司書の正規雇用減少で起こる図書館格差

世間では子どもの読書離れが進んでいるといわれているが、「学校読書調査」によれば、小・中・高校生ともに1カ月の平均読書冊数は長期で見れば増えている。

ただ昨年、2023年と比べると、小学生が12.6冊から13.8冊と増加している一方で、中学生は5.5冊から4.1冊、高校生は1.9冊から1.7冊へと減少している。

日本図書館協会理事の高橋恵美子氏によると、この中学生や高校生の読書離れには、GIGAスクール構想やICTを活用した教育が関係しているという。

「15歳を対象にしたPISA2003調査で、日本人の読解力が急落していることがわかりました。それ以来、国や自治体が子どもへの読書活動を推し進めた結果、近年の平均読書冊数は増加傾向でした。しかし、最近ではGIGAスクール構想やICTを活用した教育の推進により、中学や高校では読書よりもタブレットでの学びを重視し、朝の読書をやめた学校も多いようです。そのため中学生や高校生の平均読書冊数が減少したのだと考えられます。学校が読書の時間をきちんと確保しなければ、子どもに読書が定着しない時代になったということですね」

いまや書店が一軒もない市町村は約26.2%、456自治体(出版文化産業振興財団〈JPIC〉調査)にのぼる。新聞をとらない家庭も増えており、子どもたちの読書機会を減らす要因になっていると考えられる。

また文科省の「令和3年度社会教育調査」によれば、図書館は着実に増えているものの、利用者数や貸出冊数は減っている。もちろん、学校に図書館はあるが利用状況には差があり、本当に子どもたちが読みたい本を提供できているかは疑問だという。その背景には、学校図書館を取り巻く状況や働く人の問題もある。

「学校の中には探究的な学習のために、図書館を学びの場として大きく活用しているところもあります。一方で、学校司書が配置されていない、配置されてもようやく貸し出し業務ができる状態になっただけの整備されていない学校図書館もあり、学校によって大きな格差があります。

2023年度の公立学校の学校司書は、約86%が非正規職員でした。また、配置率を増やすために1校専任ではなく、2校、3校同時に兼任している人もいます。非正規職員は長期の雇用が約束されているわけではないので、雇用期間におびえて落ち着いて働けていない人も多いです。

図書館はしっかり計画を立てながら、何年かかけて子どもたちが利用したいと思う、活用できる場所になります。短い雇用期間の限られた予算の中で、子どもたちが読みたい本を充実させたり、使い勝手のいい図書館をつくることはなかなか難しいのです。そして、短期間で司書が変わると、また図書館づくりはゼロから始まります。複数校を兼務している場合は、さらに難しくなります」

非正規職員の場合、短期間で学校の中の人間関係を構築するのも大変で、先生たちと信頼関係を築くのにも時間がかかる。長期でひとつの図書館に携わることができる正規雇用の図書館司書を増やすことが、子どもが利用したくなる図書館づくりの第一歩だといえる。

※文科省「令和5年度公立学校における学校司書の配置状況に関する調査」結果

大切なのは子どもが読みたい作品を置くこと

子どもが読みたい本を増やす1つの手立てとして、まんがを置く学校図書館も増えている。1980年代から『はだしのゲン』や手塚治虫作品、サザエさんシリーズなどのまんがは、学校の図書館に並んでいたが、最近では『キングダム』、『ゴールデンカムイ』、『ちはやふる』など連載中を含む近年の作品や、エッセイコミックも学校によっては置かれている。

以前からまんがを読書とみなすかどうかという問題は何度となく議論されているが、現状はどうなのだろうか。

高橋恵美子(たかはし・えみこ)
日本図書館協会部会選出理事
2010年に神奈川県立高校の学校司書を定年退職、法政大学・東京学芸大学などで非常勤講師を務め2020年に退職。著書に『学校司書という仕事』(青弓社)、共著に『学校図書館とマンガ』(日本図書館協会)
(写真:本人提供)

「私自身、あるときまで司書として、まんがを図書館に置くことはダメだと思っていました。でも、まんがにもいい作品はたくさんあります。それがわかってからは、子どもが本当に読みたがっているものを置くことこそが、学校図書館の役目だと思うようになりました。そのような意識改革は私だけでなく学校司書の間で、徐々に進んでいると思います。

高校と違い、小学校では人気のまんがを置くのは難しく、まんがのノベライズという形で置かれていることが多いです。中学校は限定的、高校は環境として取り入れやすくまんがの必要性を感じて置いているところが増えましたね。そうはいっても、地方ではまだまだハードルが高いところもあります」

高校によっては、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』や石ノ森章太郎の『マンガ日本経済入門』などを入れてほしいと、先生から依頼があることもあるという。また『科学漫画サバイバルシリーズ』(朝日新聞出版)などは、小学校でも積極的に取り入れているところが多い。

「いきなりまんがを置くことに抵抗がある学校では、学校図書館に定番のまんが(『はだしのゲン』、手塚治虫作品、『あさきゆめみし』など)から入れて、愛蔵版、文庫版など、ステップを踏む必要があります。

それでもまだ、学校図書館にまんがを置く必要はないと考える学校司書もいます。日本では読書=本ですが、PISAのリーディングの考え方には、まんがを読むことも、タブレットなどスクリーンで読むことも入っています。実際にアメリカの『読書はパワー』(金の星社)という書籍の中でも、まんがを読むことはボキャブラリーを身につけるのに役立つと述べられています。

子どもにとっていい影響のあるまんがも多く、まんがだからダメと決めつけるべきではありません。まんががきっかけで図書館に来た子どもが、そこから本を読むようになることもあります」

地域の学びのためにも漫画は活用できる

では、実際にどのようなまんががおすすめなのか。

高橋氏によると、少し前までは『はたらく細胞』、『ゴールデンカムイ』、『鬼滅の刃』などが人気があったという。最近では、地動説をテーマにした『チ。』、オカルティック怪奇バトル『ダンダダン』、千年以上生きる魔法使いのエルフがさまざまな人と出会い成長する『葬送のフリーレン』、世界の命運を賭けて偽装家族が極秘任務に挑む『SPY×FAMILY』、怪獣発生率が世界屈指となった日本を舞台にした『怪獣8号』、日本がWカップに優勝するためのストライカーを養成する『ブルーロック』などだ。

アメリカでは全米図書館協会が、10代向けに推薦する優れたグラフィックノベル(Great Graphic Novels for Teens)を毎年発表していて、そこには日本のまんがも多く含まれている。

例えば、同性婚を扱った『弟の夫』が2018・2019年、江戸時代を舞台にした『大奥』が2010年、車いすバスケの世界を描いた『リアル』が2009年にトップ10に入っている。LGBTQやジェンダー問題、ダイバーシティを扱ったまんがが高く評価される傾向にあるが、まんがという文化を悪いものだと捉えず、どれが子どもにとって有益か真摯に取り組んでいる印象があるという。毎年、少ない時でも1作品、多い時で3作品ほど日本のまんがが選ばれている。

日本でも今後、学習の中にもっとまんがを取り入れてもよいのではと高橋氏は話す。

「最近は、探究的な学習で、自分たちの暮らす地域について知る学びが推奨されています。まんがの中には地域に根ざした物語もあり、現地の風景が作中で描かれて聖地になるようなことも。そのようなまんがは自分の住んでいる場所を知るのにも有効なので、各地域でぜひ取り入れてほしいです。

また、読書のバリアフリーという観点でも、まんがは重要です。学校では外国にルーツを持つ子が増えていますが、まんがというのは日本語がそこまで得意ではない海外の子どもにとっても、手に取りやすいものです。ふりがなもついているし、絵があるから想像力でカバーできるところもある。言葉を覚えることにもつながるので、誰しもが手に取れる環境になればいいと思います」

(文・酒井明子、注記のない写真:chompoo09 / PIXTA)