「子どもコミッショナー」は怖い組織?
――ここ40年ほどで、「子どもコミッショナー(以下、コミッショナー)」や「子どもオンブズパーソン」と呼ばれる第三者機関を設置する国や地域が増えました。
国連の子どもの権利委員会は、1989年の国連総会で採択された「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」の締約国に、条約の内容をしっかり実施する仕組みとして、コミッショナーを置くよう求めています。多くの国にはすでに子どもに関わる施策を担う省庁などがありますが、それとは別に子どもの権利状況をモニタリングし、調査や提言ができる仕組みが必要だとしているのです。
「子どもの権利条約」4つの原則
すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されます
子どもに関することが決められ、行われる時は、「その子どもにとって最もよいことは何か」を第一に考えます
子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します
すべての子どもは、子ども自身や親の人種や国籍、性別、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます
(引用:日本ユニセフ協会ホームページ)
――日本も1994年に子どもの権利条約の締約国となっていますが、国会で審議中のこども基本法案においてもコミッショナーの設置は見送られました。いまだに国レベルでの第三者機関がないのはなぜでしょうか。
どういう組織なのか、なぜ必要なのかという理解が広がっていないことが大きいと思います。「こども家庭庁ができればそれでよいのでは?」という声もありましたし、反対された方の中には、独立した第三者的な機関、あるいは子どもの権利そのものに対する警戒感もあったのかもしれません。
とくに特定の組織や個人を糾弾するのではというイメージを持っている人もいるようですが、決してそのような怖い組織ではありません。子どもが困っている問題を見つけ、それを改善するために政策提言という形で発信する専門家の組織です。
海外では、子どもに関わる人や組織を結び付けてコンセンサスを得ていく組織としても機能しており、日本でも既存の省庁の子どもに関わる施策や仕組みを補完し、子どもの状況を改善していく役割を果たしていくと思います。
「行政から独立した組織だと好き勝手やるのではないか」と懸念する方もいらっしゃるようですが、海外のケースを見ていると、それほど強い権限を持っているわけではありません。制度改善の提言はしますが、提言から先は国会や行政が判断することだと考えられています。
海外の「子どもコミッショナー」の多くが国レベルの組織
――海外では、子どもに関するコミッショナーはどれくらい設置されているのですか。
ユニセフ本部が網羅的な調査を行ったのは2012年で、そのときには70カ国以上にありました。10年経っているので今はもっと多いと思います。最も早く設置したのはノルウェーで、子どもの権利条約ができる前の1981年のことでした。北欧はどこの国も設置していますね。
海外のコミッショナーの多くが、国レベルの組織です。カナダは国レベルのものはありませんが、すべての州に設置されています。英国も同様で、イングランド、ウェールズ、スコットランドという単位で設置されていて、国に関わる問題はイングランドのコミッショナーがカバーできることになっています。米国のように一部の州にしか置かれていない国は、例外的です。
アジアも、フィリピンやネパール、インドネシアなどにあります。国によっては、子どもに特化した組織ではなく、いろいろな人々の人権を扱う国内人権機関の中に、子どもの権利担当部門を置いている国もあります。このタイプの国も多く、国連の子どもの権利委員会はどちらの形でもよいとしています。
また、個別救済の取り組みは国によってばらつきがあります。
――日本では、国と地域、どちらのレベルでの設置が適しているでしょうか。
国レベルの組織があれば法律などの改正提言ですべての子どもの権利状態が改善されることにつながりますし、地域による差がないようにするという意味からも、まずは国レベルのものが必要ではないでしょうか。そのうえで、都道府県にもあれば、個別救済などよりきめ細かく対応できると思います。
――コミッショナーの働きで成果を上げた海外の事例を教えてください。
スコットランドでは以前、体罰を一部容認する法律がありましたが、コミッショナーが長年この問題に取り組み、法律の改正を提言して体罰禁止を実現しました。刑事責任を科す年齢の引き上げも提言して実現しています。ちなみにメンバーはコミッショナーを含めて15人で、各自が精力的に動いていると聞きます。
ウェールズでは、子どもの貧困問題に継続的に取り組んでいます。ある年に500人くらいの子どもの声を聞いてさまざまな提言を含む報告書を提出しました。その結果、学校給食の無償提供の対象拡大や、制服規則の柔軟化などが広がったようです。コロナ禍では、経済的に苦しい家庭の子どもへの給付金の情報が対象者にきちんと届いていないことを指摘し、自治体などによる積極的な広報を推進したところ、かなりの額の給付につながったそうです。
フィンランドでは、児童養護施設にいる子どもや卒業した子どもの声を聞いたうえで、支援対象者の年齢を25歳まで引き上げるという提言をし、法改正を実現しました。
オーストラリアでも、政府が税と社会保障の改革をしたときに、コミッショナーが奨学金制度など子どもを持つ家庭に関わる社会保障制度の改善を提言して、いくつか達成しています。
いじめもよく取り組まれているテーマです。例えば、ノルウェーでは政府が学校のいじめ対策を検討していたときに、コミッショナーが当事者である子どもの声を聞いて報告書を政府に届けました。その結果、学校がいじめを認識してから対応しなければいけない期間が短縮されるなどの制度改善に結び付きました。
ネパールでは、新憲法の起草過程で子どもたちが意見を述べる機会を設け、子どもの権利に関するまとまった規定の導入につなげた実績があります。インドネシアでも、父親がインドネシア国籍でない子どもに関する国籍法の規定の改正を提言し、実行されました。
このように法律や制度の細かいところを少し変えることで、多くの子どもの救済につなげた例はたくさんあります。政府や省庁などから指示されたテーマを取り上げているだけでは、こういう成果はなかなか上がりません。諮問機関のような形ではなく、子どもの声に基づいて調査課題を選ぶことができ、自由に動ける形での独立性が重要になります。
ベースとなる「子どもの権利」は先生にこそ知ってほしい
――日本でも子どもを救うための第三者機関は30以上の自治体にありますが、どうご覧になっていますか。
すべての機関について把握できているわけではありませんが、20年以上前に国内初として設置された兵庫県川西市の「子どもの人権オンブズパーソン」は、個別救済も制度改善の提言もできるようになっていますね。
ただ、日本は個別救済ができていても川西市のように制度改善までできている所は少ないようですし、常勤のスタッフがいない組織もあると聞きます。少人数かつ非常勤の構成ですと、常勤が当たり前である海外のように効果的に機能するのは難しいのではないでしょうか。
――日本でも国レベルのコミッショナーが設置されるとしたら、どういう機能を持つべきだとお考えですか。
国レベルで必要なのは、まず子どもの声を聞き、政策を提言する機能です。そのためには独立性が不可欠で、担当者は専門家かつ顔が見えるほうがいいでしょう。海外のケースを見ると、「子どものことならこの人に言えばいい」「この人が言うことなら耳を傾けてみよう」と思えるような人のいる組織がうまくいっている印象です。こうしたアクセスのしやすさは重要です。
また、子どもの参加も必須条件です。海外では子どもアドバイザリーボードのようなものを常設している所もあり、「そもそもコミッショナーは何をしたらいいか」というところから子どもに相談している国もあります。いじめとか貧困とか、個別のイシューごとに当事者の子どもを集めて声を聞くという形もあります。
――日本でのコミッショナーの今後についてはいかがですか。
日本は子どもの権利条約の締約国となって25年以上、条約に基づいてすべての子どもの権利を包括的に保障する法律はなかったので、こども家庭庁やこども基本法が成立すれば、とても大きな一歩になると思います。これを機にさらに議論を広げて深めていくことができれば、そう遠くない先、日本でもコミッショナーができるのではないでしょうか。
――コミッショナーについて、教育関係者の間で認識は広がっていますか。
そもそもコミッショナーのベースにある子どもの権利の考え方が浸透していない印象です。子どもの権利を尊重すると「子どもがわがままになるのでは」と懸念される方もまだ多いかもしれません。本来なら子どもの権利は教職課程で学ぶべきですが、現状では扱われていませんから。しかし、家庭に次いで子どもたちの近くにいる先生方にこそ知っていただきたいことです。
そのため日本ユニセフ協会は昨年度、学級経営で子どもの権利という考え方をどう生かしていけるのかをまとめた『ユニセフCREハンドブック』を作って全国の学校に配布しました。
子どもは自分に権利があることがわかれば他者にも権利があることを理解でき、お互いの権利を尊重するようになるはずです。だからといって権利という言葉を強調しすぎる必要はないのですが、権利という考え方に基づいた運営をしていただけるといいなと思います。
例えばこのコロナ禍で学校生活をどうしたらいいのかというアイデアを子どもたちはいろいろと持っているはずなので、その声に耳を傾けて何らかの形で生かすこともできると思うのです。子どもたちにとってそれは大きな成功体験になり、その体験はきっと、学校以外の場や社会に出たときにも大きな糧になるはずです。
(文:崎谷武彦、注記のない写真:Syda Productions/PIXTA)