iTeachers(アイ・ティーチャーズ)とは、小学校をはじめ中学校、高校、大学、専門スクール、学習塾まで、公立・私立や学校種を問わずさまざまな先生が集まる団体だ。2013年という早期から、それぞれの現場でICTを活用した教育を実践し、「新しい学び」を共有、提案してきたつわものたちがそろう。
今回集まってもらったのは、茨城県古河市立諸川小学校の薄井直之先生、佐賀龍谷学園龍谷中学校・高等学校の中村純一先生、大阪大学サイバーメディアセンター教授の岩居弘樹先生、大手学習塾に勤務しながら、教育ICTコンサルタントとして活躍する小池幸司先生の4名。小学校、中学校、高校、大学、また塾業界におけるICT活用の現状が明らかになるとともに、活用法、また意識に大きな違いがあることがわかった。
同じ市内、同じ学校内でもICTの活用に差
――それぞれの教育現場でICTをどのように活用しているのでしょうか。現状を教えてください。
薄井 朝の会では、毎日1人の児童にスピーチをしてもらう機会を設けています。その発表で使用するプレゼンテーションの資料の作成や情報の収集、そして共有にiPadを活用しています。LTE(携帯電話回線接続)モデルなら校外で使うこともできるので、修学旅行の訪問先での食事や観光地の様子をリポートする動画を撮影・編集するといった使い方もしました。
茨城県古河市のICTのモデル校だった前任校(上大野小学校)は、iPadが1人1台配備されていましたが、今の学校は全校児童約470人に90台、授業で利用する場合、同時に利用できるのが2クラス分しかありません。20年4月の赴任当初は使用される機会が少なく、同じ市内でもiPadの利用状況に大きな差があると感じました。コロナ休校期間中にオンラインで朝の会を開くために職員研修をしたこともあって、徐々に関心も高まり、今はiPadの取り合いになっているのが悩みです。
中村 私立の中高一貫である佐賀龍谷学園では、中学1、2年と高校1年の生徒全員にLTEモデルのiPadを貸与し、授業をはじめとした学校での使用に加えて、自宅への持ち帰りも可能です。とくに中学校では、iPadの基本的な使い方は、放課後の単位制の学習スキル講座「グローバルラーニングセンター」の必修科目として学びます。今年度はタイピングやKeynote、画像の撮影の仕方などを学ぶことができ、学んだスキルを授業で活用しています。また、本校では、今年度4月より龍谷中高一貫理数グローバルがスタートしています。
その活動の1つとなるSDGsに関連した「龍中ゴミ問題解決プロジェクト」では、マインクラフト(※1)も取り入れました。問題解決のためのプロトタイプを作成する場面では、理数的なものの見方や考え方を生かす生徒も出てきています。その生徒は、マップアプリケーションで、校舎の衛星画像を画面キャプチャーし、建物の寸法を計算してブロックの数を決めて、本物そっくりな龍谷中学校の校舎を組み上げました。こうした理数的なものの見方や発想を育むには、学びの場が必要であり、そこで学びのオーナーシップを生徒に渡すことが重要だと感じています。
※1 土や石などの立方体ブロックを自由に配置して、建物を構築したり、世界を冒険したりする、ものづくりゲーム。プログラミング教育などの教材にする教育向けエディションもある
岩居 大学の外国語の授業では、ロイロノート・スクール(※2)を使い、アクティブな授業に取り組んでいます。このサービスは、講義資料の配布だけでなく、音声や動画ファイルの配布、課題の提出などにも活用できます。ネイティブスピーカーの動画にアフレコさせたり、学生同士で短い会話のビデオを作成して提出するといった使い方もできます。また、ビデオ撮影をしながら音声認識で字幕をつけることができるサービスを使えば、モニターに映し出した自身の口の動きに注意しながら、自分の発音が正しく認識されるか、確認することもできます。
大学のICT活用度は、先生によってさまざまですが、コロナ禍でオンライン授業にスムーズに移行できた人は2割程度でしょう。中には、教材をオンラインで配布しただけで、学習している言葉を聞くことも、声に出すこともないという授業もあったようです。
※2 PC、タブレット、スマホで使える授業支援クラウド。教材の配布や、考えを書き出したり、画像を取り込んだカードをつなげてプレゼンテーション資料を作成できるほか、録音、動画撮影を使った音読のチェックなど、さまざまな活用実践例がある
小池 塾業界は、早くからeラーニングのドリルなどを導入し、子ども一人ひとりに合わせた個別最適化や、速読などでICT教材の利用に取り組んできました。が、その先のICT活用は進んでいません。ICTと相性のよい「創造性」を育てる教育は、受験や成績向上を目的とする塾に求められる領域ではないからです。
そのため、せっかく導入したICT機器を「どう活用するか」は業界共通の課題でした。しかし、コロナ禍で、Zoomなどを活用したオンライン授業をこぞって導入したことで、新たな方向性が見えています。これまでは遠くて塾に通えなかった子どもたちを受け入れることができ、コロナ対策にもなると、大手を中心にオンラインコースの設置も広がっています。
子どもは面白いと思ったら「勝手に伸びていく」
――ICT活用はどのような効果をもたらすと考えていますか。
薄井 一人ひとりが主役になれるのが大きいですね。学校では緊張して話せなくなってしまう子も、プレゼンテーション資料を使えば、文字や写真で自分の考えを伝えられます。絵のうまい子は図にまとめる。話すのが得意な子は、YouTuberや芸能人の語り口をまねてノリノリで話す。そのような表現活動を重ねるうちに、それぞれが個性を出して主体的になり、互いを尊重し合えるようになると感じています。
中村 1人1台の環境だと、一人ひとりの声が届きやすくなります。学校では授業でTeamsのチャットを使うことがあります。先ほど紹介した、「龍中ゴミ問題解決プロジェクト」の発表会では、各グループの発表後、全校生徒がそのチームに対して、意見や感想、質問などを書き込み、フィードバックを生徒から生徒へ返すという場面がありました。
そこで、中学2年生のグループがマインクラフトを使って製作したプロトタイプで火を使用していましたが、その点について、中学1年生から、「火を使うのでCO₂が排出されるのでは?」と問題を指摘され、返答に困っていると、中学3年生から「植物を置いてCO₂を吸収させれば?」などの助言が書き込まれました。異学年の意見交換を行いやすいのも1人1台の恩恵ではないでしょうか。
岩居 以前なら、自分の外国語の発音が通じるかどうかを確認するためには、先生などに聞いてもらうしか方法がなかったのですが、スマホの音声認識機能を使えば即座にわかります。また、学習成果をビデオ撮影するときも、デジタルなので、何度失敗してもやり直しができます。このような即時レスポンスとトライ・アンド・エラーができる環境が学生のやる気を引き出し、先生から「受け取る」だけの従来の学びの風景が、主体的な方向へ、一緒に作る学び、人を楽しませる学び、さらに、学んだことを自分のものとして再構築する学びへと進化すると考えています。
小池 生徒主体の学びへのシフトは、教育ICTの大きなテーマです。ICTをうまく活用している学校の共通点は、先生と生徒が、教える側と教えられる側という従来の関係にはない、良好な関係性を築いていることだと思います。また私が勤務する塾では、生徒が先生役になって英語の授業を行い、その模様を動画で保護者に公開するという取り組みを開始しました。保護者とのコミュニケーションの機会を増やし、巻き込んでいくことも大切になると考えています。
薄井 ICTを活用して子どもたちの能力を私たちが伸ばすというより、子どもたちは「面白いなぁー」と思ったら勝手に伸びていくのだと思います。前任校では、休校中の朝のスピーチがオンラインになって、子どもたちは最初、「発表しても伝わっている感じがしない」と思ったそうです。が、そのうちに子どもたち自身で「聞き手が盛り上げたらいい」と気づき、大きな身ぶりや、スタンプでリアクションするようにしたことで解決しました。子どもたちは自分たちで考え、解決する力があります。だから先生は余計なことは言わないように心がけることも大事なのだと思います。
岩居 興味を持てば、子どもたちは予想外の力を発揮します。私は小学生向けの複言語学習も実施していますが、ヒンディー語のネイティブスピーカーが書いたヒンディー語の文字を見て外国語の文字に興味を持ち、自分たちでiPadの手書き入力や、外国語入力用のキーボードを見つけてインストールし、ハングルや中国語の文字を入力するようになっていました。また、地元のイベントでは、自分たちで調べたベトナム語を使ってポスターを作ったりもしていました。
中村 確かに、子どもたちは、こちらが思いも寄らない発想をして、それを表現してくれます。教員の役割は、ビデオ、写真、音声、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)など、子どもたちが得意な表現方法を使って、学びをアウトプットすることができるような環境を整えたり、自分のよさに気づけていない子どもたちの長所をうまく引き出すファシリテーションをしたりすることではないでしょうか。
後編(どう乗り越える?「学校のICT活用」の高いカベ)に続く
2013年、教育現場でiPad(アイパッド)を活用した実践事例をまとめて出版された『iPad教育活用7つの秘訣』の執筆メンバーで結成。全国各地でイベント、セミナー、講演などの活動をしている。教育ICTの実践とノウハウを届けるYouTubeチャンネル「iTeachers TV」をはじめ各種メディアを通じて「新しい学び」に向けた情報を発信している。
(注記のない写真はiStock)