小児性愛者は「子どもと接する仕事」に就く傾向が強くなる
大手中学受験塾の元講師による盗撮事件、東京・練馬区の区立中学校校長による性的暴行疑いなど、教育現場での性犯罪が相次いでいる。警察庁によると、2022年における児童買春事犯等の検挙件数は2206件、検挙人員は1649人、被害児童数は1461人となっている(警察庁「令和4年における少年非行及び子供の性被害の状況」)。だが明るみに出る被害は氷山の一角といわれる。
性暴力加害者の再犯防止に取り組む、精神科医でNPO法人性障害専門医療センター(SOMEC)代表理事の福井裕輝氏は、現状について次のように話す。
「一般人口の約5%が、子どもへの性的嗜好を持つ小児性愛者だというデータは、世界的に共通しています。そうした人たちは、必ずしも初めから加害の意図を持っていなくても、子どもと接する仕事に就く傾向が強くなります。そのため教育や保育の現場では、一般人口比より小児性愛者の比率が高いと臨床現場の経験から感じています。子どもへの性的嗜好を持つ人が必ずしも加害者になるとは限りませんが、リスクは高まります。こうした話をすると、そんなに多いのかと驚かれます」
実際に性被害に遭っても親には言いづらかったり、とくに男児の場合は親が深刻に受け止めないなど、被害が表に出づらい現状があるという。「それでもしだいに全体の意識が変わってきたために、ジャニーズの性加害問題も明るみに出てきたのだと思います」と話す。
世界から30年遅れの「DBS」の効果は疑問
現在、政府が検討中の「日本版DBS」の元になる「DBS」(Disclosure and Barring Service)とは、イギリスで導入されている前歴開示・前歴者就業制限機構が行う前歴開示のことで、就業の際に性犯罪歴などがないことを確認する制度だ。
日本では2021年12月に、こども政策の基本方針が閣議決定され、そこに日本版DBS創設が盛り込まれたことから動きが加速した。こども家庭庁の有識者会議の報告書では、DBS利用は学校・保育所・児童養護施設などに義務づけ、塾や学童クラブ等は任意。確認の対象は性犯罪の前科のみで、不起訴処分や行政による懲戒処分などは含めないとしている。
福井氏は、日本版DBSは「一般の人に問題意識を広げる啓蒙的な意味はあっても、効果は薄く、再犯は減らないだろう」と見る。
「DBSは性犯罪者を監視し排除することで再犯を抑止しようという方法で、海外では1980年代に始まったものです。その究極はアメリカ・カリフォルニア州の『ミーガン法』でした。これは性犯罪者の住所や犯罪歴などをホームページに公開し検索できるようにしたものです。しかし、世界的には監視と排除では再犯は防げないという見解が主流となり、現在は治療も含めた社会復帰に対策はシフトしています」
一方、学校の教員に向けては、2022年4月に「わいせつ教員対策新法」が施行された。それにより、児童生徒への性暴力等で懲戒免職となった教員の復職を厳しく制限する仕組みや、教員免許の失効者の情報をまとめたデータベースの運用が始まっている。
対策としては十分なのだろうか。「DBSと同様、監視・排除を軸とした対策は、先ほども言ったように効果は薄いのです。その意味において、新法でわいせつ教員が減少するとは思えません」と話す。
なぜなら、利用を義務づけたとしても「子どものいる場所」はなくならないからだ。前科のみが対象で不起訴や懲戒を含めないため、教員を免職になっても学習塾や家庭教師で教えることができる。そこで性犯罪を犯し教育現場から排除されても、子どもと接するほかの業種に再就職すれば、そこで再犯の可能性もある。
いくら監視・排除しても「別の場所に被害者が生まれるだけ。1つの職業における対策ではなく横断的な仕組みが求められています」。自分の職場・職種にさえいなければいい、ではすまされないのだ。
加害者をなくす対策こそ必要
では、子どもへの性暴力を防ぐために何が必要なのか。
それは加害者治療と社会復帰支援だと福井氏は言う。福井氏は「被害者を生まないためには加害者をなくすしかない」という考えの下、2011年にNPO法人性障害専門医療センター(SOMEC)を設立。性嗜好障害などの治療、犯罪者の精神鑑定も行っている。
「性犯罪者の治療は大きく分けて2つあります。1つは認知行動療法です。人の考えや感情に働きかけて行動を変えていくものです。加害に至るまでの段階で歯止めをかける、例えば子どもの集まる時間帯に外出しない、などと自分で行動をコントロールできるようにするもので、これは治療において必須です。
そして、認知行動療法で改善が見られない場合の補助的な選択肢として薬物療法があります。男性ホルモンを抑制し性的欲求を低下させるホルモン療法が代表的なものです。認知行動療法を受けている本人から、再犯しそうだと申し出があった際に、一時的にホルモン療法を受けるといった場合などに用います。子どもに対する性的嗜好は変化しにくいので、嗜好はあっても行動に移さないことを第一の目標に、治療を進めています」
福井氏が加害者治療に力を注ぐことになったのは、子どもの頃の性的虐待による解離性同一性障害(多重人格)の患者を多く受け持った経験からだという。
性暴力の被害者である子どもにいくら治療を施しても回復は難しかった。性暴力が起きないようにするには、加害者側への働きかけ、それも注意するといったレベルではなく、治療や支援のシステムを包括的に整備することが必要との考えに至ったという。
SOMECのような性障害を対象とした治療・支援の専門機関は国内にはまだ少なく、加害者が子どもに接しない仕事に就こうとしても職業訓練の機会や、仕事のあっせんも受けられないのが現状だ。
ホルモン療法にしても保険適用にはならない。加害者の治療や更生、社会復帰支援の視点のある包括的な加害者対策があってこそ、性犯罪の抑止につながるという考えだ。
「ごく普通の人が加害者になり得る」という認識を
一方、国は子どもや保護者側に対して性被害を減らす対策を強化している。文部科学省が推進する「生命(いのち)の安全教育」は、子どもが性暴力の加害者や被害者、傍観者になるのを防ぐための教育だ。
幼児期、小学校低学年から「水着で隠れるところ(プライベートゾーン)は、自分だけの大切なところであり、見せたり、触らせたりしてはいけないことを意識する」「自分の体を見られたり、触られたりして嫌な気持ちになる場面について考え、対応方法を身に付ける」などが教えられている。中学・高校段階になると、性暴力の例や背景、相談方法も学ぶ。
「今、社会に一番足りないのは、子どもに性暴力を加える者が自分たちの身の回りには思いのほかたくさんいるという認識です。性犯罪をする人は、自分たちとは違う、まるで関係のない変質者のように捉えているかもしれませんが、実際の患者に接しているとわかります。ごくごく普通の人たちです。ただ、性犯罪は依存性が高く累犯につながりやすいため、監視・隔離だけでは抑止できないという認識に立ったうえで、対策や自衛の方法を考えていくことが必要です」
(文・長尾康子、注記のない写真:yamasan / PIXTA)