公立高校「デジタル併願制」、単願制の問題を解決?"満足度高まる"仕組みの期待と誤解 私立も含めた制度の設計が求められる理由

「単願制から併願制へ」高まる期待
私立高校無償化が決定する2月末頃から、現在、多くの都道府県で採用されている公立高校入試の「単願制」を、デジタル技術を活用することにより「併願制」を可能にすべきだ、という声がメディアで大きくなった。
その結果、4月22日には石破総理が「希望する自治体での事例創出」を指示、同25日には阿部俊子文部科学相が「デジタル技術を活用した併願制のメリットや課題について整理・検討」すると発表し、一気に公立高校入試での併願制導入の機運が高まった。しかしながら、メディアでの報道を見ると、デジタル併願制についての社会の受け止め方はさまざまで、理解不足による誤解と同時に過度な期待が多いと思われる。
ここでは、デジタル併願制(以下、DA方式)はなぜ必要か、その背後ではどのような技術を用いているのか、多くの誤解は何に基づいているのか、現在の日本の高校制度に導入する際の課題は何かを説明したい。
入試の「単願制」の何が問題なのか
私立高校の授業料無償化の全国的導入が検討され始めた昨年末から、推進する識者からは、私立しか選択肢がなく、経済的理由で進学を断念せざるを得ない子どもに「高校で学ぶ権利の保障を」といった福祉的観点から、その必要性が訴えられていた。
そもそも、経済的理由により公立高校を希望していても適切な入学先がなく、私立高校しか選択肢がなくなる状況が生まれているのは、公立高校に1校しか出願できないという単願制に責任がある。私立高校は、公立に不合格だった際の「有償」セーフティーネットの役割を果たしているからだ。
単願制により、公立入試は一発勝負でリスクが高く、以下の3点で教育機会に不平等をもたらす制度となっている。
第1に、私立の授業料を負担する経済的余裕のない世帯にとっては、公立への合格が最優先となるため、確実な合格を期して、自分の実力に見合った水準よりも難易度の低い学校に出願せざるを得ない。
第2に、内申点や試験の結果などから公立高校の合格ラインを判断するには、膨大な情報と豊富な経験が必要となる。多くの都道府県では中学校の進路指導担当教諭が役割を担っているが、都市圏のように学校数が多い場合には非常に難しい。その結果、模擬試験の結果を持つ学習塾などでの情報収集が有利に働き、自分よりも学力の劣る生徒が、塾の助言と戦略により、自分が受験をあきらめた高校に合格できるといった不公平が生じる。
第3に、私立高校は複数志願すれば1つは合格を確保でき、公立受験の保険(滑り止め)となるが、経済的に困難な家庭にとって、複数の受験料や高校入試の個別受験対策(塾などでの直前講習)の負担は重い(それを避けるために、地域により私立の「併願確約」などの慣習が存在しているが)。
長年の単願制の継続により、経済格差が教育機会の格差につながる仕組みが残っていたのだが、併願制を導入した一部の県(兵庫県、愛知県)を除き、行政はこの部分の解決を試みることがなかった。私立高校の授業料無償化政策の提案は、そうした教育行政の長年の不作為に対する異議申し立てであったとも解釈できる。
入試の「併願制」により何が解決できるか
併願制では、生徒は複数の公立を同時に志願でき、公立内では高校1校のみの合格を得る。
1校の合格先を決めるためにさまざまな方法が考えられるが、海外では、経済学で進歩の著しいマッチング理論、具体的には「受入保留(Deferred acceptance)アルゴリズム=DA方式」を用い、複数志願を許容し、生徒や学校側の満足度を最大化しつつ進学先を決定する仕組みが増えている。日本でもマッチング理論は医師の初期研修先決定、筑波大学の進学分野決定で浸透している(Kumano and Kurino, 2022)。
公立でも複数の志願先のいずれかに合格できる仕組みを適切に構築すれば、単願制における上記の3つの問題はほぼ解消される。
DA方式による併願制では、希望する学校に複数志願できるので、ほかの生徒の動向にかかわらず、すべての生徒が本当の希望をそのまま出願することが最適になるのがポイントで、戦略的操作不可能性という性質(耐戦略性とも呼ばれる)が満たされる。言い換えると、生徒は志願先決定に際して、倍率や合格確率などの情報に左右される必要がない。生徒は「戦略的」に高校を選ぶ必要がなくなるのだ。
また、合格校よりも志望順位が高い高校には自分より入学優先順位(総得点)の高い人しか合格していないという意味で公平性も保たれる。現状、経済的に私立は厳しいため、志望度は低いが実力的に合格率が高い公立に出願、という家庭もある。
しかし、DA方式なら公立の中で第2希望、第3希望を選べるので、希望を下げずに第1希望に挑戦できる。さらに、DA方式では、生徒が努力して学力を伸ばすほど、より高い希望の学校に合格できる可能性が高まり、生徒の努力に報いる仕組みとなっている。
このように、DA方式による併願制の導入で、最初に書いた3点の教育機会の不平等はほぼ解消されるのだが、別の方式だとこのようになるとは限らない。例えば、兵庫県や愛知県は、単願性の問題を早くから認識し、併願制を導入している先進的な自治体だが、現状生徒は、真の希望順以上に合格確率などを参考に志願先を決めざるを得ず、戦略的な操作が可能な状態だ。さらに筆者の知る限り、これらの県では具体的なマッチング方式に関する情報が十分に公開されていないが、公平性も満たされていない可能性が高い。