目指すのは「単なる規模縮小ではない」教育改革

栃木県の県庁所在地、宇都宮市。その人口は約51万人と、栃木県の人口の約3割を占める(2025年7月1日現在)。県内14市11町すべてで人口が減少しており、とくに周縁部の人口減少が著しい(「令和6年栃木県の人口」)。

こうした中、栃木県では2013年度から県立高校の再編計画を実施。2024年度から第三期県立高校再編計画(以下、再編計画)を進めている。再編計画では、全日制高校の規模と配置の適正化とともに、“魅力ある県立高校づくり”として①未来共創型専門高校、②中高一貫教育校、③単位制高校、④フレックス・ハイスクールといった特色ある学校の設置などを掲げている。

栃木県教育委員会で高校再編担当指導主事として、この再編計画の策定に携わった鈴木啓介氏は、計画策定の背景には社会の変化と生徒数の減少などへの対応があると話す。

「本県ではこれまで、県立高校の学級規模を小さくすることで学校を維持してきました。しかし、生徒数の減少により1学年4〜8クラスという本県の適正規模を下回る学校が出てきています。オンライン授業が発達してきていますが、生徒同士が切磋琢磨できたり、さまざまなコミュニティが構築できるような学級規模が必要です。また、学級規模の縮小により、野球やサッカーなどの団体競技の部活動の維持も難しくなる事態も出てきてしまいます」

また、生徒数の減少による問題を、学級規模の縮小だけで対応しようとすると、充実した教育環境の提供が難しくなると鈴木氏は指摘する。

「国の高校標準法に基づき、一定の学級規模があれば、理科の物理・化学・生物など専門性の高い教員を配置できますが、学校規模が小さくなってしまうと配置される教職員数が減少します。再編計画の狙いは、単に規模を縮小することなく、統合等により、将来の子どもたちにとってよりよい教育環境をつくることなのです」

併設型中高一貫校から「中等教育学校」に再編する狙い

再編計画における特色ある学校の設置の1つに中等教育学校への再編がある。その対象となったのが栃木県立宇都宮東高校・附属中学校(以下、宇東〈うとう〉高・附中)だ。

2027年度に栃木県では初となる中等教育学校として生まれ変わる宇都宮東高校・附属中学校

同校は2007年に附属中学校が開校して併設型の中高一貫校に、また男子校から共学校になった。今回の再編計画により2026年度から高校で単位制を導入、2027年度には栃木県では初の中等教育学校として生まれ変わる予定だ。なぜ、こうした再編を行うのだろうか。

「中高一貫校に単位制を導入することで、生徒の興味関心に応じた科目を開講できるほか、学力差にも対応できるよう学習習熟度別少人数も展開できます。本校の生徒はほとんどが大学進学を希望しますので、単位制導入によって自分の受験科目に合わせて科目を選択したり、英語などでは4技能に関する科目を選択して苦手分野を克服するといったことも可能になります。

また、現在の本校は併設型中高一貫校であり、高校からの入学者55名を募集しておりますので、附属中学では6年間での探究学習計画や先取り教育は行っていません。しかし、県立高校の在り方検討会議(有識者会議)では、これまで以上に6年間の計画的・継続的な学びを展開できないかという議論があり、『中等教育学校に再編することが望ましい』と答申いただき、計画を策定したのです」

ただし、同校を中等教育学校に再編する狙いは先取り教育がメインではないと鈴木氏は話す。

「もちろん中等教育学校では先取り教育も行いますが、最大の狙いは、6年間の学びを通して生徒を育成することです。魅力ある学びを導入して、6年間の計画的・継続的な学びを構築する、というのが中等教育学校への再編の大きな柱なのです」

“魅力ある学び”がSSHにつながる理由

では、同校の生徒にとっての“魅力ある6年間の学び”とは何か。2024年4月に県教委から宇都宮東中高に異動した鈴木氏は、主幹教諭として教職員・生徒を対象にしたワークショップをそれぞれ開催して問いかけた。

「県民の皆様の期待が大きいとはいえ、中等教育学校にするだけではニーズに対応できるわけではありませんから、学校の新たな特色をつくっていく必要があると考えました。そのために、校内でワークショップを開催して、『こんな学びをしたい』『こんな学校になってほしい』という生徒たちや教職員の本音を聞いてみました。最も多かったのが、『探究的な学びをしたい』『特色ある学びの柱が必要だ』という声でした。そこで、魅力ある探究的な学びの実現のため、準備は大変でしたが、文科省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校の申請を行ったのです」

鈴木啓介(すずき・けいすけ)
栃木県立宇都宮東高等学校・附属中学校 主幹教諭

ここで1つ疑問が湧く。なぜ、魅力ある探究的な学びの実現がSSHの申請につながるのか。探究学習=SSHとはいえない。実際、鈴木氏は県教委時代に全国の高校を訪ね、英語に力を入れているならWWL(ワールド・ワイド・ラーニング)コンソーシアム構築支援事業に応募する学校、また地域課題解決学習やアントレプレナー教育に取り組む学校なども見てきた。

教職員・生徒を対象にしたワークショップ

それでも宇東高・附中がSSHの申請をした理由は、主に3つあると鈴木氏は話す。1つ目は、同校には男女と問わず理系志望の生徒が多いこと。現在の高校2年生においては、160人中100人が理系であるほか、生徒を対象にしたワークショップでもSSH導入を希望する声が上がった。

2つ目は、近くに宇都宮大学や自治医科大学、獨協医科大学があるほか、首都圏と近く、日本大学や千葉工大、東京農大といった大学のほか、JAXAなど研究機関とも連携しやすいこと。宇都宮大学が実施する科学人材育成プログラム(iP-U)に応募する生徒も多いという。3つ目は、SSH指定校になることで、世界的に活躍する著名な科学人材と連携しやすくなることが挙げられた。

「文系でも理系の思考力は必要ですし、これまで私が視察した県内外100校以上の先進校のうち、探究学習が充実している学校の多くがSSH指定校でした。教員の伴走や評価など、学校を一体的に動かしていかなければ探究的な学びは実現できません。SSH指定校になると、国や県の支援や評価を受けながら校内で試行錯誤を繰り返し、学びを洗練させていくことができます。生徒を主語にして学びを構築するためには、生徒に還元できる文科省の事業自体を学校側が咀嚼して、魅力ある学校づくりに活用していくことが大切です。このため、SSH事業の採択がゴールではないのです」

同校では高校だけでなく附属中学校も含めてSSHの申請を行い、2025年度からSSH指定校となった。初年度の今年は放課後に中学生と高校生が一緒に学ぶSSH講座を開講。医学部進学講座や海外留学講座、画像編集ソフトを使って学校のパンフレットを作る講座などを行っている。ほかにも、SSHで物理班、化学班、宇宙班などを作り、生徒が希望するコンテストに出場することもできる。

すでにある制度をいかに活用するか

生徒の希望により実現した取り組みは、ほかにもある。「海外留学をしたい」「国際性を育みたい」という声が多かったものの、短期間で学校独自の海外研修を立ち上げるのは難しく、在校生が利用することはできない。

また、今は海外研修も一斉指導という時代ではなく、生徒の経済的な状況も異なる。それでも生徒たちの希望をかなえようと取った方法が、“すでにあるコンテンツを取り入れること”だった。

その1つが官民協働の留学支援制度であるトビタテ!留学JAPANだ。この制度に関する説明会を校内で開催したほか、宇都宮市による海外の姉妹都市への中高生・青少年派遣事業を生徒に紹介。さらに、茨城県の中等教育学校と連携し、同校の海外研修プログラムに宇東高・附中の生徒が参加できるようにした。

「学校の特色として、生徒の探究マインドにあわせて英語力の向上も視野に入れたグローバル人材の育成についてもやってみようと考えました。文科省が支援する『トビタテ!留学JAPAN』には、今年度10名の生徒が採用されました。今後はSSHの海外研修で、国際性も育もうという計画が進んでいます」

県の再編計画を足がかりに、現場の力と生徒の希望が推進力となった宇東高・附中の学校改革。1年目に挙がった課題や取り組むべき内容は校務分掌で割り振られ、2年目の今年は分業フェーズに入っているという。

最優先は生徒、常に最適解を更新する

国や県など教育行政からみた学校の理想像、現場の教職員の想いや声、生徒の期待を織り込んだ学校改革をたった1年間という短期間で具現化できた要因について鈴木氏はこう分析する。

「生徒や教職員のワークショップで上がった声をデータとして収集・分析してフィードバックし、そのうえで『もっと何かアイデアはありませんか』と問いかけ続けたほか、学校が潜在的に抱える課題を対話によって明らかにしてきました。そのため、先生も生徒も、学校改革に本気なのだと感じてもらえたのだと思います。こうした改革を進めるうえで大切なのは、『皆さんの意見や、学校として抱える課題はこうでした、われわれが向かうべき方向はこうです』と学校全体をデザインする力だと考えています」

とはいえ、来年以降は単位制の導入、中等教育学校への転換が控えており、宇東高・附中の改革はまだ始まったばかりだ。今後の展望について尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「今は社会の変化が非常に早く、○○教育など新たな教育施策が五月雨のように国や県から学校現場に降ってきます。そこに、しなやかに対応しつつも、最優先にするべきは生徒の学びです。これまで日本中の学校現場で行われてきたさまざまな取り組みも、当時は最適解だったのでしょう。しかし、長い間、継続していくうちに最適解でなくなってしまったものも多くあります。だからこそ、常に今の生徒たちにとっての最適解、もっと言えば学校現場の正統性を備えた最適解を共創していくという持続可能な学校改革マインドや、学校デザイン力を持ったリーダーたちが必要だと思っています」

県立高校と一口に言っても、学校の立地も、生徒が求める学びや進路もそれぞれ。“生徒が求める学校のあり方や学び”は全国一律ではない。学校改革の実現において、“わが校の最適解”をみんなで探すことが重要なカギとなりそうだ。

(文:吉田渓、注記のない写真:すべて鈴木氏提供)