人手不足が深刻な中、現在、政府は約50年ぶりとなる教員の処遇改善等を含む法改正を進めている。今国会でも大きな議論を呼びそうだ。
報道などでは月給に加算されている教職調整額を現在の4%から10%に上げていくことばかりが取り上げられがちだが、ほかにも重要な改正内容がある。学校で働く先生たちはもちろん、子どもたちにも影響する話だ。
おそらく、このままでは「早く帰ろう」という時短プレッシャーばかりが強まる動きになって、見かけ上だけの残業削減となる可能性も高い。ここでは、今般の制度改正案の内容を紹介しつつ、何が問題となるのか解説したい。
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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表
徳島県出身。野村総合研究所を経て、2016年に独立。全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。学校業務改善アドバイザー(文部科学省委嘱のほか、埼玉県、横浜市、高知県等)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁において、部活動のあり方に関するガイドラインをつくる有識者会議の委員も務めた。Yahoo!ニュースオーサー。主な著書に『校長先生、教頭先生、そのお悩み解決できます!』『先生を、死なせない。』(ともに教育開発研究所)、『教師崩壊』『教師と学校の失敗学』(ともにPHP)、『学校をおもしろくする思考法』『変わる学校、変わらない学校』(ともに学事出版)など多数。5人の子育て中
(写真は本人提供)
どんな法改正になるのか
現在、政府が提出しているのは、教員の給与等に関する特別措置法(給特法)の改正に加えて、学校教育法や地方教育行政法などの関連規定を改正する案だ。少し難しく聞こえるかもしれないが、概要は次の資料にまとまっている。
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主な内容は4点ある。第1に、教育委員会に「業務量管理・健康確保措置実施計画」を策定し、実施状況を公表することを義務付ける。要するに、働き方改革についての計画をつくって、進捗状況を公表せよ、ということだ。
すでにすべての都道府県・政令市では何らかの計画はつくっているが、市区町村で計画策定済のところは約66%だ(文科省「令和6年度教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査」)。また、在校等時間(学校内で勤務した時間)の縮減に向けた取り組み状況を公表している都道府県・政令市は約9割だが、市区町村は約24%にとどまっている。
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第2に、学校評価や学校運営協議会で、各校の進捗状況を報告、確認せよ、という内容だ。学校評価というのは、教職員や保護者の方であれば、アンケートに回答したことがある人も多いと思うが、学校目標への進捗状況や改善等について自己評価や保護者などによる評価を実施することを指す。
学校運営協議会(コミュニティ・スクール)の設置は努力義務なので必置ではないが、保護者代表や地域の方を交えて、学校運営の状況などについて協議する会議で、校長や教育委員会に意見出しなどをする。
学校評価も学校運営協議会も、これまでは教育活動の状況や子どもの様子などを対象にすることが多かったかもしれないが、働き方改革の状況についても確認せよ、ということだ。
第3に、主務教諭という新しい職をつくる。現状は、校長・副校長・教頭・主幹教諭・教諭・講師といった職階だが、主幹教諭(これを置かない自治体もある)と教諭の間に、必置ではないものの主務教諭を置けるようにする。
第4に、教職調整額を10%に段階的に引き上げていく。
5年以内に時間外を月30時間程度に縮減する目標
ここからは、1点目と2点目についてさらに詳しく見ていこう。
この法案にこぎつける前に、昨年、文科省と財務省との間で大きな論争があり、年末近くまでもつれ込むタフな交渉があった。非常にざっくりまとめるなら、文科省は人材獲得のために教員の処遇改善(調整額アップなど)を直ちに進めることを主張したのに対して、財務省はそこには慎重で、部活動指導員やサポート・スタッフなどこれまで多額の予算をかけてきたのに、残業(時間外在校等時間)があまり減っていないことを批判した。
そうしたやりとりの結果、昨年末に両省が合意したことが今回の法改正案にも反映されているわけだが、次の資料の5つ目に注目していただきたい。
文科省は財務省との交渉の末、今後5年間で教員の時間外を月30時間程度まで縮減することを目標としたのだ。要するに、「処遇改善はやるけど、ちゃんと残業減らせよ」、言い換えれば、「残業が減らせないなら、教員の給与アップなどより別のところに予算回すからな」と財務省に釘を刺されたかたちだ。
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目標と言っても、中心となるのは公立学校についての話であって、国立学校ではないので、文科省と財務省が合意する類のものなのか、という根本的な疑問もわく。
企業でたとえるなら、ある会社の業績目標について、別の会社(親会社等ではない)が設定するようなことは、普通ありえない。地方自治や地方分権の観点からしても問題含みではないか。とはいえ、文科省としては月30時間以内というのを当面の目標値にして、環境整備を進めるとともに各教育委員会等に働きかけるという意味(文科省の行動目標)だろう。
確かに、時間外を月30時間以内にするくらいでないと、教員を志す人(学生も社会人も)は増えないだろうと思うし、時間外を大幅に減らしていくことには、私も大賛成だ。公立学校教員については、今もこれからも法制度上は残業はナシが原則なのだし(超勤4項目と言われる緊急事態等を除いて)。
だが、文科省あるいは財務省が想定するより、事態はそう甘くない。法律を変えたり、国が目標設定したりするだけでは、教育現場は十分に変わらない部分もあるし、変われない側面もあるからだ。現にこれまでも時間外を月45時間以内にすることを1つの目標に、何度も文科省は教育委員会などに働きかけてきたが、達成できた学校もあれば、そうではない学校も多かった。
このままいくと、どうなるだろうか。私は、残業の「見えない化」がいっそう進むリスクを心配している。
教委に出すデータは平均で月15時間近く過少という報告も
実際に現状でも起きているが、文科省と教育委員会が計画を作って、時短プレッシャーをいっそう強める結果、正確な打刻をしないことや、タイムカード等では把握できない持ち帰り仕事などが増える。
一例となるが、次の表は、北海道教職員組合が調査した結果と、道教育委員会が把握したデータとの間の違いについてだ。小学校でも中学校でも、月あたりおよそ15時間近く、教育委員会把握データのほうが短い。
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なぜ、こんなことが起こるのか。ひとつは、回答者数の違いによるもの。もう1つは、道教組(北海道教職員組合「2024北教組9月勤務実態記録」)によると、以下のとおりだ。
つまり、教育委員会把握のデータの中には、休憩時間をつぶして従事している業務や打刻後の業務が把握されていないケースがあって、過少な数字となっている可能性が高い。この問題は、北海道に限らず、各地で起きている問題でもある(いくつかの教職員組合などが報告している)。
なお、文科省の見解としては、本来、自宅で持ち帰って仕事をするのは情報管理や健康管理上問題があるので、原則認められない。よって、在校等時間のモニタリングに、持ち帰り仕事時間はカウントされないようにしている。
ただし、自治体が認めたセキュアな環境でのテレワークは在校等時間に含める、ということを文科省も明言している。コロナ禍の経験もあったし、育児・介護を抱える教職員も多くなっている中、テレワークできる環境を進めることは、まっとうなことだ。
だが、そうした環境整備を進めている教育委員会はまだまだ少数だし、テレワークは夏期休業中に限るなどとしているところもある。文科省調査によると、「教職員が校務用の端末を学校外において使用できるクラウド環境を整えていますか」について「整えていない」自治体は77.3%、「クラウド環境を学校外で使用した際の適切な勤怠管理・勤務時間管理の仕組みを整えていますか」について「整えていない」自治体は90.3%に上る(「GIGAスクール構想の下での校務DXチェックリスト~学校・学校設置者の自己点検結果~【速報値】」令和6年12月26日)。
教員の身からしても「そろそろ帰りましょう」とか「教育委員会から指導が来ています」、「優先順位を考えましょう」などとやかましく言われるのも嫌なので、授業準備や事務作業の一部を持ち帰り残業している人は少なくないが、校長も、教育委員会もだれも、その状況を把握していない。これでは健康管理上もかえってマイナスである。
そんな状況下で、財務省からのプレッシャーが強まる中(地方自治体レベルでも似たことが起きていて、予算を握る財政当局からの圧は強い)、文科省としては、現実よりも少なく出ているかもしれないものであっても、教育委員会が把握しているデータを使って、「ほら、働き方改革は進捗していますよ」と言いたくなるのだろう。
言葉は悪いかもしれないが、国をあげての「粉飾決算」のような状況になるのではないか。
関連して、文科省は2016年と2022年に大規模な教員勤務実態調査を行った。これは、30分ごとに主にどんな業務に従事していたか1週間記録するもので、とても精緻な記録だ。持ち帰り仕事についても調査している。調査に協力する教員にとっても、実施する文科省にとってもコスト、労力のかかる調査だが、今後は実施する予定はないという(中教審特別部会で妹尾が質問したことへの文科省の回答、2025年1月24日)。
文科省としては、各教育委員会がタイムカードやICカードで在校等時間の記録を収集しているので、国がわざわざ手間のかかる調査をやらなくていいとのこと。だが、その教委の持っているデータでは不正確なところがあるとしたら、正確な実態把握とはならない。また、どんな業務に時間を要しているのか、多忙の内訳を把握、分析できなくて、どうして有効な対策が立てられるのだろうか。文科省の認識は甘いのか、それとも、承知のうえで意図的に教委のデータを使おうとしているのか。
今後どうしていくのか
では、どんな対策が必要だろうか。これまで見てきたことから、やるべきことは明確だ。ここでは3点にまとめよう。
第1に、時短が目的化しない働き方改革にしていくことだ。これは文科省もよく認識しているのだが、少なくとも、教育委員会や学校の一部には伝わっていない。在校等時間を短くすることが目的ではなく、健康確保のため、あるいはよい人材を獲得するためには、長時間勤務ではマズいのだ、ということを共有したい。
目標、進捗管理の指標としても、残業時間(時間外の在校等時間)だけでなく、教職員の健康やウェルビーイングを示す指標を含めるべきだと思う。
例えば、ストレスチェック結果、精神疾患による休暇・休職者数、ワーク・エンゲージメントなど。私が数年前に全国の都道府県・政令市の働き方改革に関わるプランについて網羅的に調査したところ(『先生を、死なせない。教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』)、こうした多面的な目標設定と進捗管理をしている自治体はごく少数で(例外的だったのは愛媛県や長野県)、ほとんどの自治体が在校等時間の削減をメインもしくは唯一の指標としていた。
保護者などにも働き方改革の趣旨をしっかり伝えることはとても重要だ。深刻な睡眠不足ぎみの教員も多いのだが、そんな状況では、授業や子どもたちへのケアにとってもよいわけがない。
私が校長向けの研修会でよく申し上げているのは、入学式のあとの児童生徒と保護者向けのガイダンスで、長時間勤務を見直す理由を話したほうがよいということ。「校長の仕事としましては、児童生徒の安全を守ることはもちろんですが、教職員の命、健康を守ることもあります」と言えばよい。
第2に、クラウドツールなども活用しつつ、校外でもセキュアな環境でテレワークできる環境を整えて、その従事時間もモニタリングする。企業などでは、従業員が申告する出退勤状況やタイムカード等のデータと、PCのログを見比べて、乖離が大きい場合には調査や指導に入るところもあるようだ。教育委員会の多くは、出退勤の記録を出せ、と学校に言うだけで、教職員の健康確保に本腰を入れているようには見えない。
第3に、残業が多い人や学校にはそれなりの理由があるわけだから、校長ならびに教育委員会は、背景・要因を探って、対策を講じたり、コーチングを進めたりすることが重要だ。「あなた、今月も45時間超で長いですよ」などと数字だけを見て、叱りつける校長などは、子どもたちにも、テストの点数だけでそういう指導をしてきたのだろうか。
私はいくつかの自治体と組んで学校向けの伴走支援を実施しているが、次の図のようにワークログ(仕事の記録)をとってもらって、振り返りをすることが多い。面倒ではあるが、1週間くらい、どんな仕事にどのくらいの時間がかかっていたか、また、そのときの主観的な幸福感(ウェルビーイング指標と呼んでいる)を記録して、集計結果(例:1週間のうち事務作業に何%、授業準備に何%など)やほかの教職員のログなども見比べながら、自分の仕事の仕方の癖や組織的な問題について考える。
ポイントは個人で改善できることだけでなく、学校(学年や校務分掌など)でできることも検討することだ。忙しいのは、個人の意識や段取りのせいばかりではない。家計簿をつけることに似ているが、単に時短圧をかけるのではなく、実態を見て、改善策を考えることができる。
以上の3点は、一部予算や手間がかかることも含まれているが、多大なコストがかかることではない。文科省はもちろん、各教育委員会でも、いまのままで本当によい方向にいっているのか、何が本当に必要なのか、考えてほしい。
(注記のない写真:C-geo / PIXTA)