――今回は、田中先生が教育活動に取れ入れている「ゲーミフィケーション」についてお聞かせください。
昔から「15分間で木へんのつく漢字をいくつ見つけられるか」といった「学習ゲーム」についての実践研究・開発は行われてきました。しかし、これは「ゲームコンテンツの開発」であり、ゲーミフィケーションではありません。
ゲーミフィケーションとは、本来ゲームではない活動にゲームの要素を加えることで、自主的な取り組みを促す手法です。近年取り入れる企業が増えていて、例えばイベントでスタンプラリーを行ったり、ユーザーのSNS投稿に対してポイントを付与したりとマーケティングに活用するほか、採用活動や社内研修に使う事例もあります。
僕は、学校の活動が「大人の都合」で子どもたちに「やらせる」のが当たり前になっているから、子どもたちは「やらされている感」が募りやる気が持てなくなっていると考えています。この状況を変えたくて、ゲーミフィケーションの実践を始めました。その結果、やはりゲームの要素はどの科目でも意欲の向上に役立つと感じます。当番活動も同様で、「お掃除クエスト」(後述)という実践も作りましたが、手応えを感じています。
――田中先生は、一時期「ネトゲ廃人」になったほど、ゲームがお好きですよね。
はい。ファミコン世代ど真ん中で、人生のかなりの時間をゲームに費やしています。最近もオンライン上で仲間と『モンスターハンター』に没頭しましたが、なぜこんなにも多くの人がゲームに熱中するのか。それは、たくさんの「やる気を引き出す仕掛け」が隠されているからです。僕は、次のようなゲームに潜む5つの仕掛けを応用しています。
2:自身の成長の実感
3:仲間との交流の促進
4:自己選択・自己決定
5:具体的な報酬
まず1つ目の「明確なルールと目的(ゴール)・目標の設定」。ゲームは共通ルールの下で遊ぶから楽しい。学校も同じで、ルールがあるから安心して過ごすことができます。
ただ、学校においては、トップダウンのルールでは納得感が生まれにくい。教員の気分でルールがコロコロ変わるのも子どものやる気を奪います。だから、僕はどんな活動も子どもたちと話し合い、一緒にルールを作っています。すると、子どもたちの中に「自分事」や「当事者意識」「やってみよう」という気持ちが生まれます。
また、『スーパーマリオ』なら「ピーチ姫の救出」、『ドラゴンクエスト』なら「竜王の世界征服を阻止する」という目的がありますよね。その目的に向かう途中に設けられた目標をクリアする過程で達成感が生まれ、モチベーションが維持される。この特性も活用しています。
例えば、漢字学習。多くの学校では1年間にどんな漢字を学ぶのか全貌がわからないまま進みますが、僕は年度の始めにその学年で学ぶ漢字の一覧表を配ってゴールを共有し、使うドリルやテスト回数も伝えて目標を示します。
ロードマップがわかると、子どもたちは「知っている漢字が結構ある!」「3学期で習う漢字でも簡単なものがあるね」と見通しを持てるようになるんですよね。これが、「やってみようかな」につながっていきます。
2つ目の「自身の成長の実感」は、ゲームが好きな人はおわかりかと思います。すぐにゲームオーバーしてしまう難易度の高いゲームを「死にゲー」と呼びますが、この手のジャンルはスモールステップで着実に成長や達成感を得られるよう難易度が調節されています。だから、プレーヤーは何度もトライする中で「上達したかも」という実感とともにスキルを上げていくことができます。
この仕組みを応用し、例えば漢字学習では、簡単な漢字をみんなでピックアップしてその漢字から学ぶようにしています。テストもその内容に合わせて作るので、みんな100点です。こうしたスモールステップで難易度を上げていくと、子どもたちは学び方をつかみ、自主的に漢字を勉強するようになりますよ。
また、鉄棒の逆上がりなら動画を撮って「足がここまで上がるようになったね」と見せてあげるなど、人との比較ではなく「昨日の自分との比較」を通じた成長を実感させることも意識しています。
3つ目の「仲間との交流の促進」はイメージしやすいですよね。ソロプレーもよいですが、やはり仲間とのチームプレーで得られる達成感もやる気を引き出します。だから、教室内でも順位づけなどの個人同士の競争を促す活動はせず、協同のよさを取り入れるよう心がけています。このあたりは「子どもが自ら学び出す『協同学習』超重要な4前提」で詳しくお話ししました。
4つ目の「自己選択・自己決定」も重要。現在『あつまれ どうぶつの森』のように、広大なマップ内で自分の進みたいほうを選択し、自由に冒険できる「オープンワールドゲーム」がトレンドですが、残念ながら学校はこうした自己選択・自己決定が保障されていません。教科書も順番どおりに進みますし、習っていない漢字は使っては駄目だと言う先生もいます。
だから、僕はプロジェクトアドベンチャー(※)の「チャレンジ・バイ・チョイス」という哲学を大事にしていて、学習や活動に参加する際、不安のある子には「参加するかどうかは自分で決めていいよ。見学する中で『やってみようかな』と思えたら参加してみよう」と自己選択・自己決定を促します。
※ アドベンチャーを用いた体験教育を提供する米国発祥の組織
そのうえで、どうしたら参加者が増えるだろうかとみんなで考え、ハードルを下げる工夫もしています。例えば、ドッジボールをすることに決まった場合。「ボールを触れずに終わっちゃうから楽しくない」という子がいたら「3秒以上ボールを持ってはいけないルールにしよう」といった具合に話し合いでルールを変えていく。そうすると、しだいに「私も入る!」とやる気になる子が増えていきます。
5つ目の「具体的な報酬」は、ゲームの世界では必須。敵を倒したりクエストをクリアしたりすると得点やお金、アイテムが得られ、行動意欲が高まります。これを外発的動機づけと言いますが、僕は学級内で使える共通通貨「トークン」を作って子どもたちのモチベーションを上げています。これについては、次回の連載でご紹介しましょう。
――オリジナルの実践「お掃除クエスト」は、こうした5つの要素を凝縮したのですか。
はい。掃除活動は「やらされる感」を強く感じている子が多く、悩んだ末にゲーミフィケーションの発想で編み出しました。何度かこの連載でも触れている実践ですが、「もっとやりたい!」「こんな工夫をしてみたい!」と楽しんでくれる子が増えましたね。
具体的には、まず掃除場所を決めます。毎週場所が変わる従来の方法では、慣れた頃に担当場所が変わるため工夫が生まれづらく、モチベーションも維持しにくい。そのため、好きな場所を掃除してもらうことにしました(自己選択・自己決定)。そして、集まった仲間と「何分間で」「どこを」「何を使って」「どのような手順で」などを話し合って決め(明確なルール設定)、1カ月ほど取り組みます。
そうすると、だんだん掃除用具の使い方が上達し、より短時間で終えられるようになっていきますし(自身の成長の実感)、仲間とおしゃべりしながら取り組む中でより効率を上げる工夫や楽しさも生まれます(仲間との交流の促進)。「きれいにしよう」という目標も、掃除のビフォーとアフターの写真を撮って比べたりすると、より明確になります(明確な目標の設定)。
さらに、もう一工夫。時間内に掃除を完了できた日は、教室内に掲示された「お掃除クエストマップ」のコマを進めるためのサイコロを振ることができるようにしました(具体的な報酬)。
すごろくみたいなもので、細かいルールは子どもたちと一緒に考えるので毎年異なりますが、チームごとにコマを進めてマップ上のゴミモンスター(ゴミモン)を倒し、最後は全チームが集結してボスモンスターを倒すとクリア、というストーリーにしています。
――掃除をサボった日もサイコロを振ってしまうチームは出てこないのでしょうか。コマの進みが遅いチームがいて、なかなかボスを倒せないケースもありそうです。
これは僕もすごいなと思っていますが、子どもたちはシビアに掃除結果を自己チェックし、ズルをすることがないんですよ。また、このマップは、勝ち負けを競うのではなく、参加者全員で協力しながらゴールを目指す「協同ゲーム(コーポラティブゲーム)」の形を取っています。
例えば、ゴミモンに勝つと「サイコロを2回振れる権利」などのアイテムも得られ、そのアイテムはほかのチームにあげることもできる。そういったアイテムも使いながら力を合わせてゴールを目指すのが面白いようで、みんな楽しそうに掃除するようになりました。
――ゲーミフィケーションを取り入れるうえで気をつけたいことはありますか。
狙いは、「子どもたちの自立・自律を促す」こと。ゲーム化する際に加える要素を、全員が理解できるようにする配慮は欠かせません。子どもたち自身でルールを改訂していくような、当事者意識を生み出す工夫を心がける必要もあるでしょう。
また、「報酬が目的になってしまうのでは?」とよく言われますが、確かに報酬の与え方には注意が必要です。これについては、報酬を活用した実践「トークン」のご紹介とともに、次回詳しくお話ししたいと思います。
(注記のない写真はiStock)