多様な選択肢から「未来の子どもたちのためのプール」を

関西のある公立小学校のプール。2022年の使用再開時には、塗装のひびや剝がれ、ポンプの故障が相次いだ
(写真提供:熊谷氏)

上の写真は2022年の5月に、とある公立小学校のプールの様子を写したものだ。

「このプールが造られたのは1970年代初頭です。以来約50年、大規模改修をすることなく使われてきました。コロナ禍を経て2022年に3年ぶりに使用されましたが、細かな修繕をしながら何とか2カ月間を乗り切ったそうです」

そう語るのは、笹川スポーツ財団で上席特別研究員を務める熊谷哲氏。近年は各地の学校プールや公営プールのあり方を模索するナビゲーター、アドバイザーとしても活動している。

昔ながらの腰洗い槽と25メートルプールのみの屋外プールは、水の色も相まって物悲しい印象すら与えるが、こうした状況は珍しいものではないという。

「近年プールを新設する学校では、長寿命化によって80年の耐用年数をうたっているものもあります。どの段階で大規模改修を入れるのかは重要ですが、50年経ったこの姿を考えると、未来の子どもたちに『このプールでどうぞ』とは言いづらいのではないでしょうか」

熊谷 哲(くまがい・さとる)
笹川スポーツ財団 上席特別研究員。岩手県大船渡市生まれ。1996年慶応大学総合政策学部卒業。99年、京都府議会議員に初当選、3期務める。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞等を受賞。政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーターなどを務めた後、2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。23年4月より現職
(写真提供:熊谷氏)

気候変動で猛暑日が増え、熱中症の危険からプール授業を実施できる日は減っている。ジェンダー意識の高まりから、文部科学省が「男女別に更衣できるよう」という指針を示しているものの、すぐにスペースを確保するのは難しい学校もあるだろう。働き方改革が叫ばれる中、プールの水温計測や掃除なども、この時期特有の負担として教員にのしかかる。何かしらの改善が必要だと感じている人は多く、熊谷氏も、以下のような選択肢を示している。

「人口が集中し、施設が充実している都市部では、民間プールを活用するという方法がよく見られるようになっています。また、指定管理などによって専任のインストラクターを置く公営プールを活用することも一案です。もう一つは学校プールの拠点化や共同利用です。拠点校が屋外プールであった場合、天候による授業調整などの手間を省くことはできませんが、一度に複数校のプール維持が不要になり、地域住民の利用も図られるというメリットがあります」

どれか1つが絶対というわけではなく、それぞれの方法を地域の特性に合わせて選ぶべきだと熊谷氏は言う。ちなみに冒頭の写真で示した小学校では、今年度から、地域の別のプールで授業を行うことが決定している。老朽化した学校プールの使用は、昨年度が最後になったそうだ。

水泳実技の効果は、学校プールの設置率だけでは測れない

熊谷氏は、2021年の学校プール設置率を示してこう説明する。

「そもそも学校のプールは必置ではなく、水泳の実技も必修ではありません。下の図は関連データから単純計算したものなので便宜上の数字ではありますが、プール設置率の全国平均は約82%で、それを下回る道県は19カ所ありますね」

「とくに設置率の低い北海道や青森県では、気温の影響で水泳の授業を実施しづらいことが理由にあるでしょう。一方で和歌山県や長崎県のほか、伝統的に設置率の低い地域として中国・四国エリアなどが挙げられます。こうした地域の方からは、『プールがなくても、小さい頃から海や川で遊んでいた』『水泳の授業も自然の河川でやっていた』という話も聞かれます」

岩手県沿岸部の出身である熊谷氏も、学校の水泳の授業を海で受けていた学校を見たという。つまりプールの有無だけでは、水泳の実技の実施率を測ることはできないということだ。さらに熊谷氏は、水泳の実技教育がもたらす効果を示すエビデンスが少ないことを指摘する。

「実技の内容や実施時間は、学習指導要領や指導の手引きによりながら、基本的には学校に任されてきました。水の事故から身を守るための着衣水泳の有無も、学校現場の判断です。それゆえに、授業の取り組みの効果を体系立てて捉えることができていない現状も見え隠れします」

学校プールでの実践は長きにわたるが、このように明確な議論の材料が少ないため、施設の必要性も感傷論で語られがちだと熊谷氏は言う。

「学校プールはもとより、学校での体験や思い出は、多くの人の記憶に焼き付いています。だからこそ、従来どおりの形を求める声も上がりやすいのでしょう。でもこれまでのプールのあり方は、そもそも本当によかったのか。そこから振り返って議論するタイミングが来ているのではないでしょうか」

例えば、天候の影響を受けやすい「屋外プール」という形で本当にいいのか。さらに本質的な問いを挙げるなら、今までの指導内容で本当によかったのかという疑問も浮上する。民間プールへの委託など、家庭の費用負担を伴う可能性がある選択肢を議論する場合はとくに、「金銭的な事情で、学校でしか水泳に取り組めない子どももいる。そうした子どもの機会を奪うのか」という反対意見が上がる。熊谷氏は「もちろん経済状況による子どもの格差は避けるべき」としつつ、「学校でしか水泳に取り組めない子どもがいるのなら、なおさら指導面での見直しが必要だと思うのです」と続ける。

教員配置も行き詰まる?施設維持も含め地域で議論を

熊谷氏が特別参与を務める京都府の福知山市では、市と民間が連携するプールが新設された。現在は周辺の学校の授業をこのプールに委託し、当該学校のプールを廃止する実証を進めている。授業実施の費用は市または学校が負担し、家庭への追加負担は発生させない。今年度は1授業につき、民間の専門インストラクターが4人ほど配置されるという。

「ほかの自治体での公営・民営プールの授業も見ましたが、子どもたちの前向きさや表情のよさに驚きました。指導に関わる人数が多い分、子ども一人ひとりをきめ細かく見ることができるし、何といってもインストラクターはその道のプロフェッショナル。学校の授業だとなかなかこうはいかないでしょう。保護者や先生方からもおおむね好評だと聞いています」

熊谷氏は今後、こうした「現場の感覚」や「子どもたちの反応」を踏まえて、明確な成果を示していくことに注力したいと考えている。これまでのプールの授業の評価規準が「泳力」でしかなかったことにも疑問を呈した。

「旧来の指導方法で何メートル泳げたかだけで評価されてきたことが、水泳嫌いを増やしてはいないか、全欠する子どもを生んではいないか。プール授業の外部化は、そうしたことを問い直すきっかけでもあると思います。体育の授業は単なる技術向上が目的ではありません。子どもの様子に応じてどう声をかけるか、やる気を引き出し、どう自信を持たせるかということこそが重要だと思います」

熊谷氏はすでに、学校プールで従来どおりの指導を受けている子どもたちと、インストラクターによる授業を受けている子どもたちの間に歴然の差を感じているという。子どもたちにとって重要なのは学校プールの有無ではなく、指導内容だということだ。

ただし、プール指導を専門のインストラクターに委託することは、教員の異動に影響してくる可能性がある。同じ自治体内でも、水泳の指導が外部主体である学校と、教員が直接指導する学校とがすでに混在している。おそらく前者が増えていく潮流を考えると、水泳指導の経験が少ない教員を後者の学校に配置することには、特別の注意が必要になっていくだろう――熊谷氏はそう懸念している。

「今はまだ、プール指導の経験がある教員が多いので何とかなっていますが、10年後にはかなり厳しくなるでしょう。私たちはすでに、そうしたことも考えなければならない局面に来ているのです」

プール存続の方針とともに、指導の質や教員のあり方についても議論を深めてほしいと語る熊谷氏。その議論はさらに、学校だけでなく地域全体で向き合うものだと強調する。

「プールは学校のものだから学校の範疇で考えろ、というのはもはやナンセンスだと思います。全国で子どもが減り、過疎化が進む今の日本において、地域や施設をどう守っていくかは非常に難しい課題です。学校を地域の拠点として活用すること、地域資源を学校が利用することが求められます」

公共施設である以上、費用や効率性の議論は重要だが、だからといってコスト論に終始するのは避けるべきだと語る熊谷氏。「1つだけ、個人的には反対」だと挙げるのは「プールの一律廃止」という選択肢だ。

「大切なのは、未来を生きる子どもたちにとっていちばんいいのは何かということです。その気持ちが共有できていれば、よりよい結論を得るのはそう難しいことではないでしょう」

(文:鈴木絢子、注記のない写真:akiko / PIXTA)