千葉大がオンライン授業にスムーズに移行できた理由
新型コロナの感染拡大により、最初の緊急事態宣言が発令された2020年春――。
千葉大学は、学事暦を変更し、授業開始日を5月7日に約1カ月後ろ倒しした。千葉大では8週間で1タームが完結するターム制を導入しているが、これを一時的に6週で8回分の授業を実施する形に改め、全面的にオンライン授業(オンデマンド授業・同時双方向授業)を実施することにした。
当初、オンライン授業への移行で混乱する大学も多くあったが、千葉大は20年4月から実施することになっていた「千葉大学グローバル人材育成“ENGINE”」(以下、ENGINEプログラム)のおかげでスムーズに対応することができたという。
これは、文理混合による課題解決型教育を実践する国際教養学部を中心に展開してきたグローバル人材育成戦略を、ほかの学部・大学院に拡大、適用するプログラムだ。
具体的には、1. 学生の「全員留学」の必修化、2. 世界の共通語である英語を多角的に学ぶ「英語教育改革」、3. ICTを活用した学修支援環境を高度化することで留学中でも科目履修が継続できる「スマートラーニング」の3本柱で、「国際社会で活躍できる次世代型人材の育成」を図るというものである。
このスマートラーニングを全学で推進するために立ち上げた組織が「スマートオフィス」だ。20年度に100科目のコンテンツを提供する準備を進めていたが、「急遽コロナ対応のためにスマートオフィスが前線に立ち、全学およそ7000科目をオンライン授業化しました」と、千葉大学で教育改革を指揮する副学長の小澤弘明氏は振り返る。
もちろん、問題がなかったわけではない。例えば、千葉大は以前から「Moodle(ムードル)」というラーニング・マネジメント・システム(LMS)を導入しており、約1000科目で使われていた。それがコロナによってほぼ全科目でMoodleを使うことになったため、サーバーへの負荷が高まったのだ。
「オンデマンド授業であっても、受講時間の制限を厳しく設定した先生もおり、サーバーへのアクセスが集中し、通信速度が極端に遅くなったり、停止したりすることもありました」
学生たちから「受講ができない」「時間内に小テストの答案を提出できない」などの訴えがあったことから、大学側は教員に対して「緩やかな時間管理」を要請。またMoodleだけで行っていたオンライン授業を、オンデマンドについてはMoodleとGoogle Workspace、同時双方向についてはGoogle WorkspaceとZoomを使用するという形にして、サーバーへの負荷を分散した。20年度後半にはMoodleをクラウドへ移行し、現在は安定的にオンライン授業を運営できている。
時間管理や授業準備、学修効果、成績評価などの課題も
20年度、21年度の状況を学生、教員はどう受け止めているか。千葉大が行ったアンケート調査によると、「まず、学生たちは時間管理に追われていたことがわかりました」と小澤氏は話す。
「先生方が出席の確認や、単位の実質化(授業時間と予習復習時間を合わせ、1単位当たり45時間の学修時間を確保)を意識したことで、学生たちは例年よりも多く小テストやレポート、コメントペーパーなどを課されたり、対面形式の履修ガイダンスができなかったことで過剰に授業を履修したりして、学修時間が長くなり苦労したようです」
一方、教員はオンライン授業の準備と双方向性の確保、学修効果、成績評価の適正化に課題を感じているそうだ。
オンライン授業は、オンデマンド型の場合、講義を収録しなくてはならないが、使用できるスタジオ施設や機材が、十分に整備されているわけではない。中には、自己負担で必要な機材を購入した教員もいる。また、ハイフレックス型では対面授業を行いつつ、同時にその授業をオンラインでリアルタイムに配信するが、そのすべてを教員1人でこなさなければならない。
しかも、オンライン授業が一方通行にならないように、学生の質問を受け付けたり、FAQのファイルを作成・更新したりといった、きめ細かなフォローも必要になる。それなのに、多大な労力を費やす割に得られる学修効果には疑問が残る。
「先生方へのアンケートでは、オンライン授業の学修効果に対して、非常によい・非常に悪いと回答したのが各5%台、ややよい・やや悪いがそれぞれ30%前後で拮抗し、変化なしが25%と評価が割れています」
対面授業で有効だった試験形式の成績評価も、オンライン授業では公正性をいかに担保するか、試験形式以外の方法でどう評価を厳格化するかが課題だ。
「教育DXを推進するためのコンソーシアムなどに参加する国内他大学や、300以上に及ぶ本学の海外提携校、日本の国立大学協会に相当する欧州各国組織など、さまざまな機関における議論や対応を参考にしつつも、いまだ試行錯誤が続いている状況です」
対面とオンライン授業を組み合わせて質の高い学びの実践へ
最適解を探りつつも、ポストコロナ時代を見据えた全学的な教育改革を進めなくてはならない。
20年度の第4ターム以降、英語・初修外国語や小人数での演習などの授業を中心に、対面授業の割合は徐々に増えている。しかし、千葉大としては基本的にコロナ禍が収束しても、オンライン授業の採用は不可逆的だと考えている。
実際、教員たちへのアンケートでも今後の授業形態に対する意向は、「対面中心でオンライン併用」が58.8%、「オンライン中心で対面併用」は24.8%。どちらが主従になるかの違いはあるが、オンライン授業を継続したいという声は圧倒的だ。
何より重要なのは、対面授業とオンライン授業を組み合わせて、いかに質の高い学びの実践に結び付けていくかだ。22年度の方針としては、授業の目的や学修効果を考慮したうえで、各教員が授業形態を決定することとし、例えば大規模教室で行う講義形式の科目はオンライン授業で、実験を伴う科目は対面授業でというような一律の規定は設けていない。
「むしろ、今後は大規模教室での講義形式の授業も、知識の部分はオンデマンドで予習し、対面授業で討論などを通じて深掘りするといったアクティブラーニング形式が増えると思います。また、科目の特性に応じて講義とアクティブラーニングをセットにし、週2回または2コマ連続の授業にする、あるいは他学部も含む教員が連携して1つの課題に関連する科目をパッケージ化するといった集約的学修にしていくことも考えています」
さらに、これまで実験を行う科目はどうしても対面授業になりがちだったが、今はバーチャル・リアリティー・システムを使うことで、人間の体の血管、細胞といったミクロの世界や、宇宙・地球科学など、教室では不可能な領域の実験まで行えるようになった。そのため、「実験を伴う科目についても、オンライン授業と対面授業の組み合わせを検討していきます」と小澤氏は語る。
大学全体のDXにつなげる2つの組織を立ち上げ
22年4月には、コロナ禍をきっかけに広がったオンライン授業を、大学全体のDXにつなげるために2つの組織を立ち上げる。
1つは、従来のスマートオフィスを「スマートラーニングセンター」に改め、機能の拡大強化を図る。もう1つは、千葉大の教育改革のパイロット学部である国際教養学部で展開してきたモデルプログラムを基に、全学的な「インテンシブ・イシュー教育プログラム」を企画立案し、運営する「高等教育センター」だ。
スマートラーニングセンターの最大の使命は、データ駆動型の教育改革を先導することだ。まずは、さまざまな客観的データを収集、分析し、今後の教育改革の方針の決定に役立てるため、現在運用している学生用のダッシュボード(データを集め、概要をまとめて一覧表示するツール)に加え、教員や学修支援スタッフをはじめとする教務・学務系職員向けのダッシュボードを作り、データを可視化していく。
学生用のダッシュボードには、例えば学修過程と成果を記録したラーニングポートフォリオが蓄積されている。学生自身が学修到達度を確認したり、それをどうキャリアにつなげていくかを考察したりすることに利用するもので、日本でも多くの大学が導入している。だが、教員のティーチングポートフォリオや職員のスタッフポートフォリオを採用する大学はまだ少ない。
「教員同士がチームを組んで授業を展開する集約的学修が増えていくと、相互の授業内容を可視化することは非常に重要な意味を持ってきます。また、個々の学生のニーズに応じたテーラーメイド教育を目指す本学としては、教務・学務系職員が行った学修支援内容を収集、分析することで、教育サービスの質的向上につなげます。ファカルティ・ディベロップメント(FD)、スタッフ・ディベロップメント(SD)の一環にもなるので、ここは重点課題として積極的に取り組みます」
高等教育センターの長に就任するのは、小澤氏だ。歴史学が専門だが、国際教養学部の新設やENGINEプログラムの策定・実施に関わり、全学的な教育改革を牽引してきた。
「DXというと、理学系、情報・IT系の専門家が担当するイメージですが、そういう方たちだけでやっているのでは、定着、普遍化しないと思っています。ですので、私のような人文系の人間がいてもいいのかなという思いで、任に当たっていきます」と決意表明する小澤氏の手腕に期待がかかる。
千葉大は、オンライン授業の積極活用に向けて組織体制を強固にし、今後は大学全体のDXを加速していく。
関連記事
大学が直面、学生は対面より「オンライン授業のほうがいい」の危うさ 芝浦工大が問いただすキャンパスの存在意義
約20年の実践に自信、早稲田大学「オンライン併用の対面授業」推進の真意 ブレンド型の効果大、教員支援に全力を尽くす
(文:田中弘美、写真:すべて千葉大学提供)