TALIS2018からも「事務」と「部活動」の負担が浮き彫りに

「日本の学校教育はこれまで、学習機会と学力を保障するという役割のみならず、全人的な発達・成長を保障する役割や、人と安全・安心につながることができる居場所としての福祉的な役割も担ってきた」

2021年の中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」では、これまでの知・徳・体を一体的に育む「日本型学校教育」をこう振り返っている。実際、学校が幅広い機能を担い、公正で高い学力水準も保ってきた日本の教育は世界的にも評価されてきた。

にもかかわらず、OECD調査(19年時点)では初等中等教育段階における公財政支出のGDP比率および児童生徒1人当たりの教育機関への支出額はともにOECDの平均値を下回っている。「『低コスト・高パフォーマンス』と言えば聞こえはよいですが、日本の教育は、主に教員の献身的な取り組みによって成り立ってきたと考えられます」と、国立教育政策研究所の藤原文雄氏は指摘する。

藤原文雄(ふじわら・ふみお)
文部科学省 国立教育政策研究所 初等中等教育研究部長/教育政策・評価研究部長、教育データサイエンスセンター副センター長
民間企業、国立大学勤務を経て、2010年から国立教育政策研究所 初等中等教育研究部 総括研究官。20年より初等中等教育研究部長、21年より(命)教育データサイエンスセンター副センター長、23年より(併)教育政策・評価研究部長。専門は教育行政学。現在は、GIGAスクール構想、教育データ利活用の促進、教職員等指導体制に関する研究に従事。文科省中央教育審議会「チームとしての学校・教職員の在り方に関する作業部会」専門委員、文科省「質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境の在り方等に関する調査研究会」委員、文科省中央教育審議会「質の高い教師の確保特別部会」臨時委員なども務める
(写真:藤原氏提供)

文部科学省「教員勤務実態調査」(22年度実施)の速報値では、すべての職種において在校等時間が減少したものの、過労死ラインといわれる月80時間の残業に相当する教員が中学校で36.6%、小学校で14.2%いるなど、長時間勤務の教員は依然として多い。

こうした状況は、教員・校長の勤務環境や学校の学習環境に焦点を当てた国際比較調査、TALIS2018でも明らかになっている。例えば、日本の教員の通常時の1週間の仕事時間は、小学校教員が54.4時間、中学校教員が56時間(参加国平均38.3時間)と最長だ。業務の内訳を見ると、下の図のように、日本は小中学校ともに事務業務の時間が他国と比べ最長となっている。中学校ではとくに課外活動の仕事時間が長く、世界的に見ても部活動指導の負担が大きいことがわかる。

黄色が日本(小学校)、オレンジ色が(中学校)、灰色が参加国平均(中学校)。カッコ内は前回2013年調査
出所:国立教育政策研究所「TALIS2018報告書vol.2―専門職としての教員と校長―のポイント」

とりわけ事務は教員の大きな負担になっているようで、「事務的な業務が多すぎる」ことに「非常によく」または「かなり」ストレスを感じる日本の教員は中学校で52.5%、小学校で61.9%(参加国平均46.1%)に上る。

出所:国立教育政策研究所「TALIS2018報告書vol.2―専門職としての教員と校長―のポイント」

また、質の高い指導を行ううえで、支援職員の不足を感じる日本の中学校の校長は55.8%、小学校の校長は46.3%と参加国平均30.8%を上回っている。

黄色が日本(小学校)、オレンジ色が(中学校)、灰色が参加国平均(中学校)。
出所:国立教育政策研究所「TALIS2018報告書vol.2―専門職としての教員と校長―のポイント」

つまり、教員の長時間労働の改善に当たっては、事務業務と部活動指導の軽減、そして人的リソースの調整が大きなポイントになると考えられる。

受け持つ業務が多すぎる!仕事の棚卸しと削減が必要

藤原氏は、「日本は教員が受け持つ業務が多岐にわたり、仕事の棚卸しと削減も必要」だと話す。例えば、文科省の「令和3年度諸外国の教員給与及び学校における外部人材の活用等に関する調査」(PwCコンサルティング委託)によると、対象10カ国のうち、調査対象の38の業務に何らか教員が関わっている業務の割合は日本が92%と最も多い。

出所:PwCコンサルティング「令和3年度諸外国の教員給与及び学校における外部人材の活用等に関する調査報告書」(207ページ)を基に藤原氏作成

上の表から、他国ですでに学校や教員以外が担っている国が多いと確認された業務(薄い黄色と濃い黄色でハイライトした業務)を抜き出してみた。

【児童生徒の指導に関わる業務】
登下校の時間の指導・見守り/欠席児童への連絡/教材購入の発注・事務処理/体験活動の運営・準備/給食・昼食時間の食育/休み時間の指導/校内清掃指導/運動会、文化祭などの運営・準備/進路指導・相談/健康・保健指導/問題行動を起こした児童生徒への指導/授業に含まれないクラブ活動・部活動の指導/児童会・生徒会指導/教室環境の整理、備品管理

【学校の運営に関わる業務】
校内巡視、安全点検/国や地方自治体の調査・統計への回答/文書の受付・保管/学校徴収金の徴収・管理/学校広報(ウェブサイト等)/児童生徒の転入・転出関係事務

【外部対応に関わる業務】
家庭訪問/地域行事への協力/地域のボランティアとの連絡調整

 

日本の教員の業務がかなり多岐にわたっていることが改めてわかるのではないか。

「とくに登下校時間の指導・見守りは、家庭の責任という国が多い。学校徴収金の徴収事務、学校広報なども、他国では教員が担うことはほとんどない」と藤原氏は言う。

「学校の機能を増やせばコストがかかることを認識し、学校機能を拡張するならば、教員の負担増につながらないように、役割分担をすべきです。例えば、フランスの小学校では、休み時間の指導を教員ではなく、学童保育を担当するアニマトゥールという専門職員が担当する場合があります。データの取り方が国によって異なるため必ずしも正確な比較はできませんが、学校職員の配置率も、英国は教員1人当たり1.09人に対して、日本は0.13人と低い。海外ではジョブ型雇用が多いために業務の分担が進んでいる面はありますが、日本も教員によいパフォーマンスを発揮してもらうためには、人を含めて必要なリソースをきちんと投入することを考える必要があるでしょう」

中教審も2019年に、これまで学校・教員が担ってきた業務を3種類に整理し、役割分担の明確化・適正化を促している。例えば、登下校の対応などは「基本的に学校以外が担うべき業務」、休み時間の対応などは「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」、給食時の対応などは「教師の業務だが、負担軽減が可能な業務」に分類している。しかし、教員の役割の削減・分担の取り組みは、あまり進んでいないのが現状だ。

カギは保護者と教員が「相互にリスペクトし合う関係」の構築

こうした中、教員業務の見直しを進めるには、「教員と保護者の関係を、対等なパートナーシップに持っていくことが重要」だと藤原氏は考えている。

「現代の保護者は、社会的支援が十分でない中で子育てをしており、重い教育費だけでなく、子どもがさまざまな問題を抱えた場合への対応といったリスクも負っています。教員だけでなく、保護者も余裕がないのです。保護者同士のつながりも薄れ、そのことによる孤立化が学校への過剰な要求につながり、本来なら家庭や地域でなすべきことまで学校に委ねられてきた側面もあります。保護者への支援や保護者が適切な形で意見を出せる仕組みも考えながら、教員と保護者が対等に協力し合えるようにしないといけません」

藤原氏は、こうした状況から学校と家庭の役割の境界があいまいになっていることが、教員の業務の膨張につながっているとみて、英国の「家庭-学校間合意書」の制度が参考になると話す。

「これは、子ども本人、保護者、学校がそれぞれ果たすべき役割や責任を明確化する合意書です。日本もそういった役割分担が必要です。学校側は説明責任を果たして透明性を持つ努力はしないといけませんが、保護者も学校のリソースや教員の労働実態を理解する必要があるでしょう。相互に理解を深めて信頼し合い、リスペクトし合う関係をつくることが働き方改革のカギになり、ひいては教育の質向上につながると考えます。最近では、夕方は留守電対応にする学校が増えましたが、そうした業務の仕分けや工夫を、学校と保護者が一緒にやっていくことが重要です」

日本でも近年、保護者や地域住民らが学校運営に意見を述べられるコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)が推進されているが、これにより学校と保護者が教員の業務の棚卸しをして成果を出す事例も出てきているという。

教職の魅了向上には「専門職としての自律性向上」も必要

教員の長時間労働は教員採用倍率の低下にもつながっており、質の高い人材の確保、ひいては日本の学校教育の持続可能性を危うくしている。教職の魅力を高めるには「業務の見直しと同時に、専門職としての教員の自律性向上が欠かせません。それは教員のパフォーマンスを高めることにもつながります」と藤原氏は言い、こう続ける。

「TALIS2018の結果では、教科書選定や履修内容の決定などの教員の裁量権が日本は他国に比べて少ない。自律性を支援するためにも、裁量をどこまで認めるかという議論も必要だと思います。また、教員にも主体的・対話的で深い学びが求められていますが、専門職として学び続ける機会にも恵まれていないのが現状です」

TALIS2018によると、日本の教員の職能開発ニーズは他国に比べて高い。担当教科等の分野の指導法に関する能力に関する職能開発ニーズは小中学校ともに60%超で、調査参加国平均の12.8%を大きく上回る。一方で、仕事のスケジュールが職能開発への参加の障壁になっているとの回答が小中学校ともに80%超と参加国平均52.5%より高く、意欲はあるものの多忙なために専門的な職能開発が難しくなっていることがうかがえる。

前出の文科省の委託調査の調査対象国においては、夏休み中に勤務を要さない国も多い。藤原氏は「日本においても、22年度の勤務実態調査によれば、夏休み中は一定程度休暇を取得できていますが、今後は、より自律的に専門性を高められる機会が得られるようになったほうがいい」と指摘する。

また、国立教育政策研究所の研究によると、1人1台端末の導入により授業にICTを活用することで、授業準備や児童生徒と向き合う時間を確保しやすくなる傾向も明らかになっており、「ICTの活用は働き方改革に大きな影響を与える」と藤原氏は期待している。

「教員の働き方改革には、多様な『リソース』と、教員のモチベーションを支える社会からの『リスペクト』が必要だと思います。とくにいろいろな大人が対等に学校教育に関われるようにすることは、教員の負担軽減だけでなく、一人ひとりの子どものよさをもっと発見できる環境にもつながっていくのではないでしょうか」

(文:新木洋光、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:Kostiantyn Postumitenko/PIXTA)