「ピルは悪魔の薬」と語る友人に愕然

瀧本 いち華(たきもと・いちか)
「タブー視されている性の知識を大人に広める」をテーマに、日本性知識普及協会を発足。性に関する知識を、理論的にわかりやすく学べるよう発信を続ける。YouTubeチャンネル「瀧本いち華の性知識アカデミー」は登録者19.2万人超(2023年6月現在)。著書に、『人に言えない男女の悩みをすべて解決する おとな性教育』(KADOKAWA)
(写真:東洋経済撮影)

瀧本氏はタブー視されている性の知識を大人に広めることをテーマに、大人向けにYouTubeをはじめSNSで幅広い情報を発信している。その内容は主に、「性教育」「性交」「男女の性質」の3つ。瀧本氏自ら研究や論文を基に情報を精査しており、その理論的でわかりやすい解説は幅広い世代から支持されている。瀧本氏の活動の原点は、自身が「高校時代にすごく充実した性教育を受けた」ことにあるという。

「高校1年生の時の授業で、人が生まれる過程を包み隠さず映したビデオを見せてもらえたんです。そこには、男女が付き合って、性交をして妊娠をして、そして出産するまでの流れが描かれていました。赤ちゃんが産道から出てくるシーンもあり、生命の誕生がどれほど奇跡的であるかをまざまざと感じました。先生から価値観を強制されることなく、淡々と事実を見て自分なりの感想を持てたのがよかったのでしょう。中絶や避妊などの説明はありませんでしたが、こんな奇跡の連続で生まれてくる命を堕(お)ろすなんて考えられないと思いまして、だからこそ、今の私に性交や妊娠は早いなと自覚しました」

瀧本氏のYouTubeチャンネル「瀧本いち華の性知識アカデミー」

その性教育のおかげで、ほかの教科と同じように不明点をきちんと調べて知識をつける習慣がついたという瀧本氏。ところが大人になってから、自分の受けた性教育はかなり珍しかったこと、そして同世代があまりに性知識に乏しいことを知り愕然としたという。

「子宮内膜症で悩んでいた友人に低用量ピルの話をしたら、『え? それって子どもを殺す悪魔の薬でしょ?』と返ってきたことがありました。また、膣外射精を正しい避妊法だと信じている子もいたりして、とにかく驚いたし、やるせない気持ちになりましたね。そこで日本の一般的な性教育を調べるうち、そもそも性教育を施す側の大人たち自身が正しい性知識を持っていないことに気づいたのです」

日本の一般的な教育を受けた大人の8〜9割は十分な性知識を持っていないと考察する瀧本氏。性を正しく学ばないと「性=いかがわしくて危険」というバイアスがかかり、ひいてはそれが、性の話題をタブーとする日本の空気感の要因なのではと瀧本氏は指摘する。

「まず『自分には性知識がない』と自覚できていないことが問題です。例えば、性行為の経験があるのに性感染症検査を受けたことがないのであれば、すでに性知識が十分とは言えません。性知識のない大人は、無意識に子どもたちの性教育を妨害してしまう可能性があります」

20代が「避妊せずに性交したい」と感じる理由

瀧本氏のYouTubeチャンネルには日々、性に関する相談や質問が寄せられるという。悩みの種類は年代によって異なるが、「まさにホルモンの分泌どおりの質問が来る」と瀧本氏は分析する。

20代から多い質問
・「コンドームを装着せず安全に性交するにはどうすればよいか」
・「避妊せずに性交したいのでアフターピルについて知りたい」
→男女共に妊娠適齢期であるため、本能的に子孫を残そうと体が避妊を拒んでいるのではないか
30代から多い質問
・「パートナーを楽しませるには何をするとよいか」
→子どもを確実に育てるために、「夫婦の親密さ」を保ちたいのではないか
40代から多い質問
・「夫がすぐに疲れてしまうので、愛情が薄れたのではと不安になる」
・「妻を満足させられているか心配」
→ホルモン分泌の減少によって、性欲の減退や体力の衰えがあるのではないか
60代から多い質問
・「こうした情報をもっと早く知りたかった」
・「今からでも楽しみたい」
→生殖活動が終わり、娯楽やコミュニケーションとして性を楽しんでいるのではないか

「でも、年代を問わずいちばん多いのは『性の悩みを誰にも相談できない』という声です。親に性の話題を禁じられた記憶は成人後も響きます。例えば、幼少期に性器を触った際に『そんなところ触っちゃ駄目!』と厳しく言われたり、性交を汚らわしいとする発言や態度を取られたりすると、性について疑問や問題を感じても「話してはいけないことなのだ」と思うため、人に相談できなくなってしまいます。大人になってからも、性交痛などを感じても相手に伝えられず、自分を責めてしまう人もいます」

瀧本氏のYouTubeチャンネルには、視聴者の悩みを解決する動画が多数並ぶ
(画像:YouTube「瀧本いち華の性知識アカデミー」より)

学校の性教育では、いま妊娠したら生活はどうなる? 責任取れる?と、「性交はしてはいけないこと」というニュアンスで教えることが大半だ。瀧本氏によれば、そもそも日本の性教育のルーツは、戦後間もなくの日本で性の乱れを取り締まるために行われた『純潔教育』にあるという。「性交は結婚後に結婚相手とするもの」「性の話題を公でしてはならない」という規範が連綿と残り続けていることも、一歩踏み込んだ性教育が阻まれる要因の1つだと瀧本氏は語る。

「性交のよい面をまったく伝えない教育の下で、性嫌悪になる人も一定数存在します。ある男性から『彼女とセックスをしたいと思ってしまう。大切な人を汚すようで自己嫌悪になる』と相談が来たことがありました。これは、性交を単なる欲望のはけ口として認識しているからでしょう。性交はお互いを思う気持ちを表現する最上級のコミュニケーションですし、大切な相手とつながりたいと思うのは人間としてごく普通のことです。仮に相手が夫婦や恋人でなくても、相手の嫌なことはしないという思いやりがあれば、それは両者にとってよい時間になるはずなのです」

性交同意年齢の16歳までにすべてを知っておかなければならない

一方で、大人に性知識を普及させるのはハードルが高いのも事実だ。

「私のYouTubeでも、学びの要素が強い動画は再生回数が伸びません。でも、相手を気持ちよくさせるための動画や、モテるための動画なら興味を持ってもらえます。性知識を得るきっかけは真面目にでも下心でも何でもよくて、たどり着く知識は結局同じだったりします。『自分の知識は古いかもしれない』と疑いながら、気になることから調べてほしいです」

①自分の情報が間違っているかもしれないと疑う気持ちを持つこと
②自分の認識をアップデートすること
③偏見を持たないこと

大人が正しい性知識をつけたうえで、子どもとは何を話すべきか。瀧本氏は「教員の性教育と、保護者の性教育は違う」として次のようにアドバイスをする。

「教員は自分のバイアスをかけず、事実を正しく伝えてほしいです。リスクやすばらしさなどは、大人が自分の感情を先回りして伝えるのではなく、子どもが自分で考えるからこそ心に残るのだと思います。一方で、保護者は親としてある程度バイアスがかかっていてもよいと考えます。自分の意見を『押し付ける』のはよくないですが、学校で習った事実に対して、『私はこう感じるけど、どう思う?』『これは気をつけてほしいな』と親として自分の意見を率直に伝えると、子どもも自分の考えにより向き合うことができるのではないでしょうか。子どもが自分の考えを持てることがとても大事です」

子どもからの質問や悩みに寄り添うヒントとなる動画も多い
(画像:YouTube「瀧本いち華の性知識アカデミー」より)

性教育の目安は「性交同意年齢」を1つの区切りにするとよいと瀧本氏は語る。2023年3月に閣議決定された刑法改正案では、性的同意年齢が16歳に引き上げられる。そのため、「遅くとも高校入学までには性交とはどういうもので、その先どうなるのかをすべて知っている必要がある」と瀧本氏。とくにオランダの教科書には日本の大人でも知らないような内容が載っており、日本もこうした充実した性教育を取り入れたいところだ。

「性教育ムーブ」の裏ではまだまだ注意が必要

昨今は性について発信する人が増えており、SNSなど自ら情報を得られる場も増えた。瀧本氏は「性教育ムーブが起きている今こそ変わりどき」とする一方で、注意も必要だと指摘する。

(写真:東洋経済撮影)

「ほとんどの人は正しい情報を発信していますが、中には医学的に誤った情報を流している人もいます。また、『この人の話はすべて信じよう』と盲信的にはならないでほしいのです。例えば、アダルトビデオに出演している方が、作品とは異なる事実を発信するような動きは大変ありがたいことです。しかし、最近はこうした活動がある種のブームにもなっているため、正しい発信をしている人に乗じて、誤った情報や個人の価値観を押し付ける発信をしている人もいます。そもそもコミュニケーションは目の前の相手がいてこそのものなので、絶対的な正解はありません。さまざまな情報を得て見抜く力をつけてくださいね」

最後に瀧本氏は、「現在の社会ではまだ、性の発信をすることにリスクがある」と語る。男女を問わずセクハラをしてもよい対象だと勘違いされて、怖い思いをすることも多いという。瀧本氏がマスクを着用するのも、少しでもプライバシーを守れるように先輩からアドバイスを受けてのものだ。子どもへの心配が先立って「性の抑制」に偏ったり、性教育の発信者に勝手な偏見を抱いたり。そうしたバランス感覚に欠けた大人の言動が、性へのネガティブなイメージを助長すると瀧本氏は懸念している。人間の純粋な好奇心や知識欲を大切にし、子どもの思考や疑問に丁寧に耳を傾ける姿勢が、性教育においても重要だろう。

(文・末吉陽子 編集部 田堂友香子、注記のない写真:瀧本氏提供)