文系なのに「AI起業家」になったワケ

法人向けのAIソリューション事業を手がけるAlmondo。2023年2月に設立された東大発のスタートアップだ。スタッフは、松尾研究所でAI開発などに携わる東大生を中心に、約30名で構成されている。

同社代表取締役の伊藤滉太さんも現在、東大文科2類の2年生だ。文科2類は3年次から経済学部に進学する学生が多いが、伊藤さんは文学部人文学科社会学専修に進む予定だという。AI分野といえば理系出身が通り相場だが、文系でありながら、なぜAIを軸に起業したのだろうか。伊藤さんは、こう話す。

「もともと興味があるのは文化人類学。とくに移民が異国の地で起業する際の、アントレプレナーシップが形成されるメカニズムについて関心があります。そのため、AIへの関心以上に、起業に興味がありました。自ら起業する人のエネルギーの源や生きざまを知りたくて、自分でも早く仕事をしてみたい、ビジネスをしてみたいと思っていて、その武器になったのが、AIだったというわけです」

Almondoのメンバーと。代表取締役の伊藤滉太さん(左から2番目)

起業の扉を開いたきっかけとなったのは、灘高等学校(以下、灘高)に通っていた頃に受講した、Global Consumer Intelligence(東京大学グローバル消費インテリジェンス寄付講座。以下、GCI)だ。

GCIとは、松尾研究室が主催する、データサイエンスのスキルが学べるオンラインプログラム。有志で結成した勉強合宿のリーダーをしているとき、データサイエンスに興味のある後輩のために先輩に助言を求めた際、GCIを教えてもらった。「大学に入る前にAIについて勉強するのもいいかな」と思い、高3の4月に後輩と参加することにしたという。

GCIは主に大学生や大学院生が参加しており、修了生は起業など多方面で活躍していることで知られるが、伊藤さんもここでの学びや出会いを通じて起業に興味を持った。そして高校生ながら、優秀賞を受賞した。

優秀修了生の懇親会に参加した際、松尾教授に起業してみたいという思いを伝えたところ、東大入学後にインターン先として松尾研究室発のAIスタートアップを紹介してもらえたという。そこでの営業や事業開発、松尾研究所での企業提案やAI開発の経験を通じて起業の決意が固まり、大学1年生の冬にAlmondoを創業した。

「松尾先生個人だけでなく、松尾研究室が持つ起業のエコシステムにも支えられて今に至ります」と、伊藤さんは振り返る。

灘高を目指したのは「県外に出たかったから」

興味を持ったら学び、行動を重ねて縁を広げ、道を切り開いてきた伊藤さん。幼い頃はどんな子だったのだろうか。

伊藤滉太(いとう・こうた)
Almondo代表取締役CEO
灘高等学校を卒業後、東京大学に進学。2023年2月、大学1年生でAlmondoを起業。法人向けのAIソリューション事業を展開している。現在、同大文科2類2年生

「やりたいことをやっている子でした。小学生の頃は走るのが好きで、勉強はあまり関心がなかった。難読漢字が好きで国語辞典を読んだり、達成感を得たくて計算ドリルを解いたりと、興味があることは深掘りしていましたが、偏りがあったので総合点は取れていませんでしたね。ただ、小5になるタイミングで島根県に定住するという話になり、『これを機にちゃんとしようかな』と勉強を始めたら意外とできた。周りから褒めてもらえるのもうれしくて、気づけば勉強ができる部類に入るようになり、中学受験をして島根大学教育学部附属中学に進みました」

その後、伊藤さんは、親や先生に勧められたわけでもなく、中2で名門・灘高を目指すことを決意する。理由は、「県外に出たい」と思ったからだ。

「県外に出るためには受験する必要があったので勉強したんです」と、伊藤さん。周囲に有名な進学塾がなかったため、塾に通わず参考書を中心に1人で勉強に励んだ。参考書だけでは過去問が少ないので、自ら大学入試用の参考書も活用するなど工夫し、見事合格を勝ち取ったという。当時、同級生で灘高に進学したのは、伊藤さんだけだった。

勉強は苦ではなかったようだが、自分なりの工夫で難関校の入試をパスしたその自己調整力はどのように身に付けたのかと問うと、こんな答えが返ってきた。

「自己調整力というのは、自分の報酬設計をいかに工夫するかに帰結すると思います。例えば、頑張ったらおやつがもらえるというように、こうすれば自分はリラックスできる、こういう考え方をすれば自分は頑張れるということをメタ認知して、そのうえで自分を乗りこなすようにしていけば、自然に調整できるものです」

驚くことに、伊藤さんがこうした客観的な考え方を始めたのは小学校低学年の頃からだという。いったい、両親からはどのような教育を受けたのだろうか。

「父は転勤族で政府系金融機関に勤めており、母はパートをしていましたが、いつも僕のやりたいことに反対せず、好きにやらせてくれました。受験に関しても何も言われなかった。それがよかったなと思っています」

「学びとアンラーン」の繰り返しには好奇心が必要

灘高では、課外活動でディベートを行う一方、周囲の友人から刺激を受け、アリストテレスをはじめとした哲学の古典や、マックスウェーバーや柳田國男の本を読むようになった。

「灘高は、勉強が絶対的な価値観ではなく、いかに面白く、個性を出していくかが重視される雰囲気の学校でした。お互いの個性や得意なことを認め合う環境がとてもよかったです」と、伊藤さんは振り返る。

その後の道程は前述のとおりだが、幼い頃から今に至るまで、自身をずっと駆り立ててきたものは「楽しい」だという。

「東大に進学したのも、東京に行ったほうが面白そうだったから。起業家になったのもお金を稼ぎたいからではなく、楽しそうだから。僕にとっての贅沢といえば、温泉に入ってコーヒーを飲みながら読書ができる状態でしょうか。そのくらいの生活のゆとりが満たされたとき、さらに幸福度を増していくには、やはり面白い、楽しいといったワクワク感が僕には必要です。社会貢献を掲げて起業する人もいますが、『社会のため』というのは、いろいろなことを動かせる面白さを知って経験を深め、貢献できる立場になったときに実現できるものだと思っています。そのときも、根本にあるのはきっとワクワク感です」

今、日本の学習指導要領は、主体的・対話的で深い学びを重視し、探究力や課題解決力を養う学びを推進している。まさに主体的に学び続け、仲間と起業して企業の課題解決に取り組む伊藤さんの目には、日本の教育はどのように映っているのか。

「今の義務教育は、ある程度公平に学力が担保される点は非常によいのですが、画一化の問題はあると感じています。例えば、受験で合格を勝ち取るには総合点を上げなければいけませんが、そうしたスキルは少なくとも起業にはまったくもって役に立ちません。何事も平均的にできる人たちは仕組みをつくる側ではなく、仕組みを回す側になります。一方、仕組みをつくる人たちというのは、強烈な強みや弱み、好き嫌いがあるもの。これからは、互いの弱みを補いながらつくっていく組織がよい組織であり、個人も自分の『好きや強み』を大切にすることがより重要になっていくと考えています」

AIの進化が加速するこの時代において、子どもたちはどのような力を身に付け、学校はどのような教育を行っていくべきだろうか。

「単に知識を増やす勉強はいらないと思います。自分が目標に向かって努力できるのか。新しいことを学ぶときの習得法や習慣をいかに身に付けられるのか。自分を支える軸は何か。いわば、自分のスタイルや人格をつくり上げていくうえでの方法論を確立していくという視点が、教育の場でも大事になっていくのではないかと思います」

そして今後は、学びとアンラーンを繰り返して変化に適応していくことも重要だと伊藤さんは指摘する。そのために必要なのは、やはり楽しさや好奇心だという。

「人は楽しかったら、何でも学ぶはず。僕もやりたいことがない時期がありましたが、やりたいことや楽しいことがない人は、外界の刺激を取り入れたり、自分をメタ認知してストッパーになっているものを外したりすることが大切だと思います。そうすると、自分の好き嫌いがわかったり、人と違う認知が生まれたりするのではないでしょうか」

(文:國貞文隆、写真:Almondo提供)