理由不明の「兼業NG」、訴訟を起こしても釈然とせず…

パパ頭
パパ頭(パパあたま)
東京都立高校社会科教員/特定非営利活動法人越境先生 理事
大学の教育学部に進学し、教員免許を取得。その後大学院に進学し、専修免許状を取得。2023年3月に『パパが育休とってみたら妻子への愛が深まった話』(KADOKAWA)刊行。出版に際して行った兼業申請が理由不明のまま不許可となり、悩んだ末に訴訟を提起。その経緯や結果は自身のブログにもまとめている

X(旧Twitter)やInstagramに子育て漫画を投稿している“パパ頭”氏。わが子とのほのぼのとしたやりとりや子育てのリアルを描いた内容で人気を博している。

そんなパパ頭氏の職業は、都立高校の公民科教員だ。教員歴は今年で14年目。幼い頃から表現することや人に伝えるのが好きで、絵を描くのも好き。大学では教育学部を選び、漫画研究部に入部。教員として働き始めてからも、X(当時はTwitter)などに作品を投稿していたという。

結婚して子どもが生まれ、子育て漫画を投稿すると、それが編集者の目に留まり、書籍化の打診を受けた。ここで初めてパパ頭氏は兼業申請をすることになった。

「兼業申請の順序としては、所属する学校の経営企画室に申請書類をもらい、記載して校長に確認してもらいます。その上で、判断材料となる書類などと共に、校長が申請書を各地区のセンターに提出するという流れです」

ここで言う「センター」とは東京都学校経営支援センターのこと。都立高校とその附属中学、特別支援学校等の経営支援を行う機関だ。東京都内を東部地区・中部地区・西部地区に分け、各地区で支援センターと支援センター支所が担当地域の学校を管轄している。

パパ頭氏は経営企画室でもらった申請書に記入し、出版社が用意した出版に関する詳しい資料を添えて、校長を通じてセンターに提出した。しかし1カ月後に返ってきたのは、パパ頭氏が提出した申請書と、口頭での「許可はできない」という返答だった。

公務員兼業の是非
公務員兼業の是非
パパ頭氏が描いたマンガ『公務員兼業の是非』。全編はこちらから読むことができます

申請に対して本来受け取るはずの通知もなく、不許可の理由もわからない。悩んだ末、パパ頭氏は東京都教育委員会に対して「教育公務員の兼業のあり方を問う訴訟」を提起した。

公務員兼業の是非
パパ頭氏が描いたマンガ『公務員兼業の是非』。全編はこちらから読めます
(出所:https://x.com/nonnyakonyako/status/1395705003923283971)

裁判の中で都教育委員会は「判断材料が不足していたため不許可とした」と主張。出版社が用意した書類は受け取っておらず、パパ頭氏が所属する学校の校長や経営企画室とのメール等のやりとりも残っていないという。

パパが育休とってみたら妻子への愛が深まった話

「何も残っていないのは不自然だと思いましたが、開示請求しても埒が開かないという状況でした」

裁判所の働きかけもあって、パパ頭氏は東京都教育委員会に兼業としての書籍の出版を再申請することに。すると許可が下り、2023年3月1日に『パパが育休とってみたら妻子への愛が深まった話』がKADOKAWAから刊行された。なお、訴訟は取り下げという形になったが、この訴訟の経緯はパパ頭氏のブログに詳しく書かれている。

教員の副業・兼業、「曖昧な認可基準」が抱える矛盾

出版後も、パパ頭氏はさまざまな仕事の依頼を受けて活動の場を広げており、そのたびに副業・兼業の申請を行っている。あの訴訟後、パパ頭氏の副業・兼業申請に対する対応は変化しているのだろうか。

「いい悪いは別として、訴訟後は申請が通りやすくなったように感じます。訴訟以前は学校で申請書をもらうことができず、話すら聞いてもらえないこともありました。今は学校も異動しましたし、時代が変わって組織が変化しているのか、たまたま寛容な方に巡り合っているのか、真剣に話を聞いて検討してもらっているなと、事務の方からもセンターからも感じています」

訴訟では明確にならなかった、兼業の「認可の基準」についてはどうか。これまでさまざまな兼業申請を行ったパパ頭氏は、「意外にもOKだったもの」があると話す。

「教員の兼業で認められにくいものとして、特定の企業の商品・サービスのPRは難しい傾向があるようです。ただし私の場合、交通事故防止を目的に開発されたアプリや、家事代行サービスのPR漫画には許可が出ており、そのあたりの塩梅は依然はっきりしません」

兼業申請の事例
各項目の詳細は、パパ頭氏のnote「パパ頭(都立高教員)の兼業事例集」https://note.com/papaatama_record/n/n995b86912d04にて解説されている

一方、NGであることに違和感を感じたケースもあった。それは、著書を出した出版社が実施する、講師を派遣するシステムへの登録だ。

「雇用契約ではないので本来兼業には当たりませんが、都教育委員会からは『自営業に当たる』と判断されました。しかし現在、都が(兼業の)自営業と明示して認めているのは、お寺の住職・農家・駐車場経営・不動産と、どれも親から継承するもの。これでは、本人が新しく始めるものは一切NGだと読めてしまいます。

かといって、教員は会社などと雇用契約を結ぶわけにはいきませんから、個人でフリーランスとして副業するしかありません。しかし、それを自営業とみなされてしまうと、本業と副業を両立するのは難しい。

一方で、副業としてVoicy(音声プラットフォーム)のパーソナリティが認められた教員や、公式ブロガーとしてお金をもらってブログを書いている教員もいます。私自身も、noteでチップを受け取ることを認めてもらいました」

パパ頭氏は、「講師は自営業だからNG」というのは筋の通った判断基準に見えないと指摘する。というのも、例えば「夏休みに塾などで補習を行い謝礼をもらう」「英語の教員が市民に英語を教えて謝礼をもらう」といった活動は、昔から許可されてきたからだ。

最後の塩梅は「属人的な判断」に委ねられている?

このような副業・兼業の判断は、各支援センターによって異なるものなのだろうか。

「大いにあると思います。校長によっても、センターによっても差があると感じますし、申請時のセンターのトップが誰かによっても変わるようです。私も以前、『この件は私の裁量で通してあげるが、今後私が異動して別のトップが来たら通るかわからない』と言われたことがあります。最後の塩梅は人によって変わるのだなと思いました。

現在はそれぞれの支援センターごとに判断しているようですが、そのうちかなり足並みがずれてしまうのではないでしょうか。社会は大きく変化しており、仕事にもさまざまなバリエーションが生まれて複雑になっていますから、今後さらに整合性が取れなくなる可能性もあります」

ただ、パパ頭氏は規制されること自体に感情的な不平や不満があるわけではなく、公務員の副業・兼業に一定の規制がかけられることには納得しているという。

「公務員には、公の奉仕者として都民や国民から期待されている“品格”のようなものがあります。規制自体は理解できるからこそ、どういう規制が必要なのか、理由を含めて腹落ちする形で示してもらいたいです。中には、地域性や文化の違いで判断が異なることもあるでしょう。

だからこそ、OK/NGの理由は具体的に『この法律や価値観の基で、こう判断した』と説明があるのが理想でしょう。とはいえ、各支援センターが個々にやるのは難しいと思うので、客観的に理解できるルールを作るのがいいと思います」

教員の“聖職性”とは?副業により「厚みや奥行き」が出る

副業や兼業に関しては、教員の中でも考え方に違いがあるようだ。

「教員には“聖職性”のようなものが求められますよね。ベテランの先生ほど、『教員たるものつねに生徒に意識を向けるべき』といった職業倫理が強くあるのを感じます。一方で若い教員は『学校のことしか知らずに生徒に物事を語るのは難しい。実社会で求められるものを体感して学校に持ち帰るべき』と危機感を持つ人が多いです。今はネットなどで生徒がいろいろな情報に接していますから、教員も視野を広める必要があると感じています」

では、教員が副業や兼業をすることで、子どもたちに何を還元できるのだろうか。パパ頭氏の場合、学校では公民(政治社会や倫理)の授業を担当しているが、「生徒に伝えられる情報の奥行きが変わった」と語る。

教員の副業・兼業の副産物
パパ頭氏が「教員の副業・兼業の副産物」を描いたマンガ。全編はこちらから
(出所:https://ekkyosensei.jp/interview-papa_atama/)

「学校外の経験を積めば積むほど視野が広がり、視座が上がると実感しています。各企業さんとの関わりを通じて、教科書の知識だけでは折り合いが難しい現実など、生きた経験を伝えることができるのです」

とはいえ、ただでさえ多忙な教員が副業や兼業するとなると、「本業が疎かになるのでは」と考える人もいるだろう。

「懸念する方がいるのも理解できます。しかし私は、副業や育児に時間をかけるほど、それぞれが関係しあって『本業』と『それ以外』の境界線がいい意味で曖昧になると感じています。本業に対して、『労働時間の対価として賃金を得る』というより、『この時間でさらに付加価値を高めたい、よりよいものを作りたい』という感覚になっていくのです。“労働というより仕事”という感覚でしょうか。たしかに、副業中や育児中に授業プリントを作ることはできません。しかし、副業の漫画の内容を考えながら授業の切り口を思いつくことはありますし、漫画のコマ割りを考える中で、授業の『構成力』が上がったという実感もあります」

パパ頭氏の子育て漫画
パパ頭氏の子育て漫画の代表作の1コマ。「日々のつぶやき。育休が終わった日のこと」
(出所:https://x.com/nonnyakonyako/status/1251470195190689792)

価値観が多様化する今、副業・兼業に追い風が吹いている

パパ頭氏のX
(画像:東洋経済撮影)

パパ頭氏のもとには、同僚からはもちろん、SNSを通じて各地の教員から副業に関する相談が寄せられている。

「相談内容としては、『こうした働き方は、法律上認められると思いますか』というものが多いですね。『法律の専門家ではないので細部は答えられませんが』と前置きした上で返答しています。また、前例が多いケースは答えられますが、地域ごとに条例も違いますし、法律の解釈も異なります。そのため、お住まいの地域の規則を確認するように勧めることも多いです」

パパ頭氏のSNSアカウントやブログなどには、自身の訴訟経験だけでなく、副業申請の認可・不認可の事例も随時アップされている。後に続く人たちのために、データベースとして使ってほしいという思いがあるそうだ。最後にパパ頭氏に、やりたいことがある教員に向けてメッセージをもらった。

「無責任なことは言えませんが、社会が変化している現在、さまざまな経験が社会や仕事に影響を与えます。もちろん無理にやる必要はありませんが、やってみたいことがあるならぜひ、校長や経営企画室に申請してトライしてみてください。今は副業や兼業に追い風が吹いていますよ」

働き方や生き方、価値観が多様化する時代。大人一人ひとりが、この情報化社会という大海をどう泳いでいくか、選んでいく必要がある。副業や兼業を通して新たな視点や武器を手に入れ、児童や生徒に還元していく。そんな教員が少しずつ増えることでも、学校現場は変わっていくのではないだろうか。

(文:吉田渓、注記のない画像:パパ頭氏提供)