働き方改革は進んだか、学校は沈みゆく船か
学校の先生がとても多忙であることは、よく知られるようになった。ここ数年、文部科学省も各地の教育委員会も旗を振り、学校の働き方改革を進めたきたわけだが、大きな時間的なゆとりが生まれたという学校は少ない。
試しに、お知り合いの学校の先生に「忙しさは少しはマシになりましたか?」と聞いてみてほしい。「いや~」と苦笑する教員も多いのではないか。
むしろ、丁寧な支援・ケアが必要な子への対応、SNSなどで見えづらくなっているトラブルやいじめへの対応、ICT端末の管理や故障への対応、保護者などとの関係のこじれ、教員不足・講師不足による負荷などで負担は増大している。

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表
徳島県出身。野村総合研究所を経て、2016年に独立。全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。学校業務改善アドバイザー(文部科学省委嘱のほか、埼玉県、横浜市、高知県等)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁において、部活動のあり方に関するガイドラインをつくる有識者会議の委員も務めた。Yahoo!ニュースオーサー。主な著書に『校長先生、教頭先生、そのお悩み解決できます!』『先生を、死なせない。』(ともに教育開発研究所)、『教師崩壊』『教師と学校の失敗学』(ともにPHP研究所)、『学校をおもしろくする思考法』『変わる学校、変わらない学校』(ともに学事出版)など多数。5人の子育て中
(写真は本人提供)
アメリカなどのように、教員は主に授業だけを担当する国もある(よって夏休み中は無給になることもあるようだ)。だが日本では、フルタイムの教員の場合、教科指導だけでなく学校行事や学級活動、生徒指導、部活動や補習なども行いつつ、子どもたちの心や主体性、協調性、文化・スポーツへの涵養なども含めてさまざまな側面から成長を支えている。
いわゆる「知、徳、体」を一体的に育てる日本の学校教育は、外国からも注目されているし、文科省も「日本型学校教育」として称賛している。だが、その裏に「ワンオペ」で1人の教員がさまざま雑多な仕事をこなしていて、世界一多忙だ。
たとえると、次の図のように、日本の学校は、さまざまな荷で重くなり、沈みかけた船のようだ(高校教員で社会的にも発信を続けている西村祐二さんの言葉をお借りしている)。ふつうの判断なら、そんな危ない船からは脱出しようとするし、新たに乗ろうとはしないだろう。

実際、過重労働や職場のサポート不足で精神をすり減らし、休職し辞めていく人は増加しているし、教員採用試験の受験者が減っている自治体も多い。
もっと先生たちがしょっている荷物を減らせないものか。ここでは、学校・教員の業務、仕事を仕分けることの難しさと今後の方向性について考えたい。
1日3.5時間残業→1時間程度に減らせるか?
折しも、この6月に賛否さまざまある給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の改正が成立した。そこでは、公立学校教員の時間外勤務時間(在校等時間)を2029年度までに月平均で30時間程度まで減らしていくことが目標とされた。
現状はどうか。もっとも信憑性の高いデータの1つが、文科省が2022年に実施した教員勤務実態調査だ。平均的な学校の先生の姿として、平日1日あたり小学校では11時間23分、中学校では11時間33分仕事をしている(持ち帰りを含む)。1日の正規の勤務時間は7時間45分なので、毎日時間外が小・中とも約3.5時間超、発生していることになる。

出所:文科省「教員勤務実態調査(令和4年度)の集計(確定値)について」
法改正で明記された目標は月30時間、単純計算して1日あたり1時間なので、今よりも1日あたり2.5時間は減らさないといけない。なお、土日仕事を一切しなくてよい場合は、平日1日あたり約2時間削減する必要がある(時間外は約1.5時間×20日で約30時間)。
これは平均値で、部活動などで週末もっと仕事をしている先生もいる。また、年度末や年度はじめはもっと忙しい先生は多い。実際はより大幅に残業を減らす努力を要する学校、教員もたくさんいる。
残業時間の話ばかりされると、「働き方改革や残業削減に向けて、もうやれることはやっている。これ以上どうしろと言うのか!」「仕事が減らないのに、時短ばかり言われて、もう辟易だ」と言いたくなる校長、教員もいるかもしれない。だが、ざっとした数字的な感覚、目安を共有して、ハードルの高さをイメージするために言及した。
学校の業務を仕分ける3分類
では、先生たちの仕事でどんなものが減らせるだろうか。
文科省は、コロナ前から学校の業務を「基本的には学校以外が担うべき業務」「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが、負担軽減が可能な業務」の3種類に分類して、負担軽減の方向性を示してきた(2019年1月の中教審答申がもとになっているが、2017年頃から示している)。
例えば、交差点や横断歩道での見守りなど登下校に関する対応は、学校以外が担う業務とされている。通学途中の子どもの事故に関しては保険(災害共済給付制度)が適用されるため、通学路の安全確保は学校の責任だと信じている教職員も多いが、これは誤った認識だ。
学校保健安全法を確認すると、学校、教員の役割として、交通安全のルールを教えることや、保護者・警察などとの連携は規定されているが、通学中の見守りまでの責任があるとはされていない。保険の補償対象となるということと、学校の責任かどうかは別問題である。
ほか14業務が例示されていて、細かく解説すればいろいろとあるが、かつて注目された「事業仕分け」の発想に近い。本当に学校が担う必要があるのかどうか、あるいは教員以外の人にお願いできないだろうか(外部委託や分業)、もう少し効率化できる余地があるのではないか。そうした視点で見直し案を提案している。だが、次の表の赤字のとおり、この3分類の学校実施率は決して高いとは言えない。

文科省の別の調査では、教育委員会を対象に、3分類に関する取り組みが進捗したかどうか聞いていて、こちらのほうが実施率は高そうに見えるのだが(文科省「令和6年度教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査」)、教育委員会としては推進しているつもりでも、学校側の実感としてはあまり進められていないようだ(注1)。
いずれにせよ、2022年実施の勤務実態調査でも、残業がかなり多いのは、国は業務の仕分け、見直し案を示したものの、各教育委員会、学校ではそれほど取り組まれていないことも影響している。
注1:例えば、学校徴収金(給食費など)を教師が関与しない方法にしていると回答した市区町村は、文科省調査によると45.9%だが、勤務実態調査の学校回答では小中学校とも約17%しか行っているとは回答していない。細かくいうと、給食費では学校外にしているが、教材費や部費等は教師の関与が残っているといった事態も多いので、両調査の違いが出ているのかもしれない。また、教員勤務実態調査のほうでは、該当する業務がもともとない場合には「実施している」と回答していない可能性が高い。
なぜ、業務の削減や分業は進まないのか?
私自身は、この業務の3分類を検討するときの中教審の委員、つまり作り手側でもあったので、フェアに検証、評価できる立場ではないが、教育委員会、学校に3分類が十分に活用されていない、浸透していないとすれば、なぜなのかについて考察したい。
1つの可能性は、認知度が高いとは言えないことだ。全日本教職員連盟が実施した「教職員の勤務環境に関する実態及び意識調査2024」によると、3分類について「内容も含め知っている」は15.6%、「大まかには知っている」は48.2%、「内容についてあまり知らない」25.4%、「ほとんど知らない」10.9%であり、約3.5割にはほとんど認知されていない。
ただ、言い換えれば、約6割強の教員は知っているわけで、啓発不足といった理由だけでは説明できないことがあるように思う。少なくとも5つの背景事情、あるいは反省点があると、私は考えている。1つずつ順に考察していこう。
②保護者等の反応が心配
③外部の人には任せたくない
④分類内容や方針に問題がある
⑤トップダウンな進め方への反発ややらされ感が強い
業務の削減やアウトソーシング、分業などを進めようにも、やってくれる人がいないと、できないという事情だ。部活動の地域移行、地域展開などは典型例だ。また、地域住民や企業などからゲストティーチャーをお願いしたりする調整業務についても、コーディネーター(地域学校協働活動推進員等)が配置されていないと、お願いしようにもできないので、学校の先生がやることになる。
あるいは、給食の時間というのは、アレルギー対応や火傷の注意、子ども同士のもめごとなどで、小学校教員等にとってはもっとも気の抜けないときだ。おいそれとお願いできる人が周りにいるわけではない。
この受け皿がない問題というのは、予算がない問題と、適切な人手がいない問題に分けられる、もしくは両方であることも多い。
2つ目の背景として、やろうにも、保護者や地域住民の反応が気がかりだし、そうした人々を説得、調整するのも手間がかかると校長や教職員が認識している事情がある。
例えば、先ほどの登下校の見守りについては、学校から切り離したいと考える校長、教職員は少なくない。だが、「保護者だって忙しいのだから、あるいは児童の死亡事故が起きた地域なので、容易に学校からやらないとは言い出せない」といった声を校長等から聞くこともある。
家庭・地域と学校とは持ちつ持たれつの関係性の中、簡単に学校から切り離すわけにもいかない、ということだろう。教員の負担軽減ばかり強調して、変なクレームになっては、学校側にとってむしろ負担増になる。
上記2つの背景事情が示唆されるのは、前述の教員勤務実態調査で、個々の教員に業務が削減できると思うか聞いた設問がある。以下は、小学校教員の集計結果だが中学校も似た傾向だ。

出所:教員勤務実態調査(2022年実施)をもとに筆者作成
登下校対応や地域ボランティアとの連絡調整については「削減すべきで削減可能」という回答と「削減すべきだが削減は難しい」という回答が拮抗している。一方、休み時間の対応(見守り)や給食時の対応については「削減すべきだが削減は難しい」との回答が約6割に上る。
校長あるいは教員自身が手放したくない、自分たちでやりたいと考えているものもある。東京大学名誉教授の小川正人氏らの調査(注2)によると、多くの教員が負担に感じている業務であっても、「任せたくない」との回答が比較的多いものもある。例えば、児童生徒の休み時間の対応、校内清掃、学習評価・成績処理、授業準備、生活指導などだ。これも、任せたくないという教員と、任せてもいいと考える教員の両方がいるとも解釈できるデータではあるが。
注2:2021年末に全国7県の小中学校に無作為抽出のアンケートを実施。


なぜ任せたくないと感じているのか。その背景はこの調査ではわからないが、私は3つくらいの背景があるように思う。
第1に、教員が自身で担うことの必要性や意義を感じている業務であるからだ。小川氏の著書にも、休み時間の対応や校内清掃では「生徒指導上、大切な時間や取り組みになるため、ほかに任せたくないとする意識が強く生じるのではないかと推察できる」とある。
それと裏返しだが、第2に、外部人材への不信感がある、あるいは安心感が低いからだ。例えば、部活動などでも外部指導者では生徒指導上の問題に適切に対処できるのか不安という声をよく聞く。
第3に、委託したり、分業したりするのも手間がかかるので、面倒だと感じているからだ。これは前述の「②保護者等の反応が心配」ということも関連する。あるいは、教職員間でも賛否が分かれることについては、校内の調整だって馬鹿にならない。
例えば、私個人は掃除は外部委託してよいと考えているが、教職員の間では賛否がかなり分かれるテーマだ。委託するにしても予算があるかどうかといった問題(前述の①)に加えて、校内での説得が大変で面倒だと思われているのではないか。
3分類があまり活用されない背景の4番目として、内容に納得感が低い可能性もある。これまでの「日本型学校教育」と違う方向性を示すところもあるので、ぱっと見たとき、違和感がある人もいるだろう。
今思えば、例示した業務の最初が登下校に関することとなっているのも、よくなかった。前述のとおり、保険上は学校の責任範囲のような記述になっているし、日常的に登校指導など(挨拶運動なども含めて)をやっていた教員から見れば、「現場をわかってない文科省が何か言っているな」という感触をもたれやすいかもしれない。
また、この3分類14業務は、コロナ前につくられたもので、少し古くなっているところもある。例えば、GIGAスクール構想のもと整備が進んだ端末などの管理業務(ID管理・更新、日常的な故障等への対応など)は含まれていない。
最後に、校長や教職員の納得感があるかどうか考えたとき、④で述べたように内容の問題に加えて、プロセスの問題にも注目したい。というのも、文科省ならびに中教審で検討したものであって、教職員の参画や意見表明はほとんどないまま作られたものだからだ。たとえ内容が妥当なものであったとしても、反発感を持たれても仕方がないような政策形成プロセスだったかもしれない。東京財団の元研究主幹、松本美奈氏は「同意なき3分類見直しを」と提言している。
XなどのSNS上でも、私が研修会などで実際に耳にすることとしても、先生たちの業務負担が大変すぎるので、文科省のほうでさっさと減らせることを示して強力に進めてほしい、といった趣旨の投稿、コメントをたくさん見かける。その一方で、とくに教員の中には、自身が参画していないことについて、上から降ってきた、とやらされ感、反発心を募らせる人もいる。
実際、文科省、中教審は、教師の仕事は個々の裁量が大事な「高度専門職」だと言っている。これと、業務の削減方針をかなり一方的に示すことは、矛盾しているとの指摘もある(前述の松本氏の論考)。私としては、先生たちに裁量や考える時間をつくるためにも、一定程度、トップダウン的に業務の見直しを示すことも必要、とは考えているが。
国が一律に示したほうが速いし、教育委員会や校長としても、「文科省が言っているのだから」と言いやすいというメリットもあろう。一方で、結局教職員間の納得感の醸成、合意形成に困難をきたすと、学校という組織はなかなか前に進まないところもある。
「学校・教師が担う業務に係る3分類」アップデートへ
以上、長文になってしまったが、学校・教員の仕事を減らすというのは、総論賛成、各論反対となることもあるし、プロセスも丁寧に考えていく必要がある。
現在、文科省は中教審に特別部会を設置して、3分類をアップデートしようとしている。文科省の案からは、保護者等からの過剰な苦情や不当要求については「学校以外が担うべき業務」と分類することなどが示されている(中教審・教師を取り巻く環境整備特別部会第1回資料を参照)。私も委員として参加していて、こうした業務の一部の追加や更新には賛成と述べた。
だが、ここで述べてきたように、単に3分類の表現や内容を多少変更して、あとは教育委員会、学校にしっかり伝達すれば事はうまく進む、というほど単純な話ではない、と思う。
これまでの反省を踏まえるなら、3分類のこれまでの問題点や違和感、アップデートすべき内容などについて、教職員の意見出し、アイデア出しをしつつ、多少でもともに検討できた、意見表明できたというプロセスを踏んでいくほうがよいと思う。
というのも、国は方向性を示すが、絶対に従えという拘束力が強いものにはおそらくならないからだ。だから教育委員会や学校において、国が示す以上にもっと踏み込んだ動きをしてもいいし、国の検討では不足しているものを補っても、もちろんかまわない。
具体的には文科省・中教審が3分類のアップデート案を決める前の教職員の参画プロセスをもっとつくること(ほぼ案が固まったあとでパブリックコメントしても、たいして修正になることは想定できないので、パブコメだけではNG)、文科省案ができたあとでも、校内研修などを使って、3分類を1つの参考資料、たたき台にして、教職員がなるべく自分事としてどうしていくか、対話と議論をしていくことだ。
最後に、ささやかな取り組みかもしれないが、私も「#教員不足をなくそう緊急アクション」の活動の一環として3分類のアップデート案についての意見募集を行っている。この記事の感想などとともに、ぜひ声をお寄せいただきたい。
(参考文献)
・小川正人ほか編著『学校の未来をつくる「働き方改革」: 制度改正、メンタルヘルス対策、そして学校管理職の役割』2024年、教育開発研究所
・松本美奈「AI時代の先生はどう働いているか〜 同意なき『3分類』見直しを」2024 年 10月24日
(注記のない写真:ふじよ / PIXTA)