ゴールは「食事を楽しむこと」、だから「食べない」も認める
――田中先生は、独自の「食育」を行ってきたそうですが、もともと食べることや料理がお好きですよね。
はい。僕の実家は毎年お正月に、親族が各家庭で作った料理を持ち寄って新年会をしていたのですが、いつもそれが本当に楽しみでした。今振り返ると、食の楽しさや料理を作った人への感謝を学べる環境だったなと思います。
また、両親が共働きだったため、小学生の頃から僕が妹や弟に料理を作ることがよくありました。「おいしいよ」と言われるのがうれしくてどんどん料理にはまり、小学生ながら友達を家に招いて手料理を振る舞うこともありましたね。
そんな経験から、子どもたちにも料理を食べることや作ることに興味を持ってほしいなと思い、食育に取り組むようになりました。
――どのように食育を行われているのですか。
一般的な食育は、自分で育てた野菜を収穫してそのまま食べるような活動が多いですが、例えばトマトを嫌いな子が生の青臭いトマトを食べてもおいしいとは思えないんですよね。それに、僕はもっと日常的に食育をやりたくて、公立の小学校にいたときは給食の時間に取り組んできました。
大きなゴールは、食事を楽しんでもらうこと。まずは給食を喜んで食べられるようになる、そして給食がどうやって作られたのか興味を持つところまでいけるといいなと。給食が好きかどうかは子どもによって段階が違うので、それぞれいろんな気づきが得られるよう意識していますね。
――苦手な食べ物がある子にはどう働きかけているのでしょうか。
「いただきます」のあいさつの後に「減らしタイム」を設け、「体調的に食べきれないな」「これは苦手だな」と思うときは、減らしてもよいことにしています。食べたことのない料理が出ると「どんな味かわからないから減らす」という子もいますが、それもOK。
大人は、よかれと思って「体にいいよ」なんて言って強制的に食べさせようとしますが、それでは給食の時間がしだいに憂鬱な時間になってしまいます。僕も以前は「食べず嫌いはもったいない。一口でも食べてごらん」と言っていましたが、今は「手をつけない」「食べない」ということも認めています。
それは、『きらい きらい!』(武田美穂 作・絵/童心社)という絵本との出合いがきっかけでした。「だいじょうぶ おおきくなったら たべられる」と温かい言葉をかけるこの絵本を通じて、「あぁ、僕は子どもの気持ちに寄り添えていなかったなぁ」と気づかされたのです。それ以来、どの学年の担当になっても、年度始めの給食が始まる前に必ずこの絵本を読み聞かせています。とくに1年生は「無理して食べなくていいんだ」と安心しますよ。
日常的に、機会を見つけては豆知識を伝授!
ただし、食べない選択を認めたうえで、食べることの大切さはしっかり伝えます。
ある日、給食でヒジキと大豆の煮物が出ました。「豆は嫌い」という子が多く、恒例の「減らしタイム」でどんどん食缶に煮物が戻ってきてしまいました。そんなとき、僕は「大豆はとっても『ダイズ』なんだなぁ~」と、大豆の話を始めます。
「魚や肉と同じく、大豆も筋肉の材料であるタンパク質でできています。大豆はさまざまな方法で加工され、異なる食品に変わります。そう、豆腐、納豆、油揚げ、みそ、しょうゆなどです。今日の煮物のお豆もそうだね。体育や休み時間に体を動かした人は、筋肉が成長しようと体の中の筋肉工場がフル回転で動き始めますが、肝心の材料がなかったらどうなるかな? さあ、『やっぱり食べたい!』『おかわりしたい!』という人はどうぞ!」
そうやって説明をすると、どっとおかわりや付け足しに集まります。「体にいいから食べなさい」という声がけだけで「説得」しようとしても、食べるのはその場限り。根拠に基づき丁寧に説明して「納得感」を生み出せれば、子どもたちは「じゃあ食べてみようかな」「体にいいってそういうことか!」と興味を持ち、自分から食べるようになります。
子どもによって体格や食べられる量、食事の好みは異なるので、一律に同じ量を食べることを求めると、どうしてもクラス全体で残菜が出て「フードロス」が発生してしまいます。
でも、こんなふうに子どもの側に立った「納得感」を生む食育を目指した結果、僕のクラスはほとんどの日が「完食」となり食缶はスッカラカン。楽しく「残菜の少なさ校内1位」を続けてこられました。
僕は完食を強制するわけでも目指しているわけでもありません。でも、納得感を生んだ結果としての完食は、SDGs(持続可能な開発目標)の観点からもフードロスの削減につながるし、栄養士さんや調理員さんも喜ぶし、いいことずくめだなと思っています。
――作ってくれた人への感謝の気持ちはどう育んでいますか。
機会があるごとに栄養士さんや調理員さんの思いを伝えます。例えば、サバの塩焼きが出た際、魚が嫌いな子が大きな声で「まずそう! みんなよくこんなもん食えるよな」と言い出したことがありました。
「じゃあ私も食べない」「僕も~」と、一気にネガティブな雰囲気になってしまったのですが、そんなときは間髪を入れずに尋ねます。「ちょっと待って。調理員さんはわざわざおいしくないものを全校児童のために作っているのでしょうか」と。
すると、「それは違う」といった声が次々と上がります。そこでさらに「なぜ給食にサバが出たのでしょう。それは、栄養士さんが『みんなにたくましく育ってほしい』と願っているからです」と言って黒板にサバの絵を描き、豆知識を伝えていきます。
「サバは漢字で魚偏に青と書きます。その名のとおり背中が青いのですが、なぜでしょう。そう、鳥などの敵から身を守るために青い色をしているのです。サバ以外にも、サンマ、アジ、イワシなども背中が青く腹は銀色。総称して『青魚』と呼ばれています。青魚はつねに泳ぎながら水面近くのプランクトンを捕食しているため、血中に酸素を送り続けなくてはならず、血液をサラサラにするDHAという成分が体内にあります」
こんな感じで「青魚を食べると頭がよくなる」といわれている理由や、タンパク質の塊である魚は成長期の子どもたちにもってこいの食材だということなども紹介する。そして、最後に問いかけます。
「調理員さんは、君たちが食べやすいように骨も丁寧に取り除いてくれます。そういう給食を作る人たちの願いが、このサバの塩焼きには込められているんですよ。おいしくないと思うのは自由ですが、それを口に出すのはいかがなものでしょう。さあ、サバの塩焼きをおかわりしたいという人はいませんか?」
こうやって丁寧に説明すると、「食べたい!」「まだある?」と、こぞっておかわりしに来ます。
給食指導に悩む教員が今すぐできることは?
――アレルギーの児童がいる場合、気をつけていることはありますか。
命に関わることなので、教員なら誰しも十分な配慮をしているはずです。でも、アレルギーのない子に理解を求める教育まで行う先生は少ないと思います。
「アレルギー=嫌いなので食べない」ことだと思っている子がいるので、僕はなるべく早い段階で「体が、外から入ってくるある物質を敵だと勘違いしてしまい……」など、どの学年でも理解できる言葉を使って説明しています。もちろん、プライバシーに関わる問題なので保護者の了承を事前に得たうえで行っています。
――食育により、子どもたちに変化は見られますか。
今回ご紹介したように、僕は日常的に「自分が食べられる食事の量」「食品に含まれる栄養素と自分の体との関係性」「作ってくれた人や食材の生産者の願い」について伝え、「実際に食べながら考える」という体験の提供を繰り返しています。
すると、しだいに子どもたちの食事に対する向き合い方が変化していき、どうすればフードロスを減らせるだろうかといった問いに対する自分なりの意見も持てるようになります。
家庭での食事において変化が出てくる子も。これまでに「残さず食べるようになった」「朝食を抜きがちだったのが、意識して食べるようになった」「今まで捨てていた野菜の部位を使って料理を作るようになった」「家で給食の人気メニューを作ってくれた」といった保護者の声をいただきました。
――給食指導に悩む教員や学校にアドバイスはありますか。
給食の面白いところは、家で食べたことがない食材や料理にも出合える点。あるクラスではサワラを食べたことがないという子が多かったのですが、そんなときこそ、みんなで一緒に学ぶ機会になると思います。
最近では日本の郷土料理を出したり、オリンピック期間に世界の料理を出したりする学校もあります。そういう機会も逃さず一つひとつ丁寧に説明してあげるとよいのではないでしょうか。
栄養士さんや調理員さんとも仲良くできるといいですね。僕がいた学校では、あごだしを使ったメニューの日に、栄養士さんがトビウオを教室まで持ってきて胸びれを広げて見せてくれたことがあるのですが、子どもたちはとても喜んでいました。
そこまでやるのは難しいかもしれませんが、「今日の料理、何で味付けしてあると思う?」など、日常的に声がけすることは今すぐできるのではないかなと思います。
(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真:ありがとう!/PIXTA)