子どものモチベーションを上げる「トークン」とは?

――前回の連載で、子どもたちのやる気を引き出すツールとして「トークン」のご紹介がありました。詳しくお聞かせください。

「トークンエコノミー」という心理療法があります。トークン(代用貨幣)と呼ばれる報酬を活用して子どもたちの望ましい行動を強化する行動療法で、通級による指導の場や学級経営などで取り入れられています。

トークンの形は、大人側が用意したコインやおはじき、スタンプやシールなどさまざま。子どもたちがよい行動をしたらトークンを渡すのが基本ですが、続けているとしだいに自発的に行動できるようになります。外発的動機を内発的動機に変えていくのが、この手法の大きな特徴です。

子どもたちのネガティブな行動に着目して指摘を続けても改善に向かわないことが多く、お互いつらい状況になりがちです。積極的によいところに注目し、プラスのやり取りを通してよい関係性を築いていこうと考え、取り入れ始めました。

――具体的な使い方を教えてください。

まずはスタンプからご紹介しましょう。過去に小学1年生の担任だった際、よく離席してしまう子がいました。保護者のお話によれば、「自由度の高い保育園にいた。本人が落ち着く体勢で床に座って過ごすことが多かった」とのこと。その状況から入学を機に着席を求められるようになったのですから、落ち着けないのもうなずけます。

そこで「10分間、席に着けたらこのカードにスタンプを押してあげるね」とカードを手渡しました。それは9マスのビンゴになっていて、着席できたら彼が好きなマスに自分で選んだスタンプを押す。そして、全部のマスにスタンプが押された「オールビンゴ」となったら次のカードを選べるようにしました。また、彼だけが目立ってしまわないよう、希望者全員にカードを渡しました。

ビンゴ式のスタンプカード。スタンプは子どもに人気のキャラクターを使用。カードはマスの数を変えて用意し、子どもが選べるようにする
(写真:田中氏提供)

すると、彼は次々にビンゴを達成。彼と話し合って着席時間を少しずつ延ばしていったところ、最終的にスタンプなしでも着席して授業を受けられるようになりました。たかがスタンプですが、「自分で選んで押せる」「ビンゴゲームが楽しい」「周りの子の励まし」など、さまざまな報酬が得られることでよりよい行動を目指せるようになったのです。

時間はかかりますが、習慣化すると「その状態が心地よい」に変わり、自ら取り組めるようになります。でも、そこまで粘り強く支援し続けるのが大人側の役割。そう考えて取り組むことが大きなポイントです。

人気の「ビー玉貯金」もトークンの一種だ

木附隆三先生が30年以上前に考案した「ビー玉貯金」という、教員に人気の実践がありますが、僕はこれもトークンと捉えて取り入れています。

例えば「困っている人がいたら助けられる人になろう」という学級目標に対して、よい行動をした子がいたとき、クラス全体でよい行いがあったときは、専用の瓶にビー玉を入れます。そして、ビー玉がいっぱいになったら、「パーティーをする権利」という報酬を与えます。パーティーを自分たちで企画し、実行する権利です。

ビー玉貯金。「瓶はガラス製がいい。ビー玉を入れたときの心地よい音を教室に響かせましょう」と、田中先生
(写真:田中氏提供)

頑張りが可視化されるので子どもたちは自分で成長を実感できるようになるし、学級目標達成後のパーティーの実行では企画力や仲間と「協同する力」も育まれます。僕は、とくに「協同する力」を身に付けてほしいので、年間でパーティー権を複数回提供できるよう、瓶は大きすぎないものを選んでいます。

しかし、子どもたちの自己申告に任せると、あることないこと「よい行い」を報告してくる場合も。だから、「僕が気づいたクラスのよさ」を基準にビー玉を入れるかどうかを決めています。

ただし、出し惜しみはせずよい活動があったらどんどんビー玉を入れていく。そうすると、子どものモチベーションが維持されるだけでなく、教員側も子どもたちのよいところや成長により注目できるようになります。

「学級内通貨」でさまざまなプラスを生むコツ

――仮想通貨で新たな経済圏をつくるなど、トークンエコノミーは実社会でも応用されています。

僕のトークンの活用は、まさにそれに近い。実は「学級内通貨」も作っていて、さまざまな物や権利に交換できるようにしています。毎年異なるイラストを描いて印刷していますが、例えばオリジナルキャラクターであるムササビの「むっちゃん」の紙幣を作ったときは、単位を「1ムッチ」と呼んで流通させました。同じ1ムッチでも、むっちゃんのいろんな表情を描くことで、集めるのが楽しくなるよう工夫しています。

オリジナルキャラクター「むっちゃん」を描いた学級内通貨
(写真:田中氏提供)

――どのような場面で学級内通貨を与えるのでしょうか。

主に習慣化してもらいたいことに対して与えます。例えば、以前お話しした自主学習ノートは、提出1回につき1枚の学級内通貨を付与。ちなみに今年は「ジガくん」というキャラクターで自主学習用通貨を発行しています。ジガ通貨の活用で最近では「自主学習は提出して当たり前」になってきました。

今年は自主学習ノートを頭にかぶった「ジガくん」が印刷された専用通貨を発行
(写真:田中氏提供)

自主学習以外の活動で使う通貨は、子どもたちが描いたキャラクターカードにしました。5枚で1回ガチャを引けるようにするなどさらに楽しめる工夫もしています。

今年は子どもたちが描いたキャラクターを学級内通貨にしているので、盛り上がることもしばしば
(イラスト:田中氏提供)

――全員が学級内通貨のシステムに乗れますか?

「学級内通貨なんて興味ない」という子はいます。だけど、周りの子が集めているからか、しだいに「欲しい」と言い出すんですよね。それだけ活発に流通させています。

例えば、SDGs(持続可能な開発目標)の授業でアップサイクルを学んだ際、実際に体験しようと廃材で物を作り、学級内通貨で売買できるようにしました。売れ行きが悪いと価格設定を変えたりパーツを替えたりと、自発的な工夫が生まれて面白いですよ。

ある時は、子どもたちが工作素材をあまりにぜいたくに使うので、学級内通貨で僕から購入する決まりにしました。すると、みんな節約意識が高まり、紙の端まで使うようになってゴミがすごく減りましたね。

スマホ決済による個人間送金のように、友達間の譲渡も認めています。だから、忘れ物をしたときに学級内通貨を渡して友達から借りたり、発表した友達に「よくがんばりました」というお手紙とともに学級内通貨を添えたりする子も。トラブルもありますが、「トライ&エラーから学ぶ機会」を保障したいため、その都度「どうしたら楽しくトークンを使えるか」を話し合っています。

学級内通貨を使う先生は割といますが、ここまでの流通はあまりないかもしれません。学級内通貨が流通して価値を持ち始めると、こんなふうに子どもたちの間でいろいろな工夫やプラスが生まれていきます

「ご褒美」で注意すべき3大ポイント

――トークンの活用で注意したい点はありますか。

「ご褒美(報酬)が得られなくなるとよい行動が見られなくなるのでは」「ご褒美が目当ての取り組みは一過性にすぎないのでは」といった批判はよくあります。そこは確かに注意すべき点で、トークンを用いる側の姿勢が重要になるでしょう。

ポイントは3つ。まずは「明確な目的とルールの共有」が前提です。例えば自主学習なら、「自分のため」であるという目的や、「自主学習の提出がレベル1、時間を決めてやるのがレベル2」など目指す姿を伝え、そこに向けて取り組んだ姿勢や結果に対してトークンを渡すことを日常的に説明します。

与える基準は、子どもたちと話し合って決めて共有。何でもかんでも与えると、インフレを起こして子どもの目的はトークンになってしまいますし、基準がないと「あの子のときにはあげたのに、この子のときにはあげなかった」と不信感につながるからです。明確な基準を作ったうえで、出し惜しみしないことが大切です。

2つ目に大事にしたいのは「成長の実感」です。トークンを与えるときは「ここを頑張れたね」などポジティブな評価の言葉もきちんと伝え、子どもが自分の頑張りを感じられるよう努めます。

3つ目のカギは「インプットの評価」。『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、中室牧子著)によれば、小中学生を対象にした海外の実験で、アウトプットに対して報酬を与えた場合と、インプットに対して報酬を与えた場合には、後者のほうが学力がグンと上がったという結果があるそうです。

例えば、アウトプットは、テストで100点を取ったらご褒美がもらえるような場合。短期的にはいい点を取るために頑張りますが、点数ばかり意識してしまい、満点を取れなかったときなどに一気にやる気をなくしてしまうリスクがあります。

一方、本を1冊読んだらご褒美がもらえるような場合がインプット。プロセスの評価なので内発的動機につながりやすいといいます。ぜひインプットを意識してトークンを活用しましょう。

――トークン、とくに学級内通貨の本格活用は、経験や力量が問われそうです。

トークンがうまくいかなかったという話は、確かに若手の先生からよく聞きます。自分の日常を考えてみるとよいかもしれません。

例えば、僕は今、ダイエットのために任天堂のフィットネスゲーム『リングフィット アドベンチャー』に挑戦しています。継続できているのは、つねに励ましの言葉をもらえるし、コインが貯まるとゲーム内でお買い物ができるし、筋力測定などで成果も確認できるから。報酬と成長の実感があるからなんです。

そんなふうに効果が体感できると、ポイントがつかめるかもしれません。でも、どの実践も万人に通用するわけではありません。興味があったらアレンジしてもらえるとうれしいです。

田中光夫(たなか・みつお)
1978年生まれ、北海道出身。東京都の公立小学校教員として14年間勤務。2016年、主に病気休職の教員の代わりに担任を務める「フリーランスティーチャー」となる。これまで公立・私立合わせて延べ11校で講師を務める。NPO法人「Growmate」理事としてマーシャル諸島で私設図書館建設にも携わる。近著に『マンガでわかる!小学校の学級経営 クラスにわくわくがあふれるアイデア60』(明治図書)
(写真:田中氏提供)

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真はタカス/PIXTA)