投稿者:角田明夫(仮名)
年齢:31歳
勤務先:私立通信制高校
「営業強化」のため増額されたバックマージン
「絶対に身バレしないようにしてほしい」
勤務する通信制高校の現状を、「教員のリアル」体験談募集フォームに投稿してくれた角田さんの第一声だ。投稿内容がスキャンダラスだっただけに無理もないが、同僚の不当解雇を目の当たりにしたこともあり、報復を恐れている様子がうかがえた。
角田さんの意向を汲んで具体的な言及は控えるが、角田さんの勤務校はいわゆる「広域通信制高校」だ。全国の生徒を募集対象としており、生徒数も多い。
「通信制は『学校に通わなくてもいい』と勘違いされることが多いですが、スクーリングと呼ばれる面接指導を受けるため、一定の回数は通学する必要があります。広域通信制高校は本校舎以外に、スクーリングができる『面接指導等実施施設』と連携するか、もしくは分校を設置しています」
加えて広域通信制高校に欠かせないのが、勉強や精神面の支援を行う「サポート校」だ。高校卒業資格を取得するには、スクーリングやオンラインでの遠隔学習を受けるだけでは足りない。レポートと呼ばれる添削指導を受け、単位認定試験をクリアする必要がある。
「生徒が在宅で1人で高卒資格を取得するのは、かなりハードルが高いのが現実です。また、不登校の生徒もどこかで友達や人間関係の構築を求めており、サポート校に通うケースが多いのです。サポート校の中には、フリースクールを兼ねているところもあります」
サポート校は全国に1500カ所以上あるとされるが、法的には学校ではない。サポート校にメインで通っていても、高校卒業資格を付与するのは連携する通信制高校だ。角田さんの勤務校の体制が変質していった要因も、この構造にある。
「私立の通信制高校は、全日制の私立高校と比べて国から交付される補助金が非常に少ない。サポート校との提携を増やして生徒数を確保しなければ、運営を継続できません。そこで、指導料という形でサポート校にバックマージンを支払っていたのですが、あるときから『営業強化』と称して、この金額が大きくなっていったんです」
「やりやすい体制」のため、ベテラン教員を不当解雇
バックマージンの金額が増えたきっかけは、前理事長の急死だった。民間企業の経営者だった前理事長は、教育への情熱から通信制高校を設立。全日制よりもゆとりある教育が可能な通信制の特徴を生かし、不登校や引きこもり、発達障害の生徒などの受け入れに尽力してきた。フリースクールも兼ねた運営など、その教育方針に賛同して連携しているサポート校も多かったという。
「一方で、新しい理事長は教育のことをほとんど知らない人物です。前理事長の実兄で、連携先のサポート校の運営を任されていたのですが、現場に顔を出さないことで有名でした。弟が教職員から慕われているのも面白くなかったようです。前理事長が健在のときは何もしなかったのに、急死をチャンスとみたのか素早く根回しを行い、理事長への就任を果たしてしまいました」
新理事長がまず行ったのが「営業」の強化だ。生徒数の拡大を目標に掲げ、提携先を増やすと宣言したのである。これは、ビジネス戦略としては理にかなっていた。全日制・定時制の生徒数は、少子化の影響もあって減少傾向にある一方で、私立通信制の生徒数は右肩上がりだからだ。文部科学省の「学校基本調査」によれば、2000年に7万4023人だったのが2023年には20万7537人と20年余りで約2.8倍。直近でも、2022年と比べて2万3891人増えている。
「不登校が増えていることもあり、通信制のニーズが高まっていることは感じていたので、提携先を増やそうという意図は理解できました。現場が戸惑ったのは、このタイミングで教員を異動させようとしたことです。それまで本校舎しかなかったので、異動など誰も想定しておらず、ほとんどが拒否しました」
異動の名目は「規模拡大のため新しく分校をつくるのでそこを任せたい」というものだったが、指名されたのは新理事長に従わなさそうな教員ばかり。「自分に都合のよい体制に変えようとしている」というのが、教員内の共通見解だったと角田さんは振り返る。
「この見解が正しかったことは、新理事長の『分断作戦』で明白になりました。少しずつ味方を増やし、仲間内だけで会議をするのです。新理事長の味方についた先生は、急にほかの先生と話さなくなるので、職員室内の雰囲気も一気に悪化しました」
さらに前理事長派のベテラン教員にはトラップを仕掛け、懲戒解雇処分を下した。これは明らかな不当解雇で、その後裁判を経て撤回されたが、学校現場から一時的に排除された影響は大きかったという。
「解雇された先生方は、サポート校に通う生徒の支援や進路指導も担当していました。いきなり職員室に入れなくなり、困ったのは生徒です。私を含めて残った教員では対応しきれず、サポート校からは『今どうなっているの?』と問い合わせが殺到しました」
不透明な経営で支払い遅延も引き起こす
そんな中でもバックマージンの引き上げは効果があり、「営業」は好調だった。しかし、提携先が増えた一方で、サポート力は大きく下がっていく。サポート校へ配布する資料や教材を始業日までに準備できない、生徒の在籍管理がずさんになる、などのトラブルが多発したのだ。
「ベテランの先生方が解雇されたのを見て、熱心だった先生や事務職員が何人も辞職してしまったのです。サポート校は、各校の状況を綿密に把握してないと適切に指導できません。新理事長は『効率的にレポートやスクーリングのデータを処理しろ』と言いますが、それでは生徒のためにならないじゃないですか。とことん教育に関心がない人なのだと思います」
そんな新理事長の関心は、やはりお金のようだった。就任以降の会計報告は、巧みに処理されているものの、内部にいるとわかる不審点が多いという。潤沢な利益が出ているはずなのに、提携サポート校へのバックマージンの支払いが遅れる。また新たな提携サポート校の1つが、新理事長の親族が設立した法人であることも判明し、取引の透明性に疑問を抱いたり、資金繰りに不安を感じる教職員も少なくなかった。
トップには「現場の状況を正しく知ってほしい」
「正直、転職はつねに検討しています。でも生徒のことを考えると、簡単には投げ出せないという気持ちもあります。通信制高校にもいろいろありますが、私たちのように不登校や発達障害の生徒も受け入れているところには、サポート校を含め、『社会に出てから上手に人と関わり合って生きていってほしい』という強い思いを持つ先生がたくさんいます。たしかにお金は大切ですが、生徒の人生を左右する重大な責任を負っていることは忘れずにいたいですし、新理事長にもそれだけはわかってほしいのです」
どうしても経営は数字を判断基準にしがちだが、教育の成果は数字だけでは測れない。
「通信制高校は全日制と比べて人数規模が小さく、進学実績や授業数などの縛りも緩いです。だからこそ、生徒と直接関わって成長を見守れることも通信制の存在意義の1つだと思うのです。例えば、全日制では委員長に立候補しないような生徒が、教員の手厚いサポートのもと仕事をやり遂げ、自信をつけていく。そうした経験がたくさんできるはずなのです」
私立学校の運営において、資金確保が重要であることはたしかだ。助成金が相対的に少ない通信制高校の場合はなおさらだろう。その意味で、新理事長が「営業」を強化したのは、予測不能な時代において、むしろ称賛されるべき経営判断かもしれない。しかしそれは、提携先サポート校との密接な連携のもと、生徒たちへ適切な教育で還元するのが大前提であるべきだし、確保した資金は、あくまで現場の教育活動に用いられるべきはずだ。
「とにかく、学校運営に携わる人たちには、現場の状況を正しく知ってほしい。そうすれば、今のようなことはしたくてもできないと思うんです。現場の苦労を知りもしないトップダウンの指示に対応するのは本当につらいです」
最後に、角田さんは絞り出すようにそう言った。私立通信制高校のニーズが高まる今、角田さんの勤務校のように、利益追求の優先に舵を切る学校が出現していてもおかしくない。教育の質を確保するためのチェック体制の強化など、対策が必要なときかもしれない。
(文:高橋秀和、注記のない写真: moguramenbou / PIXTA)
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