「学級担任制では学校運営が回らないと思った」

多田小学校(以下、多田小)の新教育課程では、児童の発達段階を考慮した担任体制を取る。1年生は学校生活に慣れることを優先して「学級担任制」、2年生は「学級担任制」を継続しながらも「教科担任制」を導入、3~6年生は「学年担任制」と「教科担任制」を組み合わせている。

授業は1コマを45分から40分に短縮し、午前中に5時間目までを行う。午後は、基本的に漢字や計算の基礎学習を行う20分の「多田小タイム」を設けており、6時間目と多田小タイムを合わせて60分枠で授業や特活などを行うこともある。

※掃除を行う火曜日は、6時間授業の日は15時5分、5時間授業の日は14時20分に下校

これらの変更に伴って週4日は、下校時間が6時間授業の日は15時40分から14時45分へ、5時間授業の日は14時45分から14時へと早まった。

多田小では、なぜこのような改革を実施したのだろうか。校長の西門隆博氏が教育課程を見直す必要性を感じ始めたのは、2022年度の1学期のこと。産休に入った教員の代替講師が見つからなかったことがきっかけだった。

西門隆博(にしもん・たかひろ)
川西市立多田小学校 校長
近畿大学農学部水産学科卒業、兵庫教育大学大学院学校教育研究科修了(在職派遣)。理科の教員として、尼崎市内2校、川西市内1校の中学校に勤務。2010年より川西市教育委員会事務局指導主事として、適応教室、教育相談を担当し、生徒指導支援課長、学校教育課長を務める。2019年川西市立多田東小学校教頭。2021年川西市立多田小学校教頭、2022年より現職

「当時は新型コロナの流行も続いていて欠勤する教員も多く、担任のいないクラスは落ち着かない一方で、ほかのクラスの児童は普段どおりの生活を送っているという状況が生じました。同じ学校なのにクラス間で差があるのはおかしい、もう学級担任制では学校が回らないと思いました」(西門氏)

学年担任制にすれば、1人の教員が不在にしても同学年のほかの教員がフォローでき、授業や学級運営の均質性を保てる。教科担任制も合わせて導入すれば、教員の授業準備の負担を軽減でき、担任と児童の「合う・合わない」という悩みも起こりにくくなる。

そう考えた西門氏だったが、実現に当たっては、同じ学年の教員同士が情報共有を行う時間の確保が必要だろうとも思った。ここについては、かなり頭を悩ませたという。

「従来の6時間授業の日の場合、放課後に教員が職員室に戻れるのは16時頃。そこから情報共有の時間を取ると定時には帰れなくなってしまう。対応策を模索する中で知ったのが、東京都目黒区が2019年度から実施していた『40分授業午前5時間制』でした。これを導入すれば、放課後の時間を確保して、学年担任制と教科担任制を実現できると思ったのです」(西門氏)

教員間で議論を重ね、プロジェクトチームを組織

導入に向け、2022年10月から校内で議論を始めたものの、11月の職員会議では賛否両論が噴出。とくに学年担任制への不安感は強く、「子どもと教員の関係が薄くなる」「やるなら教科担任制だけでよいのでは」と懸念する声も上がった。そこで、プロジェクトチームを立ち上げ、授業時数の試算や時間割の調整なども含め、本当に実現可能なのか検証を進めた。

プロジェクトチームのまとめ役を務めた森優太氏は、「学年担任制は、図工と音楽の専科教員にとっては業務増となるため、朝の会や給食などの担任業務をどう調整するかという点はとくに議論が必要でした」と明かす。最終的に、専科教員が担う担任業務の線引きは明確にせず、その都度教員同士で合意形成しながら対応する方針としたが、現状うまく回っているという。

森優太(もり・ゆうた)
川西市立多田小学校 教諭
立命館大学文学部人文学科卒業。同校が初任校。「子どもが育つ・子どもを育てる」国語科授業のあり方を追究し、同校勤務を経て在外教育施設へ派遣。同校へ帰任し、プロジェクトリーダーとして新教育課程の制度の企画・運営を担当

「意見が平行線になったときは、『教育の均質性を保つ』『児童の自律を促す』といった新教育課程の狙いを再確認しながら話し合いを進めていきました。対話することで、児童や保護者との関係構築でつまずいた際にそれを引きずりやすいという学級担任制のデメリットを、学年担任制にすれば解決できるのではということも見えてきました」(森氏)

校内での議論と並行して西門氏は川西市教育委員会にも相談し、全面的なバックアップを受けられる体制を整えた。当時、川西市教委で働き方改革を担当していた福本靖氏(現・神戸市教育長)からは、「なぜその取り組みを導入したいのかについて、保護者への説明責任をしっかり果たすこと」という助言を得たという。

2023年度から導入する方向性を1月の職員会議で決定すると、PTAや学校運営協議会に伝え、保護者には書面での通知やアンケートを実施。2月には保護者と児童への説明会をそれぞれ行った。

保護者から寄せられた「授業時間が減ることで学力は低下しないのか」という質問には、1回の授業時間は5分短縮されるものの、授業の総コマ数は増え、文科省規定の標準授業時数を満たしていることを数字に基づき説明した。

「子どもが誰に相談すればよいかわからなくなるのでは」という質問には、校長や教頭を含めてどの教員に相談しても構わないこと、相談相手を選ぶことは主体的な行為であり、学校が目指す児童の自律につながることなどを説明し、理解を求めたという。

管理職の負担は減らないものの、教員の勤務時間は大幅削減

導入後の反応はどうだったのだろうか。2023年度の1学期末に実施した児童対象のアンケートでは「たくさんの先生と関われる」「早く帰れるからよい」といった肯定的な意見が多く、「授業態度も落ち着き、荒れる学級がなくなった」(西門氏)という変化も見られた。その様子から、保護者の間にも肯定的な見方が広がっていったという。

教員の業務量にも変化があった。教科担任制の導入で、専科以外の教員の担当教科数は2~4教科に減少。現在、6年生を担当している森氏は、国語・体育・総合的な学習の時間・特別活動を担当している。「やはり教科を多く受け持っていたときと比べると、現在は1教科ごとの授業準備に打ち込める」と話す。

学年担任制の中・高学年では、放課後の保護者対応も減ったという。児童の下校後はすべての教員が職員室に戻り、学年ごとに1日の振り返りと情報共有を行っているため、トラブル時の対応も分担しやすく、時間だけでなく心理的な負担も軽減されたという。

「学年担任制は児童との関係性づくりには時間がかかるものの、関係性が築けてからは学年の児童全員とともに歩んでいける感覚があります。以前は担任ではない教員の言うことは聞いてもらえないこともありましたが、今はすんなりと聞き入れてもらえるようになりました」(森氏)

下校時間が早まり、放課後の時間を有効活用できるようになったことで、2022年度には33時間49分だった教職員の月平均の超過勤務時間は、2023年度には24時間33分にまで減少し、「現在は17時30分には職員室に残っている教員はほぼいない」(西門氏)という。森氏も、「ほぼ毎日、定時の16時30分から17時までには退勤できています」と話す。

「現在は、育児短時間勤務の教員2名も学年担任を受け持っています。定年前後の再任用の教員も含め、多様な働き方に対応するには、短時間勤務でも一定の役割を担える仕組みを整えることが重要です。そうでないともう、日本の教育は成立しないのではないでしょうか」(西門氏)

ただ、新教育課程では、管理職にはそれほど恩恵がない。生徒指導上の問題で管理職の退勤が遅くなることは減っているものの、とくに教頭の事務量の削減にはあまり効果がないという。教頭が新任となった2024年度は前年度よりも教職員全体の超過勤務時間が増えている月もある(グラフ参照)。西門氏は、こう見解を示す。

「新任教頭は初見の事務が多くどうしても勤務時間が長くなりがちで、このあたりは学校の課題というよりも教育行政全般の課題だと考えています。ただ、管理職の負担が減らない中でも教職員全体の超過勤務時間が減少している月があるのは、新教育課程では一般の教員の働き方を改善する効果がそれだけ高いと言えるかもしれません」

児童の自律を促すため、さらなるソフト面の整備を

新教育課程を導入してからの1年半、試行錯誤を重ねてきた部分もある。

学年担任制で各クラスの担当を交代する期間に関しては、導入直後は担当クラスを2カ月間固定したり、1週間ごとの交代にしたりと学年ごとに試行錯誤があったが、現在は2~3週間程度を目安に交代している学年が多いそうだ。

また、下校時間が早まることに伴い、学童保育の受け入れ時間を早めることはできたものの、学童を利用していない子どもの放課後の居場所づくりに関しては模索が続く。「図書室開放の時間を早めたり、地域の協力で体育館開放の日を増やしてもらったりしましたが、まだ毎日の居場所確保はできていない」(西門氏)という。

西門氏と森氏に共通するのは、「改革だけでは十分とは言えず、それを児童の自律にどうつなげていくのかが課題」という思いだ。

「制度というハードは整い、そのメリットとデメリットの共通理解も広がったので、今後は子どもたちの自主性を引き出す授業をいかに展開していくかというソフト面を一層ブラッシュアップしていきます」(森氏)

「新教育課程は、教員の指示を聞くだけではなく、自身で考え、相談できる児童の育成を目指すもの。学級担任制では児童が『先生、どうすればいいですか』と担任に依存しがちです。今後は学年担任制のよさを生かし、教員がもっと『あなたはどうしたいの』と子ども自身の意見を引き出していく関わり方へと変える必要があります」(西門氏)

川西市では、2024年度より多田小と同様の教育課程を取り入れた小学校が1校あるほか、導入を検討する学校が複数あるという。よき先行事例となるために多田小が担う役割は大きい。制度の定着を図る段階から、質のさらなる充実を図る段階へ。新教育課程の真価が問われるのはこれからだ。

(文:安永美穂、写真:川西市立多田小学校提供)