「仕事=人生」になってはいけない

――文部科学省の「令和元年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によると、教育職員の精神疾患による病気休職者数は5478人となり、過去最多。疲弊する学校現場を救おうと、田中先生は5年前から病休教員に代わって担任を務める「フリーランスティーチャー」に転身されましたが(関連記事)、働き方改革が進まない現状をどうご覧になっていますか。

確かに年々業務量は増えているのですが、「仕事が人生!」という価値観であるために「仕事の引き算」ができない先生方も多いように見えます。僕は、「人生と仕事を同列に並べてはいけない」と考えています。人生を構成するピースは家族や趣味などさまざまであり、仕事もその1つ。ほかのピースも充実してこそ仕事は楽しくなり、それが子どもたちにも還元されるのではないでしょうか。もちろん、指導の質が下がるような小手先のライフハックになってはいけませんが、人生全体のバランスからはみだす仕事は、効率化やスリム化する必要があると思っています。

田中光夫(たなか・みつお)
1978年生まれ、北海道出身。東京都の公立小学校教員として14年間勤務。2016年、主に病気休職の教員の代わりに担任を務める「フリーランスティーチャー」となる。これまで公立・私立合わせて延べ11校で講師を務める。NPO法人「Growmate」理事としてマーシャル諸島で私設図書館建設にも携わる。近著に『マンガでわかる!小学校の学級経営 クラスにわくわくがあふれるアイデア60』(明治図書)

時短&子どもの意欲を高める「丸つけ」術

――先生は公立小学校の教員だった頃から「定時帰宅」を実現しているそうですね。ぜひ、おすすめの「仕事の引き算」の方法についてお聞かせください。

「丸つけは放課後にはやらずテスト中に行う」ことですかね。問題を解いている際中の子どもたちの答案に丸をつけていってしまうのです。この方法で丸つけは、テスト時間内に8割は完了しますよ。残りは休み時間などを利用して丸をつければ、その日のうちにテストを子どもたちに返すことができます。

なぜこれを続けているかというと、時短になるだけでなく、子どもたちにとってメリットが大きいから。

例えばテスト中に丸つけをする際、不正解には丸もバツもつけないようにしているのですが、すると子どもはその解答が間違いであることを察し、改めてその問題についてじっくり考えるんです。そうして書き直された解答も、その子の中から導き出されたものなので、正解であれば丸としています。このようなテストを繰り返しながら、日頃から満点を取った子に対して「満点はしっかり見直しができた証拠だね」なんて皆の前で褒めるようにしていると、早く解いてケアレスミスをするような子の誤答が減っていきます。

また、満点を取れなかった子には、「復習して、自分が受けたいときにもう一度テストを受けてね。その点数を記録してあげるからね」と言って再テストを作りセカンドチャンスを与えるようにしています。1週間後にテストを返却すると「こんなテスト、やったっけ?」といった反応になりがちですが、テスト当日のうちに返却して再チャンスを与えると、子どもは「よし、やるぞ!」と、自主的に家で学び直してくるんですよ。教育における即時評価の有効性はよく知られていますが、やはりフィードバックは早いほうが子どもたちの学習意欲が高まると感じています。

日常のテストは成績のためではなく、学習が身に付いているかを自分が知るためのものであるべきだと思うので、テストはこのような形を採用していますが、「時短」と「子どもの学びの定着」という一石二鳥の成果が得られています。

――この手法は、どの学年でも有効ですか。

上の学年ほどこのやり方を喜びますね。塾に通う子は、自分の実力の結果を早く知ることができてうれしいみたいです。一方で先取り学習をしていない子も復習したうえでの再チャンスがあるので、落ち着いて学習に取り組めるようです。ただ、教員としては記述式など後からじっくり確認したい設問もありますよね。こうした設問が増える高学年では、低学年に比べて時短につなげるのが難しい部分はあるかもしれません。

――自分が学びたいことに取り組む「自主学習ノート」を導入しているそうですが、そのノートもすぐ返しているのですか。

はい、これも即時評価が大事。提出されたノートは、休み時間などにチェックしてその日のうちに返却します。子どもたちはコメントを楽しみにしていたり、自主学習の続きを早くやりたいと思っていたりするので。ただ、丁寧すぎるコメントは残業要因になるので、簡単でいいと思います。その代わり、僕は絵を入れるなどの工夫で子どもたちのモチベーションアップを図っています。

コメントは簡単でOK。このオリジナルキャラ「ポエきちくん」は、子どもの詩(ポエム)に一言添える際に誕生(左)。ピンクのキャラは「ポエミちゃん」(右)

教材研究の時間を短縮する方法とは?

――ほかにも業務効率化で実践していることはありますか。

僕は杉渕鐵良(すぎぶち・てつよし)先生が開発した「ユニット型授業構成」(※1)を取り入れ、1コマの45分間を細分化して教材研究の効率化を図っています。

※1 参考:『全員参加の全力教室―やる氣を引き出すユニット授業』(日本標準、杉渕鐵良・ユニット授業研究会)

テレビのバラエティー番組は、スポンサーがいるので視聴者にCMを見てもらうため、あの手この手で面白い番組を作っていますよね。昔放送していた「笑っていいとも」がいい例。タモリさんが歌いながら出てきて、ミニコーナーがあってテレフォンショッキングが始まり……と、60分の中で型が決まっていて、テンポよく進行するので視聴者は飽きない。ユニット型授業構成とは、こうしたバラエティー番組のように時間を短く分割して行う授業です。僕は国語であれば次のような授業構成にしています。

・百人一首:5分
・辞書引き:5分
・音読:5分
・教科書の学習:15分
・作文:15分

こうして短時間の学習活動で構成すると、どの子も集中力を切らさず最後まで授業を受けることができ、「こんなに早く終わると思わなかった、もっとやりたい!」と、次の授業が楽しみになるんです。また、短時間の学習活動を年間で何十回も反復するので、気づけば百人一首も辞書引きの方法も覚えてしまう。子どもたちは楽しみながら力をつけることができるのです。教員側も、各活動の時間が短い分、内容の精選は必要になりますが、45分間同じ内容を扱う授業を考えるよりも、準備にかける時間は短縮できます。

各学習活動の札を作り、「次はこれ!」と確認しながらテンポよく授業を進める(左)。1年生には絵を加えた札で、オリジナルキャラのムササビ「むっちゃん」を移動させながら子どもたちに見通しを持たせているという(右)

――教科書の学習に関しては、時間の圧縮により質が落ちることを懸念する先生もいそうです。

確かに反発する先生もいると思いますが、僕はむしろ子どものためになる授業ができると考えています。例えば国語では、かつて長い時間をかけて1つの物語文の指導に取り組んでいましたが、今は数時間にとどめています。『ごんぎつね』であれば5時間で教えます。なぜなら子どもたちに伝えるべきことや気づいてほしい点は明確だから。一方で時間を圧縮した分、残り十数時間はほかの学びに費やします。いわば授業内容の「選択と集中」です。

例えば、『ごんぎつね』なら作者の新美南吉さんのほかの作品をたくさん紹介する、あるいは調べさせる。そして、実際に複数の作品を読んでもらい、「動物の本が多いね。新美さんのメッセージで共通する点があるかもしれないね」と考えさせることに時間をかける。こうした授業のほうが、子どもたちの人生の幅が広がるのではないかと思います。

近年、文部科学省は読書活動を推進していて、新学習指導要領においても教材の留意点として「読書に親しむ態度の育成を通して読書習慣を形成すること」を狙いにすることなどを挙げていますし、新時代の教育という観点からもマッチしているのではないでしょうか。

こうした教育改革の流れや、すべての教員が教材研究に命を懸けられるわけではない時代性を踏まえると、1コマの細分化による「準備時間のスマート化」も1つのやり方として有効なのではないかと思っています。

田中光夫先生からの提案
1:即時評価を活用した丸つけやノート確認で、時短しながら子どものやる気もアップ!
2:短時間の学習の組み合わせで、準備の効率化と子どもが飽きない授業を両立!

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、イラスト・写真提供:田中光夫氏)