「よく来たね」の気持ちで生徒を迎える

JR西国立駅から10分ほど歩くと、真新しい校舎が見えてくる。多摩地区初のチャレンジスクール、東京都立立川緑高等学校だ。

チャレンジスクールとは、3部制(午前部・午後部・夜間部)、総合学科、単位制(74単位以上で卒業)の都立定時制高校。主に不登校や中途退学を経験した生徒たちを受け入れ、学力検査や調査書によらない入試を実施している。生徒たちが目標を見つけてさまざまな挑戦ができるよう、各校さまざまな指導や支援を展開しているが、同校にはどのような特色があるのだろうか。

まず正面玄関を入ると、緑のエプロンをつけた男性に「こんにちは」と柔和な笑顔で声をかけられた。中庭の光がたっぷりと差し込むラウンジにはテーブルと椅子が並べられ、その一角では数人のスタッフと生徒たちが談笑している。

校内居場所カフェ(上)にはボードゲームなども置く(下)。「今はパズルや折り紙が人気」(石田氏)だ。手前のラウンジでは1部と2部の生徒が一緒に昼食を取る姿も見られるという

「ここは『校内居場所カフェ』です。玄関から入ってすぐ、生徒全員が通る場所ですから、『よく来たね』という気持ちで生徒を迎え入れるようにしています」

そう教えてくれたのは、同校校長の石田和仁氏だ。校内居場所カフェは、空き時間だけでなく授業中でも、好きな時に来ていい場所。いわば“サードプレイス”だ。東京都のユース・ソーシャルワーカー(YSW)が火曜日から金曜日の午前9時~午後7時まで2名常駐しているほか、教員経験者、連携する東京女子体育大学および日本大学文理学部の学生らがスタッフとして生徒と関わっている。

「運営自体は都の教育委員会と本校で行っていますが、生徒の“サードプレイス”ですから、教員がここに来て生徒に声をかけることはありません。しかし、斜向かいの職員室の窓はガラス張りなので、教員も生徒の様子を見守ることができるようになっています」

「コイコイルーム」と名付けられた居場所もある。しんどくなった時に避難できるリフレッシュルームと、授業でわからなかったところや小中学校での学び直しをサポートしてもらえる校内別室指導室で構成されている。さらに、校内の至る所に、1人で静かに過ごせる場所が用意されている。

コイコイルームは、NPO法人のスタッフが指導を担う(左上)。コイコイルーム前の図書室も随所にリフレッシュできるスペースを設置(右上、下)
校内の各所に1人になれる席が設置されている

「都立学校の新設はもともとあった学校の校舎を利用することが多いのですが、本校の場合、旧都立多摩図書館を取り壊して一から校舎を造ることになりました。そのため、既存のチャレンジスクールの知見や学びの多様化学校として知られる高尾山学園のアイデアなどを基に、“チャレンジスクールに必要な施設とは何か”を考えてハードがデザインされています」

そうした設計のおかげで、手厚いセーフティネットの仕組みも構築できている。YSWが常駐する冒頭の校内居場所カフェ、常時開いている保健室、スクールカウンセラー(SC)が週3日常駐する2つのカウンセリング室、個別相談用の6つのガイダンス室などを設け、生徒の不安や悩みを受け止め、気になる変化をキャッチして迅速に共有する体制が整っている。

カウンセリング室(上)は2つ、ガイダンス室(下)は6つある

「チャレンジスクールに応じたハードの設計と、人員などのソフトの充実。この2つがうまくマッチし、よいスタートが切れたと感じています」と石田氏は話す。

「社会参加に必要な力」を付けるため課題を先送りしない

興味深いのは、同校では「学校に来よう。授業に出よう」というメッセージを明確に生徒に伝えていること。学校説明会でも明言しているほか、制度にもその思いは反映されている。

例えば、1年次は1クラス30人に対して2人の担任を配置するほか、前述のように居場所を至る所に設けて生徒を受け止める体制を充実させているが、学校にいても授業に出なければ出席にはならない。校内別室指導室で過ごす場合も、事前に一定期間の利用申請をすればみなし出席となるが、基本的には欠席扱いとなる。

木の温もりを感じさせる教室には、電子黒板と「あえての黒板」(石田氏)。デジタルとリアルの最適な組み合わせを追求していくという

近年は「無理に再登校を目指さなくてもよい」という考えが社会にだいぶ浸透しているが、なぜ同校ではあえて「学校に来よう。授業に出よう」というメッセージを明確に打ち出しているのか。その真意について石田氏はこう語る。

東京都立立川緑高等学校校長の石田和仁氏

「再登校をゴールとしないことで救われる生徒さんもいるはずで、その考え方は否定しません。ただ、本校が大切にしているのは、生徒たちが将来、社会参加ができるようにすること。私が以前勤務していた高校では全員がインターンシップを経験するのですが、協力企業の方に社会で求められる力についてお聞きすると、必ず挙がったのが『コミュニケーション能力・多様な人々との協働・アウトプット』でした。生徒がそうした力を身に付けて社会に出ていくためにも、課題を先送りにせず、学校に来ることが自立の一歩になると考えています」

だからこそ、自ら学校に行きたくなるような、魅力ある学びを取りそろえている。同校では文科省が定めた必履修科目や学校が定める学校必履修科目のほかに、多彩な自由選択科目を用意。自由選択科目として①生活・文化系列、②アート・デザイン系列、③人文・自然系列の3系列をそろえたほか、興味関心、進路希望に応じて選べる教養科目もある。

系列ごとの選択科目と教養科目。手話、点字、陶芸、フラダンス、茶道、華道などは外部の特別専門講師が指導
(写真:東京都立立川緑高等学校の学校案内より)

卒業に必要な74単位のうち、40単位は必履修科目や学校必履修科目が占める。残りは、生徒が自身の将来像をイメージして自由選択科目や教養科目から選び、自分なりの時間割を作る。

1年次1部生の時間割例
(写真:東京都立立川緑高等学校の学校案内より)

「自身のペースで卒業できる体制も整えています。現状、半数以上の生徒が4年間での卒業を目指していますが、単位修得の仕方しだいで3年間での卒業も可能。2~4年生では必履修科目の再履修もできるので何度でもチャレンジできます。高卒認定試験に合格すれば、その単位も卒業単位として認めています。大切なのは、生徒自身が選び取ること。自己決定こそが自立の第一歩です。ちなみに自身の判断でTPOに合った服装ができるようになってほしいので、制服もなしでスタートしました」

生徒の65%が希望する「人気の授業」とは?

取材当日、デザイン実習室で行われていたのは「ゲーム概論」の授業だ。生徒たちは3〜4人ずつのグループを作って一緒にゲームを行っていた。

ゲーム概論の授業

「これは探究学習の一環です。『なぜこのゲームが面白いのか』を分析したり、みんなが楽しめるルールを作ったり、攻略の戦略を立てて本当にうまくいくのかを検証したりと、チームでの協働、そしてアウトプットを大切にしています」

開校時、学校側はこの「ゲーム概論」に人気が集中すると予想していたが、蓋を開けてみると、生徒の65%が履修を希望した一番人気の科目は「わかる数学」だったという。これは学び直しを目的としており、1人1台端末やプリントを使った自由進度学習を行っている。

「当初の想定より希望が多かったため、急遽、講座を増やしました。実は、『わかる数学』は『ゲーム概論』と同じ時間なので、泣く泣く『ゲーム概論』を諦めた生徒も多いはず。それほど生徒たちは『遅れを取り戻したい』『学び直したい』という思いが強いのだと思います。英語にも学び直しの授業があり、そちらも生徒の約60%が受講しています」

「インターンシップ」や「ボランティア」なども単位に

社会参加を後押しする同校では、インターンシップも単位として認定される。

「インターンシップの受け入れ先として、地元の事業者が10社ほど手を挙げてくださいました。当初51名の生徒が応募しましたが、あくまでもまずは授業と学校生活が優先ということで意思確認を行い、今年度は最終的に25名の生徒がインターンシップに参加することになりました」

また、ボランティアや社会参加につながるアルバイトも、事前に申請すれば単位として認められるという。

「社会に出れば、思わず傷つくこともたくさんあるでしょう。けれど、本校に在学している間なら、SCやYSWが傷ついた気持ちを受け止めてくれます。だからこそ、生徒たちには在学中に段階を踏んで社会とつながっていってもらえたらと思っています」

生徒たちが学校づくりを担っていくのも同校の大きな特徴だ。例えば、図書室は最低限の本だけ用意する形で開校した。生徒たちに必要とする本を選んでほしいからだ。

図書室の本は、これから図書委員会が中心となり、生徒たちがそろえていく

こうした環境の下、すでに生徒たちは意欲的に活動している。生徒が校歌を作る「みどりの歌プロジェクト」には一期生となる1年生171人中、44人が応募した。また、生徒会長選挙には、11人もの立候補があったという。

部活動でも、学校が用意したバスケットボール部やフットサル部、卓球部などに加え、生徒が作った音楽部、演劇部、ダンス部が活動中だ。3部制の同校には放課後という概念がないため、生徒の空き時間に活動するスタイルとなっている。

「自分たちの学校は自分たちで作るというのが本校の方針です。その背景には、『自分たちが社会を作る』という社会参画につながればという思いがあります」と石田氏は話す。

9割が不登校経験者、8割が毎日登校

同校の教育方針は共感を呼び、初年度の最終応募倍率は2.55倍と人気を集めた。一期生は全体の9割が不登校を経験しているが、8割の生徒が毎日登校しているという。まさに「行きたくなる学校」を実現していると言えるだろう。

そんな温かな学校をつくっている教職員たちをマネジメントするうえで、石田氏はどのような点を大切にしているのか。

「『楽しいからおいで!』がコンセプトなので、とにかく『よく来たね』というウェルカムの空気を大事にしようと、最初に目線合わせの校内研修を行いました。開校後はとくに『何でもいいから学校をよくしていこう』という組織風土の醸成を大事にしています。具体的には、1人の人間として接すること。私が思いやりを持って接すれば、教職員も生徒たちに思いやりを持って接するはず、というのが私の信念です」

小・中学校の不登校児童生徒の数は年々増え続け、34万人を超える。その中でのチャレンジスクールの意義や展望について、石田氏はこう語った。

「今の教育は効率や正解を求めすぎているのかもしれません。もっと子どもの試行錯誤をゆったりと受け止め、考えを聞き出していいのではないでしょうか。 ただ、法律違反など間違ったことには毅然とした指導が大切ですし、子ども自身が試行錯誤しながらどこまで許されるのかを学ぶことも重要です。チャレンジスクールのいい点は、生徒を受け止めるための柔軟な教育課程をマネジメントできること。中には普通科高校で取り入れられる取り組みもあると思います。そうした情報発信も本校の役割だと思っています」

再登校をゴールにしないことで救われる生徒がいる。その一方で、「学び直したい」「学校生活を取り戻したい」という思いを持つ子どももいる。同校の人気ぶりを見ると、「学校に来よう」というシンプルかつ力強い言葉を潜在的に求めている子どもたちも多いのかもしれないと思わされる。

同校は、2学期に転学者を10名受け入れる予定だ。船出したばかりの同校と、ここで学ぶ生徒たちの今後に注目したい。

石田和仁(いしだ・かずひと)
東京都立立川緑高等学校 校長
2000年東京都教員採用(高校・保健体育)、全日制高校や夜間定時制高校などに10年間勤務。副校長を1年、教育行政を10年経験し、校長5年目で2025年4月より現職

(文:吉田渓、注記のない写真:編集部撮影)