iTeachers(アイ・ティーチャーズ)とは、小学校をはじめ中学校、高校、大学、専門スクール、学習塾まで、公立・私立や学校種を問わずさまざまな先生が集まる団体だ。2013年という早期から、それぞれの現場でICTを活用した教育を実践し、「新しい学び」を共有、提案してきたつわものたちがそろう。
今回集まってもらったのは、茨城県古河市立諸川小学校の薄井直之先生、佐賀龍谷学園龍谷中学校・高等学校の中村純一先生、大阪大学サイバーメディアセンター教授の岩居弘樹先生、大手学習塾に勤務しながら、教育ICTコンサルタントとして活躍する小池幸司先生の4名。
前編(現役先生に聞いた「学校のICT活用」の進み具合)では、たとえ同じ市内、同じ学校であってもICTの活用度合いには違いがあること、先生のICTに対する意識やスキルにも大きな差があることが、先生方のリアルな話を通じて実感できた。ただ、全員が「ICTによって子どもは予想外の能力を発揮する」と話し、「先生は一方的に教えるのではなくファシリテーションすることが大事」ということだった。後編では、それぞれの学校現場における課題と、それを克服する方法を探った。
「すべての先生ができないと却下」も珍しくない
――教育現場でICT活用を進めるうえで、どのような課題がありますか。
小池 公立学校では、ICT活用を積極的に推進していても、それを主導した先生が異動してしまうと、揺り戻しが起き、途端に取り組みをやめてしまうこともあります。ICTに後ろ向きな先生も多い中で、先生個人よりも学校、自治体として、いかに取り組みを進められる体制を築けるかが大きな課題だと思います。
薄井 昨年の一斉休校当初、当時担任をしていたクラスの児童たちから「家にPCやタブレットがない子には学校の端末を貸し出せば、Zoomでオンライン授業ができるし、ロイロノート・スクールで課題提出もできます」と提案され、上司と相談しましたが、「すべての先生、学校が対応できるわけではないから」と却下されました。Flipgrid(※1)などの教育向けアプリは、一般にあまり知られていないせいか、利用を申請しても、なかなか教育委員会の承認が下りないのも悩みです。
※1 フリップグリッド。先生が用意したボードに生徒がビデオを投稿してやり取りできるビデオ共有ウェブサービス
中村 公立学校時代は私も「突出したことをするな」と、よくクギを刺されたこともあり、世界はもっと進んでいるのに、教育も変わらなければいけない!という思いでいっぱいになり、いつしか限界を感じていました。教育用SNS(※2)を実験的に利用したところ、いつの間にか、アクセスを遮断されてしまったのでは?と思うこともありました。教育用SNSのメリットも、安全対策も知らないまま「子どもたちがSNSで犯罪に巻き込まれる事件があるので危ない」という断片的な情報を理由にして、ICTツールの利用をやめてしまうのはもったいないと思います。教育ICTについて先生側の理解度を高めることも必要ではないでしょうか。
※2 参加者を生徒や保護者に限定したり、生徒個人同士のやり取りを制限したりして、一般にない安全性を高めている。米国発のEdmodo(エドモド)、日本発のednity(エド二ティ)など多数のツールがある
岩居 ICTに詳しくない先生にいかに振り向いてもらうか、は最大の課題ですね。そのためには、少しでもICTに関心を持ってくれた先生に「こんなこともできるんですか。それがやりたかったのです」と言ってもらえるように、「アイコン」や「クリック」といった初歩から説明するような手厚いサポートが必要です。
中村 現在の日本における教育はまだ、学校現場において、レクチャー型の授業が多く、子どもたちに学びのオーナーシップを渡したり、自ら学習を進めていける力を育てたりするような場面がそう多くないように感じています。受験勉強も大切かも知れませんが、子どもたちの創造性や学びに向かう主体性を育むことも大切です。今でも、そのバランスの取り方については、難しさを感じています。
小池 iTeachersのカンファレンスでも、「創造性をどのように評価するか?」は必ずと言っていいほど課題に挙がりますね。授業で創造性を育てることを目指すなら、評価方法も併せて変えないと、結局は入試実績の追求に向いてしまいます。
岩居 遠回りかもしれませんが、創造性を刺激すれば、学力も伸びます。すべての生徒の力を均等に伸ばすのは難しいかもしれませんが、飛び抜けた子どもを育てられる可能性にも目を向けるべきでしょう。
先生も子どもも「学びが楽しくなる感覚」を味わってほしい
――GIGAスクール構想で、ようやく公立の小中学校にもICT機器は配備されます。学校や、教育委員会をはじめ関係者の理解度を高めなければ、現場にICTを定着させるのは難しそうです。どのように解決したらよいのでしょうか。
薄井 タブレットが1人1台配備されることになり、市教委もICTの活用事例を紹介していますが、先生たちのICTスキルを一気に高めることは難しい課題です。そこで、まずは、子どもから聞かれてわからないことがあれば、相談できる教員間の情報ネットワークの構築が大事だと思います。
オンラインでつながれば、学校間の壁も取り払われるので、質問した児童と、それに答えられる別の学校の先生を直接つなぐことも可能になるはずです。学校間の交流など、できることから始めて、先生たちの不安を除いていって、教育ICT環境を先生たち、子どもたちが一緒に楽しめるようにしていけたら、と思います。
岩居 テクノロジーは皆さんの想像以上に進んでいて、先生たちがやりたいことは、大抵できるようになっています。例えば、音声やビデオで解答するスタイルのテストなら、オンラインでもある程度不正行為を防ぐことができるのではないでしょうか。そのためのツールはすでにあります。先生方には、マインドセットを切り替えていろいろな可能性にチャレンジしていただきたい。
私はオンライン授業をサポートするために「Zoom+α」(※3)の相談会を始め、学内だけでなく学外の先生からの相談もたくさん受け付けています。オンラインで何ができるかが明確になると、対面授業で大事にすべきことも見えてくると思います。
※3 ビデオ会議システムのZoomや授業支援クラウド、ロイロノート・スクールなどを使った遠隔授業のやり方を紹介している(https://zoom.les.cmc.osaka-u.ac.jp/)
中村 まずは、少しでも教育にテクノロジーを取り入れ、学びが楽しくなる感覚を子どもたちと一緒に味わってほしいと思います。体験すれば、断片的な情報から「ICTは危険で、子どもに使わせるべきではない」と考える先生にも、学びを変えられる可能性に目を向けてもらえるのではないでしょうか。
コロナ禍で、子どもたちの社会への関心は以前より高まっています。紙と鉛筆以外にICTツールも使えば、子どもたちが考えた社会課題の解決策をバーチャルなモデルで提示することもでき、世界に発信することができるのです。子どもたち自身が世の中の役に立とうとする取り組みを、学校、教育関係者にも支えてほしいと願っています。
小池 私は、ICT活用を頑張って進めている先生たちに光を当て、評価されるようにすることが大切だと思います。その思いから、先生たちに教育ICTの実践例を紹介してもらうYouTubeチャンネル「iTeachers TV 〜教育ICTの実践者たち〜」を2015年の春から毎週配信してきました。学校という世界では、ICTに後ろ向きな人たちが、積極的に取り組む先生たちの足を引っ張ることもあるのが実情です。また、次世代を担う教員志望の学生たちがICTを活用した学びを体験できるよう、教員養成の課程を見直すことも必要でしょう。
iTeachers発足から7年あまり。GIGAスクール構想で機器の整備が進み、コロナ禍で遠隔授業体験も広がった今は、教育ICTの推進にとって、これ以上ないチャンスです。なり手を失いかねない厳しい状況にある先生の働き方も含めて、現状を変える一歩を踏み出してほしいと思います。
2013年、教育現場でiPad(アイパッド)を活用した実践事例をまとめて出版された『iPad教育活用7つの秘訣』の執筆メンバーで結成。全国各地でイベント、セミナー、講演などの活動をしている。教育ICTの実践とノウハウを届けるYouTubeチャンネル「iTeachers TV」をはじめ各種メディアを通じて「新しい学び」に向けた情報を発信している。
(注記のない写真はiStock)