「学びの責任」は自分にある
「教えない授業」の実践者、そしてアクティブラーニングの先駆者として知られる新渡戸文化学園の山本崇雄氏。オンライン授業が中心となったコロナ禍においても、子どもたちの主体的な学びを引き出すため、さまざまな学びの機会を提供し、「学びの起点づくり」に重点を置いた授業を展開してきた(詳しくは前編)。
登校が再開してからは、どのような授業を行っているのか。10月中旬、山本氏が担当する、中学2年生の英語授業を見学した。
中学校では今年4月から「1人1台体制」が始まっており、生徒は全員iPadを持っている。まず感心したのは、生徒たちが端末の扱いに慣れていることだ。取り組み内容に応じたアプリや画面の切り替えがスピーディー。教科書を忘れた生徒は、山本氏の教科書をiPadで手早く撮影して席に戻っていく。自身のiPadが不具合を起こしても、まったく慌てない。
ちなみに多様性を重視する同学園では、ZoomやClassroom、iTunes U、ロイロノート・スクール……と、教員によって授業で使うソフトはバラバラだというが、「生徒はすぐ慣れました。『この教科はこのツール』と問題なく対応しています」と、山本氏は笑う。やはり子どもは柔軟だ。
この日の生徒たちは、Keynoteを使い、単語の意味を問う4択クイズの作成に取り組んだ。Keynoteには、指定箇所をクリックすると任意のスライドに移動できるリンク機能がある。これを活用し、正解したら次の問題に進める構造でクイズを作っていた。
「教科書のレッスン1~5の基本ページをクラス全員で分担して、クイズを作っています。みんなでお互いのクイズを解き合えば、全員が5レッスン分の単語に親しむことができるという設計です」(山本氏)
もう1つ、驚いたことがある。明らかに授業とは関係のない音楽動画や漫画を見ている生徒がいたのだ。山本氏は、まったく注意しない。その理由について、こう語る。
「学びの責任は自分にありますから。それは生徒に繰り返し伝えているので、授業に参加していない時間があってもそれは本人の選択です。しかし長期的に見ると、ここを乗り越えた子は伸びます。『学びの責任』の意味を実感するには時間がかかりますが、自律的に学べるようになる力を、誰もが必ず持っています。決して放任しているわけではありません。タイミングを見て、『僕は君の可能性を信じているよ』『なりたい自分には自動的にはなれないよ』『僕ができることは何かな』と声かけを続けます。この子は必ず変化すると信じますし、変化する瞬間を見逃しません」
休校期間を経て始めた「自律学習時間」
2学期から、同学園では「学びの責任」と向き合う新たな取り組みを始めている。その名も「Self Paced Learning(自律学習時間)」。30分×2コマ、計1時間を毎日確保し、教員が「教えない時間」にしている。自分で学習計画を立て、課題に取り組み、最後に振り返りを行うというのがこの時間のルールだ。導入経緯について山本氏はこう語る。
「休校中のオンライン授業は、集中力の維持や授業の質の観点から長時間の実施を避け、1日3時間程度としていました。授業時間が半分になったことで、『子どもたちが自律して学び続けるよう育てなければ』と改めて実感した教員が多かったこともあり、新たにこの取り組みが生まれました」(山本氏)
ここでも生徒が動画を見たり寝たりして、授業を放棄しても何も言わない。その代わり、「自分が何になりたいか、どうしたいか」を考えさせるため、「自分の学びは自分で進める責任がある。ただし、それは自分自身のことであり、友達に話しかけるなど他人の学びを阻害する権利はない」ということは徹底して伝えているという。
生徒がこの時間に取り組む内容は、教科の課題や塾の宿題など何でもいいが、iPadでQubena(キュビナ)に取り組む生徒が多い。Qubenaとは、個別最適化学習ができるAI型教材ソフトで、英語の「読む・聞く・書く・話す」の4技能の学習を各自で進めることができる。iPadは各家庭で購入しており自宅に持ち帰ることができるため、生徒は時間や場所にとらわれずいつでも自分のペースで学習を進められるようになったという。
英語の授業ではQubenaの導入を2学期から始めたばかりだが、「数学の授業では4月から導入しており、隙間時間を使って中3レベルに到達した中1の生徒が何人かいます」と、山本氏は話す。
評価法を変え、「やりたいことを実現するための学び」へ
現在、経済産業省の「未来の教室」実証事業として、Qubenaを提供するコンパス社と共同で、学習ログから自動的に観点別評価につなげる機能開発にも取り組んでいるという。目的について山本氏はこう語る。
「多様化する社会では、テストのための勉強ではなく、自分のやりたいことを実現するための学びが重要。自らを律し、宿題やテストがなくても学び続ける子どもたちを育てたい。自主的に学ぶと学力が伸びることが実証できれば、テストをやめられると思っています。そのために、この事業で成果の『見える化』に取り組んでいます」
同学園は、すでに評価の仕組みを変える取り組みにも着手している。2学期から中学生の中間期末考査を廃止したのだ。現在、テスト点数の評価と非認知スキルの評価の割合を50%ずつとしているが、今後は非認知スキルの評価割合をもっと上げていくという。
「何をどう評価するかは各教員の判断に任せることになっていますが、学びに対する姿勢や協働力、感情コントロール力のほか、点数化しにくいクリエーション活動なども非認知スキルとして評価していくことを全教員で共有しています」(山本氏)
授業から評価法の模索までICTの活用が進んでいる同学園では、オンラインとオフラインの生かし方も見えてきたという。
「リアルタイムで人とつながるにはオンラインが便利。個別最適化学習のほか、作画や作曲、クイズ作りなどのクリエーション活動もICTが活躍します。一方、課題解決型の授業のような非認知スキルが重要となるものは対面がよいと思っています」と、山本氏。
今後もコミュニケーションの手段としての英語を意識させる活動に重点を置き、対面とICTを掛け合わせたハイブリッドの形で授業を行う方針だという。そして、こう語った。
「日本は子どもに多くのものを与え続け、主体性を奪ってきました。企業が時短や働き方改革をしているのに、学校だけが授業時数や課題を増やし続けています。学校を社会につなげるためにも、やることを増やして数値のところで競い合っていてはいけない。授業数を減らして子どもたちの主体性が上がっていけば、学力向上などの成果につながっていく。そんな学校事例がどんどん出てくるべき。日本中の子どもたちが『できないことは可能性』だと感じ、学ぶことの喜びを感じてほしい。教育現場に生徒自身がデザインする余白の時間をつくるという、これまでと逆の価値観を取り入れていくことで、公立・私立を問わず、よい方向に向かうといいなと思っています」
(文:編集チーム 佐藤ちひろ、撮影:今井康一)