「寮のある学校」は国内外で増えている

近年、寮のある学校が全国的に増えています。広島県立広島叡智学園中学校・高等学校、同じく広島にある全寮制小学校・神石インターナショナルスクール、愛知県の国際高等学校、徳島県の神山まるごと高等専門学校、イギリス式ボーディングスクールのハロウ安比校(岩手県)、ラグビー日本校(千葉県)など、多様な学校が寮を設けています。

ほかにも全国169校以上の公立高校の中から、自分の興味関心にあった高校を選択して進学するプログラム「地域みらい留学」でも、寮で生活する学校が多くあります。また大学でも、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の1年次や立命館アジア太平洋大学(APU)の国際生も1年目は寮で過ごします。

この傾向は、日本だけでなく世界的な動きになっています。イギリスの主要ボーディングスクールはアジアや中東に分校を展開し、2024年時点で44校が海外分校を持ち、2万4710人の生徒が学んでいます。多くの学校で寮が併設され、全寮制あるいは一部の生徒が寮で生活をしています。

近年の寮の増加には、学びの手法の変化が大きく影響しています。国際高校 理事長の栗本博行氏は、自身も全寮制で学んだ経験からこう指摘します。

「従来、寮は遠方からの生徒の生活拠点であり、集団生活を通じて社会的規範や自立心を育む場だった。しかし近年、寮は国際性豊かな生徒が集う多文化共生の環境へと変化し、リーダーシップを高める場へと変化している。参加者中心型学習、批判的思考と呼ばれるクリティカルシンキングなど、学びの手法が変化する中で知の総和が重視されるようになっていることも背景にある」

知の総和とは、「質×規模×アクセス」で捉えられ、「質」は知識の信頼性・関連性・汎用性など、「規模」は知識の範囲と深さ・学習共同体としてのクラス規模、「アクセス」は学習環境の距離的・経済的・言語的な利用可能性などを指します。

学校のみならず寮においても、「多国籍な環境で探究的に学ぶことが、化学反応をもたらし『知の総和』全体を押し上げることにつながる」(栗本氏)わけです。

全寮制国際バカロレア校の「海外大への進学実績」

今年5月、1期生が卒業した広島叡智学園と国際高校の海外大学への進学実績に驚きの声が上がりました。

広島叡智学園は、瀬戸内海の離島にある県立高校で、1学年の定員は40名でありながら、延べ94人が海外大に合格しています。一方、名古屋市と隣接する日進市にある国際高校は、1学年の定員は75名でありながら、1期生の90%が海外大に合格し、半数超が世界ランキング100位以内の名門大に進学します。

ともに国際バカロレア認定校で、生徒の半分近くが海外からの国際生、そして全寮制です。

現代の寮は、スターバックスが提唱する「サードプレイス」のように、明るく清潔で快適な施設が多くなっています。従来の暗くて狭いストレスフルなイメージから、プライバシーに配慮しつつ、開放的で心地よい空間へと進化しています。

国際高校の学生寮。現代の寮はプライバシーに配慮しつつ、開放的で心地よい空間へと変化している
(写真:国際高校提供)

しかも寮にはさまざまな空間があり、1人で宿題に取り組んだり、同じ寮生と日常会話を楽しんだり、専門家を招いて講演会を実施することができる学校もあります。

現在の教育で重視されている探究学習やPBL(プロジェクト型学習)を行いやすいように、自然と対話が生まれるクリエーティブな空間が校舎だけでなく寮にもつくられています。

生徒同士の関係も、従来は上下関係があり階層的でしたが、現在は同じ目的を持つ仲間意識が築かれていることが多いように思います。クリスマスやハロウィン、ハウス対抗戦など、友人とともに楽しめる年間行事が多く用意されています。

学びを深め、対話を生み出すクリエーティブな共創の場

では、寮があることで、教育上はどのようなメリットがあるのでしょうか。

社会の変化が激しい現代においては、習得した知識や技能を活用して、ときに他者と協働しながら課題を解決していくことが求められます。コミュニケーション力や忍耐力、創造力などの育成も必要で、人格や感性、社会性を総合的に育む「全人教育」の重要性が高まっているのです。

その点、寮のある学校では、多様な仲間と生活を共にし、さまざまな場面でグループワークやプロジェクト型学習を通じ協働して課題に取り組みます。音楽・美術・スポーツなど多様なプログラムや課外活動も充実していて、家庭では体験しにくい幅広い学びも得られます。

石川県にある国際高等専門学校は、「英語×理工学」で旧金沢高専から国際高専に名称と学びを国際化しました。1・2年次は、寮のあるキャンパスで学びますが、プライベートを確保し、共同生活も行うことができるユニットを導入しています。

3年次は、ニュージーランドの国立オゴタポリテクニークに1年間通いますが、現地でホームステイをします。寮で自立し、ホームステイで英語によるコミュニケーションの質と量が増えていく仕組みが取り入れられています。

プラベートを確保し、共同生活も行うことができるユニットを導入している国際高専。「英語×理工学」で旧金沢高専から国際高専となり、多様性ある学生が1・2年次は、寮のあるキャンパスで学ぶ
(写真:国際高専提供)

また通学時間が不要となることで、子どもたちはより多くの時間を学習や自主活動、趣味・特技の追求に充てることができ、生活リズムも安定するといいます。こうした環境は、子ども一人ひとりの個性や可能性を伸ばす土壌となるだけでなく、他者と共創しながら新しい価値を生み出す力や、社会で求められる実践的な人間力の育成にも直結しています。

教育のプロに任せるという選択

さらに、寮のある学校が増えているのには社会的な背景も影響していると考えます。核家族化や共働き世帯の増加により、子どもを「教育のプロ」にサポートしてもらいたいと考える家庭が増えているのではないでしょうか。

神石インターナショナルスクールの理事長・末松弥奈子氏は「教育のプロに任せることで、子どもと親の双方に成長の機会が生まれる」と言います。

都心から離れた郊外にある、またさまざまな施設を持つ学校も多く、乗馬や農業、スキーやゴルフなど、家庭ではなかなか得られない経験や習い事ができるのも魅力です。子どもの学びや体験の選択肢と可能性が増え、寮生活を通じて子どもは自立し、親の子離れも促進されます。

また、「引きこもり」や不登校への対応策としても、寮生活は有効と考えられています。寮は、子どもが家庭外で多様な人間関係や社会性を身につける機会となり、自立心や協調性の育成にもつながります。

「地域みらい留学」のサポーターで、自身の子どもも寮のある学校に在籍している高田理尋氏は、「多様な友達の考え方、価値観に触れ、視野が広がるとともに自己効力感も高くなる」と言います。親は、寮にいる子どもに必要なものをネットで購入して送ったり、今や送金もネットでできる時代のため仕送りなども支障が少ないといいます。

ただ、子どもが寮に入りたいと言っても、寮に入れたがらない、受験自体に反対する親もいます。寮も含めた「全人教育」を評価しつつも、親元を離れて生活することに不安を抱く保護者もまだ多くいるようです。

村田 学(むらた・まなぶ)
国際教育評論家、International Education Lab(IEL)所長、インターナショナルスクールタイムズ編集長
アメリカ・カリフォルニア州トーランス生まれの帰国子女。人生初めての学校である幼稚園をわずか2日半で退学になった「爆速退学」の学歴からスタート。帰国後、千葉・埼玉・東京の公立小中高を卒業し、大学では会計学を専攻。帰国子女として、日本の公立学校に通いながら、インターナショナルスクールの教育について興味を持つ。2012年4月に国際教育メディアであるインターナショナルスクールタイムズを創刊し、編集長に就任。その後、都内のインターナショナルスクールの理事長に就任し、学校経営の実務経験を積む。また教育系ベンチャー企業の役員に就任、教育NPOの監事、複数の教育系企業の経営に携わりながら、国際教育評論家およびインターナショナルスクールの経営とメディア、学校および海外のインターナショナルスクールから日本校の開校コンサルティングの国際教育のシンクタンクInternational Education Lab (IEL)の所長を務める
(撮影:今井康一)

海外でも寮のある学校は増える一方で…

アメリカや英国などにある主要ボーディングスクールは、2023年の調査で55%の学校が前年より入学に関する問い合わせが増加し、49%が出願数が増加したと回答しています。

国際バカロレアやイギリス式カリキュラムを提供する学校が、従来の富裕層だけでなく中間層にも広がり、より幅広い層から注目を集めている証拠です。それに伴って寮のある学校や学生寮の新設が著しく増加し、グローバルな教育環境の変化や多様な学びのニーズに応える動きが活発化しています。

ハロウ安比校のベッドルーム(上)、ハロウ安比校の女子寮のリビング(下)
(写真:ハロウ安比校提供)

日本でも、新規のインターナショナルスクールや高専が増えていますが、課題もあります。年々高騰していく寮費です。

神山まるごと高専のように年間約200万円の学費をスカラーシップパートナー制度という、企業からの出資や寄付によって学費を実質無償化する仕組みを導入している例は、ごく稀です。

全人格教育の学びを実現するには寮や施設の運営費だけでなく、心身の発達のケアやチューターなど生徒を支える専門家も必要で、人材が不足しています。今後は、高騰する寮費への対策と、全人格を育む専門家の育成が重要になってくるでしょう。

(注記のない写真:ラグビー日本校提供)