進学志向と「修学支援制度」に商機を見いだす「Fラン校」も

高校生の就職は、誰にとっても無関係な話ではない。例えば今、あなたはスマートフォンでこの記事を読んでいるかもしれない。その手の中のスマホに電波を届けるための設備は、おそらく多くの高卒就職者によって維持されている。あるいは今夜、ネット注文した商品があなたの家に届くかもしれない。その物流ネットワークを支えているのも、やはり高卒就職者たちである可能性が高い。

「進学をよしとする空気が強いですが、製造業などで働く技能労働者がいなければ社会は回りません。配送ドライバーや介護などのエッセンシャルワークを主に担っているのが高卒就職者です。高齢化と人手不足が加速する建設業などでは、大卒初任給平均を大きく上回る20万円台後半の高卒初任給を設定する会社も増えてきました」

そう語るのは、ハリアー研究所が発行する進路情報誌『高卒進路』編集長の澤田晃宏氏だ。同誌は春、夏、秋の年3回、全国約4000校の進路多様校に無料配布されている。2023年夏には、高校生の就活が解禁される7月末時点の有効求人倍率が32年ぶりに3倍を超えた実態を特集。記事によると、中でも伸びが大きい飲食業や宿泊サービス業は前年比で48%増となったという。

「好調の背景にはインバウンドの復調もありますが、コロナ禍でも、3.11直後のような求人数の落ち込みはありませんでした。高校生の数自体が減っているうえ、就職希望者も減っています。『金の卵』である高卒就職者への期待は大きい」

澤田晃宏(さわだ・あきひろ)
高卒進路編集長
1981年兵庫県神戸市生まれ。週刊誌『AERA』記者などを経て、進路多様校向け進路情報誌『高卒進路』発行元ハリアー研究所取締役社長に。著書に『ルポ技能実習生』(ちくま新書)、『東京を捨てる コロナ移住のリアル』(中公新書ラクレ)などがある。X(旧Twitter):@sawadaa078
(写真:本人提供)

高校生の進路選択に大きく影響するものがあると澤田氏は指摘する。それは20年に導入された「高等教育の修学支援新制度」、一般的に「大学無償化」といわれる制度だ。適用条件は「住民税非課税世帯及びそれに準ずる世帯の学生であること」「学ぶ意欲がある学生であること」の2点だが、澤田氏は「現状、評定平均値が3.5未満の学生でも、収入要件さえクリアすれば制度の対象となっている」と同制度に疑問を投げかける。

「進路多様校や教育困難校には母子家庭など貧困家庭の子どもも多く、収入面で修学支援制度の対象になる割合が高い。学生集めに苦慮するいわゆる『Fラン』と呼ばれるような大学や専門学校が、そこに商機を見いだすこともあるわけです。完全な売り手市場で新卒高校生に向けた待遇条件が上がる中、この制度を使って進学することが本当にいちばんいい選択なのか。一度じっくり考えてみてほしいのです」

下の図を見ると、とくに1990年ごろから、高卒での就職率が大きく下がっていることがわかる。それに反比例して進学率は上昇。普通科高校では卒業者のほぼ7割が何らかの形で進学し、就職する人の割合は20年以上前から1割を切っている。思考停止でこの多数派に乗ることが、必ずしも「いちばんいい選択肢」であるとは限らないのだ。

「放棄所得の1000万」を取り戻すことができる進学なのか

「評定平均値が3.5未満の生徒」が、その学力のまま入れる大学や専門学校に進んだとしよう。彼あるいは彼女は当然、高卒で就職するよりもいい仕事に就くことを求めているはずだ。だがそううまく運ばないことが多い。

「よりよい仕事を求めて大学に行ったはずなのに、結果は居酒屋チェーンやスーパーマーケットなど、高校卒業時にも就職できたところへ行くという例は珍しくありません。高卒で就職した際の年収を250万円だったと仮定すると、大学に通った4年間の放棄所得は1000万円。これをそのレベルの大学に通ったことで取り戻せるかというと、私はおそらく無理だろうと思います」

そのため、修学支援制度を生徒に積極的に説明しない進路指導担当教員もいると澤田氏は言う。若者が憧れやすいが就職には結び付きにくい、アニメや声優の専門学校のパンフレットを進路指導室の目立たない場所に置くなど、安易な進学に目を向けさせない努力をする教員もいるそうだ。だが、こうした制度の実情を生徒に率直に伝えて就職指導をすることは、教員にとっては大きな負担になるとも続ける。

「高卒者の就職活動では、職場見学や面接のアポ入れも教員の仕事になります。まだまだ就業意識の低い高校生一人ひとりの特性を見極めて指導するのはとても大変なことで、しかも学校現場では進学率を上げたほうが評価される。教員にとっては進学させたほうが楽だし、どんな進路でも『生徒本人の希望を尊重した』と言ってしまえばいいわけです」

だからこそ、澤田氏は進路指導を担当する教員に向けた進路情報誌『高卒進路』を発行することにした。好条件の求人を見つける力が足りない高校生を導き、よりよい形で社会につなぐ重要な役割を、高校の教員が担っていると考えるからだ。

「日本経済を底上げするカギを握っているのは、進路多様校の教員だと思います。でも、先生方も学校の外のことはなかなかわからない。そこで『高卒進路』で少しでも情報を提供できればと考えました。今年で創刊4年目を迎えましたが、現場の先生に熱心な読者も増えてきて、手応えを感じています」

※放棄所得……大学に進学することで失う、高卒で働いた場合に得られたはずの所得

進学した友人が言った「私も就職すればよかったな」

超売り手市場の昨今、企業は高卒者の採用でも待遇を上げている。プライベートを重視する若者は、休日数や有休消化率を見て会社を選ぶからだ。だが、そんな状況でも、高卒採用を取りやめた企業もある。理由は「すぐに辞めてしまうから」。

「高卒就職の大きなメリットとして、ほぼ100%正社員で採用されることが挙げられます。4年間のアドバンテージもあり、生涯賃金では大卒者と遜色ないという企業も多くある。しかし早期退職して非正規雇用に転じると、一気に貧困のスパイラルに陥ってしまうのです」

このリスクは、漫然と「入れる大学」に進学した場合も同様だ。過去には奨学金の返済義務を負って社会に出るという、マイナスからのスタートも取り沙汰されてきた。修学支援制度を使えばその点の不安は解消されるが、大学や専門学校の入学難度と中退率は反比例する傾向にある。卒業できればまだいいが、中退してしまえば返済が必要になり、その先に待つのはやはり非正規雇用の負のループだ。

澤田氏が訴えるのは、社会全体が、仕事の見方を変えなければいけないということだ。冒頭のスマートフォンの例もそうだが、日本の生活を支える技能労働者へのリスペクトが圧倒的に足りない、と強調する。

「ビルの中でパソコンに向かうだけが仕事ではありません。タワーマンションに住みたいと憧れるだけでなく、その建物がどうやって造られているかにも興味を持ってほしい。建設業も製造業ももっと給与を支払うべきだし、教員の給与も低く抑えられていると思います」

都市部ほど進学の同調圧力があり、社会を知らない若者が自分の意思で仕事を選ぶのは難しい、と同氏は語る。そんな中でも、高卒で近畿圏のラーメン店に就職した女性のことを話してくれた。進学しないことには葛藤もあったが、卒業して5、6年が経ち、彼女は店長に昇格していた。年収も20代前半で400万円を超えた。高校時代の友人に久しぶりに会ったところ、その友人は大学の奨学金を返済しながら彼女より安い賃金で働いており、「私も高校出て就職すればよかったな」と言ったそうだ。

希望する誰もが進学できることはすばらしいことだ。だが本当に実現すべきなのは、進学してもしなくても、誰もがきちんと働いて暮らしていけることではないだろうか。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:maroke / PIXTA)