がりを見せていくのだろうか。

それにはいくつかハードルがあるのは確かである。1つは親の理解である。N高のような新鋭の高校と比較して、一般の高校では株式投資への偏見があったり、時期尚早と考えたりする親も多いとみられる。そんな中で学生の投資活動に対する親の了解をどう得ていくかはポイントだろう。

第2に講義・講師の確保である。多くの学校では、金融や投資のことを未経験者に教えられる教職員が不足している。N高投資部でも、投資教育の講座の拡充を課題としており、前述の『業界地図』の出張講座など外部講師の受け入れや、教材の改善に力を注ぐ。さらに、現実のお金で投資を行う場合は、資金の提供元を見つけることも課題だ。

もっとも欧米諸国では、早期から金融教育が導入されていることが知られている。米国の若者が教養として身に付けるべき金融知識を紹介した本『アメリカの高校生が学んでいるお金の教科書』(アンドリュー・O・スミス著、SBクリエイティブ)によれば、10代のうちから学生がおカネやキャリア設計、投資や老後資産のことなどを本格的に学んでいるそうだ。株式投資をすることも珍しくない。

米国と日本では、文化や慣習の違いがあるかもしれないが、経済や金融の複雑化にさらされていることには変わりはない。そうした中、早いうちから自活力を身に付けるうえでも、教育現場から金融教育を広げる動きがもっとあってもいい。

>>『会社四季報 業界地図』に関心のある教育関係者の方はこちらからお問い合わせください。

(写真はすべてN高等学校提供)