講座開催、寺子屋、情報発信と活躍の場はさまざま

田中先生 今回は、公立小学校の正規教員を経てそれぞれのスタイルで活躍されている3名のフリーランスティーチャーをお招きしました。「新時代の教員の働き方」をテーマにいろいろお話ができればと思います。まずは現在、どんな働き方をしているのかお聞かせください。では、僕が20年以上お世話になっている、サークルの先輩の九貫政博先生からお願いします!

九貫先生 フリーランスティーチャーになって5年目、現在は都内の3つの公立小学校で時間講師(会計年度任用職員)として働いています。並行して、教員向けの情報発信や講座開催、コミュニケーショントレーナー、小学生向け私塾運営なども行っています。昨年末に日本語教育能力検定試験に合格したので、今後は外国人を対象に日本語教育も展開する予定です。

九貫 政博(くぬき・まさひろ)
文部省(現・文部科学省)の在外教育施設派遣教員として在マレーシア日本大使館付属クアラルンプール日本人学校に3年間勤務、東京都教育委員会の「教師道場」リーダーを2年間担当するなど、東京都公立小学校教諭を30年間務め、2018年にフリーランスに転向。現在、小学校講師、教員指導講師、セミナー講師、コミュニケーショントレーナー、私塾運営などマルチに活動。マジック、音楽、イラスト、少林寺拳法など特技も多岐にわたる
(写真:九貫政博氏提供)

田中先生 なぜフリーランスになったのでしょうか。

九貫先生 もともとマルチに生きたいという思いはありましたが、教員生活30年目に「公務員としての教員はやりきったかな」という気持ちになったのが、独立を考えたきっかけです。また、ちょうどその頃、日本コミュニケーション能力認定協会の認定トレーナー資格が取れたんですよね。このスキルを先生や子どもたちにも広めていきたいなと思い、退職しました。

田中先生 九貫先生は趣味も多彩でさまざまな場で活躍されていますが、堤真人先生もいろいろな活動をされていますよね。

堤先生 僕は横浜市立小学校の教員を11年間務め、2年前に退職しました。地元の三重県に戻って実家のお寺の僧侶となり、探究活動を中心とする学童クラブのような寺子屋を開いています。現在、延べ50人くらいの子どもたちが参加してくれています。

また、大学のワークショップデザイナーコースで専門的に学んだことがあり、そこで出会った友人とワークショップ専門のNPOを立ち上げました。昨年は、企業や大使館の委託を受け、東北と米国の子どもたちをオンラインでつなぐワークショップなどを実施しました。そのほか、通訳をしたり、近所の学校で日本語指導の補助をしたり、英語関連の依頼にも対応しています。

堤 真人(つつみ・まひと)
横浜国立大学院卒。青年海外協力隊を経て、11年間公立小学校教員を勤める。文部科学省英語教育推進リーダー、小学校英語教科書著作者、横浜市カリキュラムマネジメント策定委員などを歴任。モットーは、「温かい関わりの中で、子どもは育つ」。2020年3月に退職し、三重県にUターン。実家である浄土真宗高田派大仙寺の僧侶となり、子どもが生き生き学ぶ寺子屋を開設。ワークショップ専門のNPO法人WAKUTOKI副理事長。2児の父
(写真:堤真人氏提供)

田中先生 正規教員の最後の年は、ESD(持続可能な開発のための教育)で有名な横浜市立永田台小学校にいらっしゃいましたよね。

堤先生 はい。実は、その永田台小で地域学習に取り組んだことが、Uターンのきっかけになりました。地元を盛り上げる人たちに出会う中で「自分も生まれ育った所で活躍したいな」と思ったんです。当時から放課後の教育格差が気になっていて、「学校が終わった後の豊かな学び」に取り組んでみたいという思いが寺子屋につながりました。

もう1つ、40歳を目前にキャリアについて考えたとき、副校長や校長、教育委員会といった道には違和感があったことも大きいです。これからの人生は、誰もが自由に生き生きと平和に暮らせる社会の実現に使いたいなと思いました。この考えと仏教の教えはリンクしていて、導かれるように地元に戻った感じですね。

田中先生 お寺のお仕事と各活動の両立は大変ではないですか。

堤先生 お寺は父親と協力していますし、寺子屋やワークショップも趣味みたいな感覚でとても楽しいし、感謝しかないです。

田中先生 「子どもが好き」と仕事の両立は難しいと感じている教師は多いので、堤先生は本当に幸せな働き方をされているなと思います。さて、3人目にご紹介するのは、僕が今勤務する私立小学校の同僚、田中順子先生です。

順子先生 20年3月に公立小学校の教員を退職したので、フリーランスとしては初心者です。私も50歳を前にキャリアについて考えた時期があり、先が見えてしまったんですよね。新しいチャレンジをしようと退職を決めました。周囲からは「なぜ安定を捨てるのか」と言われましたが、一度きりの人生を後悔したくなかったんです。

田中 順子(たなか・じゅんこ)
公立小学校教員として29年間勤務。2020年4月より、学級経営、メンタルヘルス、生産性向上に関する情報発信をスタート。21年1月からはフリーランスティーチャーとして現場復帰。子どもたちと日々未知なることにチャレンジ中。日本イエナプラン教育協会イエナプラン専門教員、ワークショップデザイナー、マインドマッパー。現在、YouTube「junjunblog」、Podcast「“学ぶ”をHAVE FUN!!」で情報を発信中
(写真:田中順子氏提供)

とくに情報発信をしたいとずっと思っていました。実は、37歳の時に精神的にしんどくなってしまい、病休と休職を繰り返していた時期があったのですが、結果的にそれが教師としても人間としても大きく変わる転機になったと感じています。

教員のメンタルというとネット上にはネガティブな情報が多いですが、私は休職を経て肩の力が抜け、本当に仕事を楽しむことができるようになりました。そんな教師もいるんだということを伝えたくて、現在YouTubeとPodcastで情報発信をしています。こうした自由な発信は、公立の正規教員では難しかったことです。

一方で、やっぱり授業もやりたいなあと思うようになって、みっちゃん(田中光夫先生)の紹介で21年1月から現場復帰しています。昨年度は1年生、今年度は2年生の担任をしています。

田中先生 順子先生のように即戦力となる方が戻ってきていただけるのは、教育現場にとってとてもありがたいことです。

フリーランスティーチャーのメリット&デメリットとは?

田中先生 実際にフリーランスになってみて感じるメリットやデメリットは何でしょうか。

九貫先生 メリットは、働き方をある程度カスタマイズできる点ですね。僕は今、小学1~6年生まで16クラスで教えていますが、すべて国語の授業を担当しています。大好きな国語の授業に専念できるのは、ストレスがなくとてもいい環境です。

田中先生 小学校の国語は時数が多いから、九貫先生みたいなプロフェッショナルに入ってもらって学校はすごく助かっていると思います。

九貫先生 国語は時数が多いので、こちらも「国語だけやりたい」と言うと交渉がしやすいですよ。あと、16クラス、計500人くらいの子と会っているので毎日が本当に楽しい。どのクラスもそれぞれのよさがあるし、若い先生からベテランの先生までいろいろな人と情報交換できるのも楽しいです。校務分掌がないのも時間講師のいいところ。身分保障に関して一抹の不安を感じるときはありますが、とくにデメリットは感じたことがないです。

田中先生 九貫先生は、会計年度任用職員になって変化はありましたか。ボーナスが出るなどいくつか変更がありましたよね。

九貫先生 時給やボーナスの有無はもともと自治体によって違います。精査はしていませんが、僕は会計年度任用職員になってボーナスは減った気がします。でも、副業は問題ないし、働き方も待遇もとくに変わらないと感じています。ただ、準公務員のような扱いになったので、国民健康保険一択ではなく、公立学校共済組合も選べるようにはなりましたね。

堤先生 保険って大きいですよね。僕は高額療養費制度の利用が必要な持病があり、教員のときは共済でほぼ医療費が返ってきたのですが、国保になってからはほとんど返ってきません。横浜市はボーナスもよかったですし、正規教員を辞めてから「公務員って安定していたな」と思うことは結構あります。妻が教員で、彼女が安定してくれているからこそ、小さい子どもがいながらも僕は今の働き方を選ぶことができています。

順子先生 私も不安定さは感じますね。フリーランス2年目かつ、収益の大きい副業は持っていないので。一方、情報発信など好きなことに時間を費やせる点は、やはりフリーランスならではのメリットだと思います。

また、1年契約だと、何をやりたいのか真剣に考えて毎年更新していけるのもメリットかなと思います。私はこの1年、「次の4月から何をしたいのか」ということを自問自答するようになりました。「担任をやりたい」という気持ちが明確になったし、どこかのタイミングで臨時的採用教員として公立小学校に戻ることも考え始めています。

田中先生 やはり、保障は減るけど自由度は高まりますよね。

堤先生 僕はフリーランスって副業できるのがいちばんのメリットだと思うのですが、残念なことに今の場所で学校現場に戻ろうとすると、副業ができない常勤講師の枠しかありません。週3日の寺子屋の合間で時間講師をしたくて講師の登録をしていますが、退職された先生が再任用で非常勤を選ぶのでなかなか枠が回ってこないんです。

実は、やっと3月に公立中学校の社会科担当で週12コマのお話をいただきましたが、条件が合いませんでした。テスト作成や採点などサービス残業ありきでの依頼だったので、ほかの仕事との両立は難しいと思いました。

田中先生 地域によっては、フリーランスで現場に復帰したくてもできない場合があるのですね。

フリーランスに転身するうえで「必須の資質やキャリア」

田中先生 読者の中にもフリーランスへの転身を考えている教員の方がいるかもしれません。皆さんは、フリーランスに必要な資質は何だと思いますか。

九貫先生 ポジティブに捉えてチャレンジしていこうという気概がある人は向いているのではないでしょうか。道を開いていくのは自分ですから。ただ、キャリア形成としては、正規教員の経験が少なくとも10年あったうえでフリーへ転身するのがいいと思います。

順子先生 そうですよね。すべて自分でやっていかなければいけないので、ゼロからつくっていくことにチャレンジしたい人が向いていると思います。また、私はフリーランスになってから異業種の人と交流できるオンラインコミュニティーに参加しましたが、趣味でも何でもいいので、教員以外の人と話せるつながりやスキルを独立前から持っておくといいかもしれません。

堤先生 フリーランスの資質は、飛び道具があること。何か自分で生み出していきたいのであれば、これだけは自信があるというスキルや分野を持っていないと誰も相手にしてくれません。オールマイティーに何でもできる必要はなく、何か1つでも特化してやってきたことは武器になると思います。

田中先生 お話は後編に続きます!

【フリーランスティーチャー座談会 後編】
早く帰る若手が許せない?「厳しい勤怠管理」以前にすべき重要なこと 教育計画や所見、風土など改善点は山ほどある

田中光夫(たなか・みつお)
1978年生まれ、北海道出身。東京都の公立小学校教員として14年間勤務。2016年、主に病気休職の教員の代わりに担任を務める「フリーランスティーチャー」となる。これまで公立・私立合わせて延べ11校で講師を務める。NPO法人「Growmate」理事としてマーシャル諸島で私設図書館建設にも携わる。近著に『マンガでわかる!小学校の学級経営 クラスにわくわくがあふれるアイデア60』(明治図書)

(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:田中光夫氏提供)