ガラパゴス状態だった「男性更年期障害」への対応

――なぜ近年、男性の更年期障害が注目されているのでしょうか。

男性の更年期障害は、医学的には「LOH(late onset hypogonadism)症候群」(加齢男性・性腺機能低下症)と呼ばれています。男性ホルモンの「テストステロン」の減少によりさまざまな不調が起こる疾患ですが、決して新しい病気ではありません。

例えば東洋医学では、腎臓や生殖器などを表す「腎」はエネルギーを蓄積する場所と考えられており、昔から男性が中高年になり急に元気を失う状態は「腎虚(じんきょ)」と呼ばれていました。男性の大厄が42歳であるのも、江戸時代に「隠居後の42歳頃に腎虚になる」と考えられていたからだそうです。これはまさに男性の更年期であり、古くから現象としては認識されていたといえます。

堀江重郎(ほりえ・しげお)
順天堂大学大学院 泌尿器外科学 教授
男性ホルモンの低下に起因する疾患の診断と治療を行う日本初の男性外来「メンズヘルス外来」を立ち上げるなど、日本の泌尿器科医療の第一人者。泌尿器科学や救急医学、腎臓学、男性医学を学び、日米で医師免許を取得。泌尿器科の手術は、がん、腎移植、外傷後の尿道再建、腹腔鏡手術、内視鏡手術など、海外を含む9つの病院で研鑽を積む。日本泌尿器科学会、日本癌治療学会、日本内視鏡学会、日本性機能学会、日本抗加齢医学会、日本Men’s Health医学会に所属。厚労省「性差にもとづく更年期障害の解明と両立支援開発の研究」における男性更年期障害の研究を担当
(写真:本人提供)

西洋医学においては、1935年に男性ホルモンのテストステロンが発見されました。1944年には、化学的に合成されたテストステロンの投与により男性の更年期症状が改善することがアメリカの研究で明らかになっています。

しかし、各臓器に対応した治療薬が開発されるようになり、テストステロンの存在は影を潜めてしまいました。再び注目されるようになったのは、ここ20年くらいのこと。元気がなくなる男性が増え、テストステロンの補充による改善が見られることからまた脚光を浴びるようになったのです。

――それでも日本では、女性の更年期障害ほど注目されてこなかった印象が強いです。

そうですね。欧米、韓国、台湾、シンガポール、マレーシアなど、世界ではテストステロンの補充は医療として定着しました。例えばアメリカやイギリスでは定年がなく、成果が出せないとクビになることもあるため、自分のパフォーマンスが落ちた際にテストステロンを補充する男性がかなり多い。海外ではそんなふうに補充療法が一般的で、塗り薬や貼り薬、飲み薬など薬の種類も選べるのですが、日本では注射製剤以外の方法は保険診療内で認可されていません。

日本はガラパゴス状態だったわけですが、人手不足の中、コロナ禍で症状を訴える男性が増えたことを受け、ようやく課題として捉えられるようになってきました。厚労省も2022年から「性差にもとづく更年期障害の解明と両立支援開発の研究」という、男女別の疫学調査をスタートしています。

――堀江先生は、その厚労省の調査で男性更年期障害の研究を担当されていますね。

はい。現在の健康経営は“予防”が中心ですが、男性の更年期障害という“今そこにあるパフォーマンス”の課題を踏まえた新たな健康経営の指針が求められています。その土台となる研究として、ある公務員組織の調査を進めているところです。

女性更年期障害とは何が違うのか?

――なぜ、コロナ禍で症状を訴える男性が増えたのでしょうか。

テストステロンとはいわば、パブリックなホルモン。人間が仕事をして生きていくための活動を支えており、賞賛されると増え、緊張すると減ります。そうしたホルモンの働きは古来から変わりません。狩猟採取時代は外で獲物を得て帰ると家庭で評価され、それがテストステロンを高める原動力になっていたと考えられています。

現代社会では、職場での賞賛、あるいは居酒屋や趣味のコミュニティーでの認め合いなどがテストステロンを高めてくれていますが、コロナ禍では、そのように自分を認めてくれる場が外出制限によって奪われてしまったため、男性たちは弱ってしまったのでしょう。

ちなみに女性ホルモンの「エストロゲン」は、家族に愛を与えるといったプライベートの行動に作用します。女性は閉経の前後10年間、このエストロゲンが減少することで不調が生じます。これがいわゆる女性の更年期ですが、この間、実はテストステロンの量はそれほど変化しません。更年期が終わって仲間との旅行や“推し活”を楽しみ始める女性が多いのは、社会に意識を向かわせるテストステロンが優位に働くようになるからなのです。

――男性は、そのテストステロンの減少で元気がなくなってしまうのですね。

はい。ただ、遺伝子に閉経がプログラミングされていて例外なくエストロゲンの減少が起こる女性とは異なり、男性の遺伝子にはそうしたプログラムがありません。男性は、環境によってテストステロンの量が変わります。

例えば、転職や配置転換、退職など環境が変化して強い緊張やストレスが生じるとき、あるいは、仕事に慣れて周囲から褒められることがなくなってくるときもテストステロンが低下します。更年期障害は40歳以降の男性に多く見られますが、まさにこうした環境変化が起こりやすい年代ですよね。

――男性の場合、具体的にはどのような症状が見られますか。

男性も、女性の更年期症状と同様に、顔のほてり、疲労感、うつ症状などが見られます。男性の場合はとくに、笑わない、イライラする、人にきつく当たる、やる気が出ないといった症状が出やすい。教員ですと授業がつらくなってくるでしょう。社会生活に支障が出るほど症状が重い場合、医療機関では、AMSスコアやADAM問診票を用いて更年期障害を診断しています。

実は「更年期障害のうつ症状」の男性教員は多い?

――更年期障害になりやすい人の特徴は、あるのでしょうか。

テストステロンは、意欲や集中力を支えるほか、公平さや公正さに敏感、キレにくい、細かいことは気にしないといった方向にも作用するため、バリバリ仕事をする人やはつらつとしている人、自己表現している人は、たいていテストステロンが高い。例えば、芸術家やアスリート、政治家や社長は、テストステロンが高い人が多いと言われています。

ただし、そのような方でも挫折したり、社会に評価されないと更年期障害になります。一般的には、他人の評価に敏感な人、真面目にきちんと仕事をする人、自分で何でもやろうとする人は、ルーズな人よりも男性更年期障害になりやすいですね。

50年以上前の研究ですが、テストステロンが低い職業として、教師、医師、牧師が挙げられています。共通点は、狭い場所にマイノリティーを集めて同じことを繰り返し、規則に厳しい職業であること。もちろん例外はありますが、教師は基本的に、教室でマイノリティーである子どもたちに対し、教科書に基づく授業を繰り返しますよね。校則にもうるさいです。

しかも、褒められる機会が少なく、近年は人手不足でオーバーワークが続いています。授業デザインやファシリテーションといった新たなスキルを求められるなど教育環境の変化も激しく、今の学校の先生方は更年期障害になりやすい環境にあると言えるでしょう。

――文部科学省の「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」では、教職員の精神疾患による休職者が6539人と過去最多を記録しましたが、この状況と男性の更年期障害は何か関係があるのでしょうか。

うつ病の発症率は医学的には職業によって変わらないはずなのですが、教員や銀行員の方が目立って多い。また、私が診ている更年期障害の教員の方々は、休職からなかなか復帰できない、以前のように元気にならないということでやって来る人が多いです。こうした現状から、うつ病と診断されて休職している男性教員のうち、実は「更年期障害のうつ症状」というべき人がかなり多くいると考えています。

――うつ病と、更年期障害のうつ症状では、何が異なるのでしょうか。

うつ病は周期的に起こりやすいものであり、環境変化はきっかけにはなりますが、原因ではありません。そういう人には抗うつ薬が効きます。

一方、環境変化など原因が明確で、抗うつ薬が効かず不調が続く人、あるいは抗うつ薬である程度苦しさが解消されたものの授業をする気が起こらない人は、更年期障害のうつ症状を疑ったほうがよいでしょう。

また、最近の研究では、抗うつ薬の長期間の服用や複数種類の服用でテストステロンが下がることがわかっています。そのため、うつ病で休職した教員が復職する際には、テストステロンの状態を考慮したジョブトレーニングも必要だと私は考えています。

テストステロンの補充も1つの手ですが、それだけで不調は改善しません。自分でテストステロンを生み出していくようにすることが大切で、そのためには周囲が本人を褒めることが重要。本人が周りからポジティブな評価を得ながら、児童生徒たちとの向き合い方や授業づくりを考えていけるような復職プロセスが必要だと思います。

普段からできる「予防」と「自己診断」のポイント

――授業がつらいけど、うつ病なのか、更年期障害のうつ症状なのか、わからない場合はどこで診察してもらうとよいでしょうか。

まずはすぐに医者に頼らず、自分を取り巻く環境を見直し、何が問題なのかを考えてみること。そして、友人に会って話したり、趣味や得意なことをやってみたり、テストステロンを増やしていくことを意識することが大事です。

ただ、体重が減少している場合は精神疾患の可能性が高いので、精神科に行くとよいでしょう。

一方、笑わない、イライラする、太ったという人は更年期障害を疑ったほうがいいですね。健診で体重が去年より2kg増えた、コレストロール値が高いといわれた場合も要注意。AMSスコアやADAM問診票で自己診断をしたうえで、泌尿器科、更年期外来、メンズヘルス外来などに行きましょう。

しかし、テストステロンを補充すれば楽にはなりますが、それで解決ではありません。自身の問題を見つめ、テストステロンを高めるような生活を心がけることが大切です。

――更年期障害を予防するために、生活習慣で気を付けたいことは何でしょうか。

今の日本人男性の7割は、テストステロンを高めるビタミンDが不足しています。サプリでいいので積極的に取りましょう。食べ物なら、毎日鮭を一切れ食べるといい。キノコもいいですね。

また、繰り返しになりますが、友人と会うことも大事。友人がいなければ、習い事や何らかのコミュニティーに参加する、居酒屋で誰かと会話を楽しむことなども有効です。運動は義務感でやるならやらないほうがいいですが、筋肉を使うことは大切なので、掃除などの家事は積極的にやるとよいでしょう。

――学校現場では、男性更年期障害の問題をケアしていくためには何が必要でしょうか。

先程述べた復職に向けたジョブトレーニングのほか、教育委員会が学校保健師や養護教諭に講習の場を提供し、教員が学校内で相談できるような体制をつくることも必要かもしれません。校長は、教員が互いに賞賛できるような風土づくりを心がけることが大切だと思います。

(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:プラナ/PIXTA)