低学年でも学級崩壊が増え、学校全体に波及
「学校崩壊」とは、いわゆる「学級崩壊」とどのような点が違うのだろうか。庄子氏は次のように説明する。
「『学級崩壊』は、シンプルに言うと1つのクラスが荒れていることを指すのに対し、『学校崩壊』はそれが学校全体に及んでいる状態を指します。学級崩壊の場合は、担任の言うことを聞かなくても隣のクラスの先生や校長の言うことは聞くケースが多いのですが、学校崩壊は誰の言うことも聞かないため、より深刻です」
庄子氏によると、学校崩壊の中身は中学校と小学校で違いが見られるという。
「中学校は教科担任制で、先生が学年で固定されるため、学級崩壊というより『学年崩壊』が起きやすく、そこから学校崩壊につながる傾向があります。生徒間の暴力やいじめ、授業の放棄、先生への反抗、飲酒・喫煙といった生徒の行動に起因することが多く、問題行動を起こす生徒が卒業するまで改善しにくいこともあるのが特徴です。ただ、こうした目立った問題行動はほとんどなくなっており、それよりも不登校のほうが課題となっています。学校崩壊は小学校のほうが深刻だと思います」
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ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主任研究員
公立小学校の教員を20年近く務めた後、現職。大学院にて臨床心理学科を修了し、人をやる気にさせる声かけや環境づくりを専門とする。次世代教育・働き方改革・道徳教育などに関する研修を全国各地で行い、研修回数は500回を超え、受講者も1万5000人以上となる。著書に『学級担任のための残業ゼロの仕事のルール』(明治図書出版)など
(写真:ベネッセ教育総合研究所提供)
小学校においても不登校のほうがより大きな課題ではあるが、中学校に比べて「担任の指導の色」など学校側に起因する学校崩壊が多くなっているように見えるという。例えば、授業中に理由なく歩き回る児童に対して担任が一方的な指導を行うことで、さらなる反抗を招いて学級崩壊が起こり学校全体へ波及していくといった、担任の管理不足やスキル不足に起因するケースが多く見られるそうだ。
複数学年を1人で受け持つ音楽や図工などの専科教員の影響も大きい。庄子氏が見聞きしてきた小学校の学校崩壊の事例としては、専科教員の授業から学級崩壊が始まり、それが複数学年に及んで学校崩壊へと至ったケースがあるという。
また、病休・産休の代替教員が見つからない場合や、1つの学級が崩壊して支援を必要とする状況になった場合に、そこへサポートに入る教員が自身の学級の児童のことに手が回らなくなり、新たな学級崩壊を招くこともあるそうだ。
そのほか、学級内で問題行動を取る児童に担任が過剰に対応することで、それ以外の児童が置き去りにされて不満が表出することもある。教員が児童を叱る声を別の児童が怖いと感じて不登校になり、その保護者の対応などでいっぱいいっぱいになって学級経営がうまくいかなくなるケースも見られるという。
「学級崩壊の原因は多様ですが、以前より頻繁に起きるようになったことで学校崩壊にまで発展してしまうケースが珍しくなくなっています。そもそも中学校に比べて小学校の教員配置は少ないため、学級崩壊が続けば教員たちの余裕はなくなり不協和音も生まれやすく、一気に学校崩壊へと進むこともあります。さらに、働き方改革やコロナ禍を理由に行事の削減を進めたことで保護者や地域の人々との信頼関係が希薄になっていると、支援が必要な際に理解や協力が得られず学校崩壊に向かうこともあるのが実態です」
小学校での学級崩壊は、「以前は5・6年生が中心だったものの、最近は1年生の時点から起こることもあり、低年齢化が進んでいる」と庄子氏は指摘する。その背景としては、保護者の価値観の多様化や、幼稚園・保育園からの環境変化への適応の難しさが考えられるという。
「以前は、『先生の言うことだから聞きなさい』と子どもに伝える保護者が多かったのに対し、現在は『学校でも子どもの個性ややりたいことを尊重すべきだ』と考える人が増えてきています。学校のやり方に疑問を持って過剰な介入をする保護者がいることも、教員の指示が子どもに伝わりにくくなっている一因かもしれません。また、立ち歩きが多いことに関しては、特別な支援が必要な子が増えている背景もありますが、主体的な活動を重視する幼稚園・保育園の増加もあり、『授業中は座っていなければならない』という感覚の薄い子どもも増えているように見受けられます」
「適材適所の人材配置」と「教員間の連携」が重要
学校崩壊を防ぐために重要なこととして、庄子氏が挙げるのが「適材適所の人材配置」だ。
「課題のある教員を誰と組ませるか、辞めそうな教員はいないか、初任者へのサポート体制をどうするかといった管理職の判断が非常に重要になります。また、学校崩壊が起きたとしても、教員同士の仲がよく協力できる体制が組めていれば耐えられることも多いので、教員が雑談のできるスペースを職員室に設けるなどして、教員間の連携を強化していく必要もあるでしょう」
業務分担では特定の教員に仕事を集中させない配慮が求められるが、キャパシティーに余裕がない教員にも平等に仕事を割り振ってしまうと学級経営に手が回らなくなって学級崩壊を招きやすくなるため、「“平等”にこだわりすぎない柔軟さも大切です」と庄子氏は言う。また、現在進行形で崩壊状態にある学校にはこう助言する。
「公立学校は次年度の人事において、学級崩壊や学校崩壊を起こしている学校には適切な人材の補填ができるように配慮がなされることが多いため、年度が切り替われば新たな人材も含めて人事配置を立て直すことが可能になります。とくに小学校は学級担任制なので、クラス替えをして担任が変われば学校全体が落ち着くことが多く、学校崩壊が起きた場合は『まずは年度末まで耐える』ことを目標として、次年度に向けて意識を切り替えていくとよいでしょう」
また、保護者に対する発信をこまめに行い、日頃から学校運営への理解を求めておくことも学校崩壊の予防につながるという。
「私は学級通信を活用していましたが、学校での取り組みを保護者に対して“見える化”しておくと、好意的な目で見守ってくれる保護者が増え、大きなクレームにつながりにくくなります。保護者からのクレーム対応は時間的にも精神的にも負荷が大きいため、それを減らすことができれば、子どもたちへの対応に集中しやすくなりますし、早く帰るコツでもあります」
さらに、教員が子どもたちと向き合う時間を増やすには、働き方改革を積極的に進めていく必要もあるという点を庄子氏は強調する。
「教員が書類ではなく子どもを見ることができるようにするためにも、まずは不要な業務を削減することが大切です。そして、働き方改革により捻出した時間を、子どもと向き合う時間に当てたり、研修に当てて教員のスキルアップを図ったりすれば、学校崩壊の予防にもつながるはずです」
新年度の「黄金の3日間」は理想の学級・学校像を明確に
新年度の開始にあたって、学校崩壊を防ぐために注意すべき点はあるのだろうか。庄子氏は、自らの教員時代の経験を踏まえて次のようにアドバイスする。
「4月の学期始めの3日間は『黄金の3日間』とも呼ばれています。この期間は、どういう学級や学校をつくりたいかという理想を語り、子どもたちとの信頼関係を築くことが大切です。これは『教師の立場のほうが上だ』とわからせようとすることではなく、『このクラス、この学校ではこういうことは許さないが、この部分は自由にやってほしい』という規律と自由のバランスを明確に示すということ。その方針は、保護者や地域の人々に向けても発信していく必要があります」
新年度の始まりが慌ただしく過ぎ去った後のことも見据えておきたい。3学期制の場合、各学期の中間の月にあたる6月、11月、2月は、子どもたちが中だるみしやすく、学校崩壊の引き金となる学級崩壊が始まりやすい「魔の月」とよく言われる。
「子どもたちをちゃんと見て、毎日楽しいという状況をいかにつくれるかが、とくに魔の月と呼ばれる時期は重要ではないでしょうか。また、子どもたちは終わりが見えると頑張れることが多いので、6月の初めなら『あと30日、登校したら夏休みだね』というように、終わりから逆算した声かけをすることが中だるみ防止に効果的です。運動会などの大きな行事が終わったタイミングや行事がない月は、1日の中でも『あと2時間で今日の授業は終わりだね』と終わりを意識させると、気持ちが緩みにくくなるように思います」
また、今後の学級経営においては、コロナ禍の休校を経験したことで子どもたちや保護者の価値観が変わっていることを考慮しておくことも重要だと庄子氏は話す。
「休校中は自宅学習に切り替えられたことで、『学校に行かなくても学べる』ということを子どもも保護者も実感しました。コロナ禍以降に不登校が急増しているのも、そうした価値観の変容が無関係ではないと思います。従来どおりの授業を続けるだけでは、子どもや保護者の価値観の変化にうまく対応できなくなり、学校崩壊を引き起こすリスクも高まります。社会は20年前、30年前とは違うのだという認識を持ったうえで、授業内容や指導方法を見直していく視点を持つことも必要だと言えるでしょう」
(文:安永美穂、注記のない写真:ふじよ/PIXTA)