進化する盗撮手口。監視強化が生む「安心」と「不信」のジレンマ

――教員による児童や生徒への性犯罪・性暴力が増加傾向にある背景には、どのような要因があるとお考えでしょうか。まずは、最近報道で注目され、大きな社会的反響を呼んでいる盗撮事件について、見解をお聞かせください。

第1に挙げられるのは、撮影機材の進化と普及です。現在、小型で高性能なカメラや録画機能付きのデバイスを手軽に入手でき、教育現場に持ち込みやすい。こうした状況が盗撮行為に至るまでのハードルを著しく下げていると言えるでしょう。

第2に、SNSやAIなどの技術が進化し、限られたメンバーだけのグループ内で犯罪を計画・実行したり、写真や動画を加工したりすることが、以前よりもずっと簡単になっていることが考えられます。

こうした手口はもともと「犯罪のプロ」が使っていましたが、今では一般の人でも同じような方法を使えるようになっています。つまり、学校のように安全だと信じられてきた場所でも、犯罪に手を染めやすい環境になってしまっている、ということです。

また、撮影や共有といった行為が、趣味嗜好として定着している実態も見逃せません。面識のない者同士がSNSで画像を共有することで、仲間の承認を得ようとエスカレートしたり、触発されて犯行におよんだりするのです(関連記事)。

――盗撮は、いわゆる「非接触型」の性加害として、比較的手を染めやすい側面があると考えられますが、そもそもなぜその一線を越えてしまうのでしょうか。どのような心理や動機があるとお考えですか。

小児性愛的傾向を持つ者や性犯罪者にとって、最終的な目的は「対象に接触し、自分の支配下に置くこと」にあると言われています。しかし、それが現実的に難しい状況においては、「視覚的に捉えること」がそれに代わる手段となります。

つまり、実際に手で触れることができない代わりに、カメラを通じて撮影し、その映像を自分のものとして持ち帰る行為が、心理的には「対象を所有した」という感覚につながり、性的な興奮や快感を得る手段となってしまうのです。

――盗撮の防止を目的としたスマートフォンなどの持ち込み制限や、防犯カメラの設置が検討されていますが、こうした対応策についてのご見解をお聞かせください。

まず、児童生徒の安全を守るという観点から、児童・生徒が集まる場に私物のスマートフォンやカメラを持ち込まないというルールの整備は、非常に有効だと考えています。不便だという声もあるようですが、私物のスマホやカメラを業務に使う理由は基本的にありません。連絡手段として必要であれば、従来の通話機能に限定された端末でも十分に役割を果たせるでしょう。

清永 奈穂(きよなが・なほ)
NPO法人体験型安全教育支援機構 代表理事
子どもが非行やいじめの加害・被害者にならないこと、また犯罪や災害から身を守ることをテーマに、25年以上にわたり研究と実践を重ねてきた「体験型安全教育」の第一人者。科学的根拠と発達段階に基づいたプログラムを通じて、自分を守る「安全基礎体力」を育む教育を全国で展開。著書に『犯罪からの子どもの安全教育プログラムに関する基礎的研究』(風間書房)など多数。体験を通じた学びで、子どもが危機を乗り越える力を身につけられる社会を目指している
(写真:本人提供)

一方で、保護者からの「子どもたちの様子をもっと知りたい」という声に応える必要もあります。ホームページや学級だよりに写真を掲載するために撮影を行う場合は、学校側で用途を明確にしたうえで、教職員にカメラを貸与すればいいと思います。そのデータを必ずクラウド上にアップするなど、厳格に管理する体制を整えることで、情報公開と安全性の両立が可能になるはずです。

次に、防犯カメラですが、学校内での防犯対策の一環として、設置を求める声が高まっています。すでに外部からの不審者の侵入を防ぐ目的で、正門や裏門などにカメラが設置されている学校もありますが、校舎内への設置については、いまだ議論が分かれています。

個人的には、安易に学校の内部に防犯カメラを導入する前に、まず本当に必要な教育環境の整備に予算を投じるべきだと考えています。冷暖房が整っていない教室もまだ多く、子どもたちが心地よく学べる環境の確保は依然として重要な課題です。

さらに、防犯カメラの設置には、以下のような課題やリスクも伴いますので、慎重に検討する必要があるでしょう。

1. 死角を避けられない
犯罪を意図する者は死角を狙うため、何台設置しても完全な監視は困難。
2. 設置の基準が不明確
学校内の空間は多様で、設置場所や台数の判断が難しく、効果的な配置がしづらいのが現状。
3. その場で防げない
リアルタイムで監視できなければ、犯行の抑止にはつながらず、事後対応にとどまる。
4. 映像の悪用リスク
映像の管理が不十分だと、関係者による流出や不正利用といった新たな被害が起こる可能性がある。
5. 教育の信頼関係を損なう
監視機器の導入は、性善説に立つ教育の場に不信感を持ち込み、子どもとの関係を傷つけかねない。

性加害は信頼の裏で起きる?学校に潜む構造的リスク

――では、教員による接触をともなうような盗撮以外の性犯罪について、なぜ起きてしまうとお考えでしょうか。

一番の原因は、教員は子どもにとって無条件に信頼しやすい存在であり、その信頼を利用すれば子どもを思い通りに動かしやすい状況ができてしまうことです。信頼関係の悪用によって、子どもにいくらでも近づけるため、心の距離を詰めて接触し、最悪の場合は性交に至るようなケースもあります。

また、ほとんどの教員はそうではありませんが、小児性愛者や性加害者が計画的に教員になっている可能性も否定できません。そもそも学校はターゲットとなる子どもたちが集まっている場所です。

性犯罪者の傾向として、ものぐさであることが挙げられます。街中を粘り強く何時間も歩き回ってターゲットを探すよりも、すぐ近くにいて、毎日会える場所を好みます。学校は、まさにその条件を満たしてしまっている。子どもとの距離が近くても言い逃れができます。さらに、信頼関係を築きやすそうな子や断らなそうな子に当たりをつけることもできてしまうわけです。

――子どもと日常的に接する立場にある教員が、子どもの身体に触れること自体について、どのような配慮が求められるでしょうか。

子どもの体というのは、親のものでも教員のものでもありません。その子自身のものであり、自尊感情と命の源です。だからこそ、大人が子どもの体に触れるという行為は、決して軽々しく行われるべきではありません。子どもの了解なしに体へ触れる行為というのは、基本的に異常な行為であり、場合によっては犯罪になります。

そのため、「妙に距離が近いな」とか、「やたら触ってくるな」という大人がいた場合には、早い段階で「この人はおかしい」と気づき、距離を取ることがとても重要です(関連記事)。

――今後、日本版DBS(性犯罪歴のある者の対児童接触制限制度)の運用が始まる予定ですが、「初犯を防げない」という課題も指摘されています。

まず大前提として、日本版DBSだけでは子どもを守りきれないということを意識する必要があると思います。日本版DBSは性加害に対する包括的な制度で、これは国としていわば「大きな網をかけようとしている」段階だと言えます。

しかし、日本版DBSの網の目をすり抜けてしまうことは想像に難くありません。なぜなら、学校ごとに制度運用への姿勢に温度差があったり、塾やスポーツクラブなど地域の活動の場では制度が行き届かなかったりするケースもあるからです。

そこで重要なのが、「大きな網」と同時に、地域や学校ごとの実情に即した「小さな網」です。国が定める制度と、各現場でのルールや仕組みづくりが、両輪で動いてこそ初めて効果を発揮します。

以前、イギリス内務省でDBSの設立に関わった方にインタビューしました。「学校だけでなく、子どもに関わるあらゆる関係者と地道な対話を重ね、制度をどう実際に運用していくかを丁寧に詰めていくアプローチをした」と話していました。そうした積み重ねがあって初めて、制度が「形だけ」で終わらず、本当に子どもの安全につながる仕組みになっていくと考えています。

※義務となっている学校等以外の民間教育保育事業者については、制度への参加義務はない。制度に参加するかどうかは事業者の判断に委ねられている

形だけで終わらせない。子ども・保護者・教員で考える安全のルール

――性善説に立たずに、子どもの安全を第一に考えたルールづくりが必要だということですね。

おっしゃるとおりです。学校では附属池田小事件以降、「外部から不審者が入ってこないようにする」という視点で、安全対策の見直しが進められてきました。一方で、内部の人間である教員による加害に対する対策は手薄でした。

しかし、信頼を前提とする教育現場だからこそ、その信頼が悪用されたときに起こる被害は、非常に深刻です。学校現場での性犯罪が増えている今、教職員も保護者も「学校は安全な場所」という前提に立たずに、「内部にもリスクがある」という視点から対策を考えていかなければいけません。

――教育現場で性犯罪を起こさせないためのルールづくりにあたって、どのようなことが重要になるでしょうか。

先生が一方的にルールを決めるものではなく、子ども・学校・保護者が一緒になってつくっていくことが基本だと考えています。もし先生たちだけでルールを決めてしまったら、子どもたちは「何がいけない行為なのか」が分からないままになってしまいます。

盗撮に関して言えば、子ども同士による盗撮の問題も起きていますし、保護者による無断撮影やSNSへの投稿も少なくありません。そのため、「先生だけが気をつければいい」ではなく、全員が安全に撮影するための共通ルールをつくる必要があると思います。

例えば「撮影をするときには事前にお互いに断る」「SNSに勝手に投稿しない」「写真は悪意を持って加工しない(安全のための加工は可)」といったルールなどは、先生を縛るためのものではなく、子ども自身がスマートフォンやSNSを安全に使うための学びにもつながります。

清永氏が提案する防犯上理想的なルール例
1. 私用カメラ、携帯は職員室外に持ち出さない
2. スマートフォンやカメラなど撮影できる機材を必要なとき以外教室などに持ち込まない。教員だけでなく、周囲の人間に対しても徹底
3. 子どもの着替える部屋の周囲や中には、責任者以外やみくもに立ち入らない。接触させない。違反者には罰則を
4. 教員と子どもとの連絡(部活動など)は、学校の貸与携帯を使用
5. 子ども、学校、保護者と一緒にルールづくりをする
6. 子どもたちの盗撮を見破る力、人権に関する知識、法律に関する知識を育む

決めたルールがうまく機能しない場合は、さらに丁寧に話し合って、ルールのあり方そのものを深めていく。そのプロセスの中で、子ども・保護者・先生の間に信頼関係が育まれていきます。

「こういうルールをみんなで作っています。一緒に考えていきませんか?」とオープンに共有していくことで、疑いを晴らすきっかけにもなるはずです。先生たちが前向きに「安全な学校をつくろうとしている」という姿勢そのものが、信頼を得る第一歩になるのではないかと思います。

(文・末吉陽子、注記のない写真: buritora / PIXTA)