恵まれた設備と工学系ならではの支援体制で乗り切った第1波
2020年4月、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の影響で、多くの大学が新年度の講義開始を5月に延期した。
「芝浦工業大学では20年度の前期授業開始当日(4月7日)から、オンラインで授業を配信すると決めており、サポートマニュアルも用意できていました。ただ、その直前に国が緊急事態宣言を発出する方向に動いたことから、本学の授業開始も5月11日に遅らせました」と学長の山田純氏は振り返る。
だが、この5週間の猶予が結果的にはよかった。例えば、2〜3月にかけて導入したオンライン授業のためのZoom、Microsoft Stream、Microsoft Teamsを教員たちで試行、マニュアルのわかりにくい部分を次々と改訂して、ラーニング・マネジメント・システム(LMS)に公開した。
4月半ばには「遠隔授業に関するFD(ファカルティ・ディベロップメント)・SD(スタッフ・ディベロップメント)研究会」を立ち上げ、授業開始までの間に合計11回の会合を開催。教職員が交代で講師を担当し、オンライン授業の取り組み方、反転授業の実施方法、オンライン授業での学修成果の評価方法など、多面的なレクチャーをしたという。
またこの間、教員同士でMicrosoft Teamsなどを用いた情報交換も盛んに行われた。「語学科目や人文社会系教養科目の先生が困り事を書き込むと、ICTが得意な先生が相談に乗ったり、うまくいった事例を紹介したりして、非常によい情報共有が図られていました」(山田氏、以下すべて同)。
一方、学生に対するサポートも万全を心がけたという。オンライン授業に用いるパソコン(PC)を持たない学生に約250台のPCを貸与。PC周辺機器や通信費など受講環境整備のために、在学生8700人に対し一律6万円の臨時奨学金を支給した。
Zoomアカウントも、教職員のみならず学生にも利用時間無制限のフルライセンス版を配布。教職員と学生の間だけではなく、学生同士もオンラインで顔を合わせて、好きなだけグループワークなどの準備が行えるよう配慮したためだ。
「いろいろ準備はしたものの、想定外の事態は起こるだろうと覚悟していました。前期授業開始前に教員に『通信接続がうまくいかず講義に入れなかったとしても、焦らないでください』と呼びかけました」
予想どおり、最初の1週間は教員、学生からの質問、相談の対応に追われた。しかし、「2週間目、3週間目になると指数関数的に問題が減っていき、4週間目には平常運営できるようになりました。情報システム課や学術情報センターの献身もあり、おそらく他大学では考えられないくらいスムーズに、対面からオンラインへと授業が移行できたと思います」。
「設備に助けられた」ことも大きな要因だ。芝浦工大は06年の豊洲キャンパス開校時に、教員が教室で使用するPC、プロジェクター、音響装置などの「教卓システム」を刷新し、全キャンパスに同一のシステムを導入している。それまでは教室ごとに設備の仕様が微妙に違っていて、トラブル対応に手間取っていたからだ。
「高級車が1台買える」ほどの初期費用を投じて導入した教卓システムは、操作方法が同じなのはもちろん、音量などの設定が使い終わった段階ですべてリセットされる仕様になっている。教員はどこか1つの教室で操作を覚えれば、ほかのどの教室に行っても毎回同じ手順で授業ができるようになったのだ。
さらにこのとき、全教室の約半分に講義を収録できるカメラも設置(現在は全教室に設置済み)。「復習に活用したい」という学生のかねての要望に応える形で、必修科目の講義はすべて収録してLMSにアーカイブするようになっている。
「多くの教員が教卓システムと収録に慣れたことで、自宅でうまく授業ができなくても、大学の教室に行っていつもどおりに授業をすればいいというマインドになれたことが、オンライン授業に対する不安を払拭したように思います」
学生のオンライン授業に対する満足度の高さは注意すべき
こうしてスタートした20年度のオンライン授業は、教員、学生双方から好評を博した。
前期授業が終了した段階で学生にアンケート調査を行ったところ、約80%の学生がオンライン授業に満足と回答している。教員へのアンケートでも、対面授業と比べた場合の学生の理解度は「よい」「変わらない」が講義科目では9割超、演習科目でも8割超だった。一方、実験・実習科目では、ほかに比べて「理解度がよくない」という回答が26.5%と高めの結果となった。
20年度後期授業からはコロナの拡大状況を鑑みて、実験・実習を伴う授業は対面とオンラインを併用したハイフレックス型授業、もしくはオンデマンド授業で予習を行い、対面で反転授業を行うブレンディッドラーニングを実施するようにした。中には、教員が実験キットを自作してオンライン受講する学生に送付し、ティーチングアシスタントが実験手順をYouTuber風に説明する動画を作成するなどの工夫もあった。
学修成果の評価も、学生の不満を反映し改善を試みた。教室に学生を集めて一斉に行う試験が実施できないため、前期末は多くの科目からレポートが課され、提出が一定期間に集中してしまった。そこで後期は、提出期限を長く設けるなどの方法で調整を図った。
さらにレポート提出などで参考文献が必要になる学生も多いことから、20年6月〜21年3月まで、図書館の本を学生に届ける宅配貸し出しサービスも実施。延べ3396名が利用、1万4888冊が宅配で貸し出されたという。
学生に対するサポートを手厚くしていった結果、「学生はオンライン授業の便利さに気づき、対面授業を開始してもハイブリッド(ハイフレックス)型であればオンラインを選択するようになりました。そうなると、学生のオンライン授業に対する満足度が高いからといって安心はできません」。
一方、教授会などで意見を聞くと、おおむね「学生にはキャンパスに来てほしい」という答えが返ってくる。PCモニターの向こう側にいる学生が、本当に理解して授業についてきているのか不安だし、横とのつながりが持てなかった20年度、21年度入学者にZoomのブレイクアウトルームを使ってグループワークを行わせると、ディスカッションが進まないなど、さまざまな問題が浮上していたからだ。
「自己管理ができていて勉強する習慣のある学生は心配不要ですが、大学へ行くのが面倒だという理由で、ハイブリッド(ハイフレックス)型授業を在宅受講している学生がいないとも限りません。大学としてはこのような学生にこそ、キャンパスに来てほしいのです」
実感を伴う実験・実習こそが工業大学の教育の核心
そこで22年度からは授業出席の方針を「基本は対面」に改め、特別な事情がなければオンライン受講は不可とした。学生の申請がない限り、教員は授業に出席するためのZoom IDを公開せず、教室に姿を現さない学生は欠席とし、後から収録した授業を視聴させるという。
21年度の授業形式は、オンライン授業7割、ハイフレックスやブレンディッドラーニングを含む対面授業は3割程度だったが、22年度は講義型を中心にオンライン3割、対面7割になりそうだ。もちろん、つねにオンライン、対面の選択肢は残し、感染状況に応じて授業形式を切り替える体制は変えない。
「2年間のコロナ禍を経験して、大学は対面授業のあり方、キャンパスの存在意義を見直す時期に来ています」と説く。
例えば、海外協定校の学生とプロジェクトチームを結成しさまざまな課題の解決に取り組む「グローバルPBL」をオンラインで実施したり、海外の著名な教授を招聘して同時双方向型授業を展開したりするといったことは、芝浦工大ではもう普通のことになっている。
これはオンライン授業の明らかな利点だが、知識を供与するだけなら国内外の著名大学の講義が無料視聴できるOER(オープン・エデュケーショナル・リソース)やYouTubeでも十分可能だ。今後はそこで勉強した成果を大学が「試験」という形で評価するビジネスも成り立つかもしれない。
「そんな時代だからこそ、従来とは異なる『新しい対面授業』の価値を創造していく必要があるのです。そもそも大学とは教育理念に従って、目的とする人材を育成することにあります。工業大学のいちばん大事なプログラムは、キャンパスで学生自らが動き、実感を伴った実験・実習を行うこと。これを充実させることが重要です」
その一環として、4年次になると研究室に配属されて行う卒業研究の年次を、2年後には3年次に引き下げる計画を進めている。現状では研究室のスペースが足りないので、講義型の対面授業をオンラインに移行することで使われなくなる教室を研究室に再配置することを検討中だ。
芝浦工大では教育改革を進めるために「教育イノベーション推進センター」が中心となって、大学の教育力アップのための教員サポートと教学マネジメントを行っている。今後は、分野や学部などを超えた横断的な視点からカリキュラムの総合的な検討や期末試験のCBT化、組織的なFD・SD活動支援の強化などに注力し、教育DXに取り組む先進的な海外の大学に引けを取らない「SHIBAURA MODEL」の構築を目指すという。
こうした大学のDXが進めば、大学における勉強や生活に対する概念も大きく変わる。キャンパスのあり方も含めて、大学だからこその価値を見いだすことができるかが今後より重要となってきそうだ。
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(文:田中弘美、注記のない写真:すべて芝浦工業大学提供)