年齢:40代
居住地:首都圏
勤務先:公立小学校
教頭と主幹教諭が無理やり学級担任を兼務
相川さんが勤務する公立小学校は、首都圏のベッドタウンにある。住みやすく子育てしやすいと評判で、人口も増加傾向だ。ところが、臨時教員(臨時的任用教職員)がまったくいないのだという。
「昨年度(2022年度)は3名の休職者が出ましたが、最後まで代わりの教員は来ませんでした。3名のうち2名は産休でしたので事前に欠員が出ることはわかっていましたが、以前は校長や教頭の個人的なつてを頼って何とか補充していたものの、昨年度は駄目でした」
休職した教員は担任を受け持っていたため、担任不在の学級が3つもできてしまった。主幹教諭を務める相川さんと教頭が担任を兼務するだけでは足りず、ほかの教員もカバーに回らざるをえない。結果、授業研究や校務を実施するために確保している空き時間を、担任不在学級を見る時間にすべて充てることになった。
「本来、学級を担当するなら、授業研究をきっちりしてプリントなども用意して『10』を目指したいところです。でも、その時間はなく『5か6くらい』にせざるをえなくなります。主幹教諭としてもほかの教員にいろいろと周知したいことがあるわけですが、作成したい文書ができなかったり、手厚さが足りなかったりしてしまいました。幸い、理解のある教員ばかりだったので、何とかカバーし合うことができましたが、最高の質の教育を提供できたとは言い切れません」
影響を及ぼすのは授業の内容だけではない。タイトな時間のやり繰りは余裕を奪う。その皺寄せを受けるのは子どもたちだ。
「ただでさえ、現場の教員はほとんど休憩時間がないんです。分刻みのスケジュールで動いているので、通常どおりに授業研究の時間を確保できても、コーヒー1杯をゆっくり飲めるわけでもありません。それでも、授業研究の時間はホッとできるんですよね。じっくり授業のことを考えられる幸せなひとときだったのですが、欠員が出たことでそれもなくなりました。だんだん職員室にピリついた雰囲気が広がりますし、そうした空気や教員の余裕のなさは子どもたちにも伝わってしまいます」
教員採用試験の倍率低下で臨時教員の登録者も減少
どのくらい余裕がなくなるのか、相川さんの一日を追ってみた。欠員が発生し、学級担任を兼務した時期のものだ。
「担当した学級が低学年だったこともあり、基本的にはずっと教室にいました。授業の合間に10分間の休みはありますが、教室にいるのでまったく休めません。あっという間に昼になり、息をつく間もなく給食や掃除をこなしていきます。子どもたちが帰宅した後、翌日の授業準備をして、ようやく主幹教諭としての仕事ができます。しかし、報告書や会議の資料をまとめていると、合間に保護者からの電話が入るわけです。5分10分では終わらず、30分から1時間かかることも珍しくありません」
まさに一日中仕事に追われている状態だが、相川さんは「欠員が出なければさほどつらさもなく、定時(17時)に帰宅することも十分に可能」と言い切る。
「長時間勤務が問題になっていますが、17時に帰宅する教員はたくさんいます。私も、学級担任を兼務していないときは、定時は難しくても19時ごろには帰っていました」
もともと相川さんは、プライベートを大切にしてきた。大学卒業後に就職した超優良企業を退職したのは、朝早くから夜遅くまで働く毎日に「自分の時間がない」と感じたからだ。学生時代にテニススクールのコーチをしていた経験から、教えることにやりがいを見いだし通信課程で教員免許を取得。教員になってからは「どんなに忙しくても勤務時間は12時間以内(つまり19時半には帰宅)」「土日は出勤しない」を守ってきた。しかし、欠員を埋める臨時教員もいない状況となった今は、そのポリシーも曲げざるをえない状況だ。
「教員になって約20年ですが、昔は欠員が埋まらないなんて考えられませんでした。この数年で一気に状況が変わってきたんです」
なぜ急激に教員不足が進んだのか。相川さんは「教員のなり手が減っているのが最大の要因だと思う」と話す。実際、教員採用試験の倍率は低下し続けている。文部科学省が公表した2022年度の公立学校教員採用選考試験の実施状況結果によれば、小学校教員の採用倍率は2.5倍と過去最低を更新した。00年の採用倍率が12.5倍だったのと比べれば、かなり「広き門」となっていることは間違いない。採用倍率が低くなっているため、必然的に臨時教員の登録者数も減り、欠員が埋まらなくなるというわけだ。
「採用試験の受験者数も減っているとよくいわれますが、教員を目指す学生は学校現場がブラックな職場であることを知っています。その意味では、昔以上に本気で教員になりたい人が採用試験を受けるようになったといえます。他方で、倍率が著しく下がったことによって、昔なら落ちただろうなと思われる人が採用されるようになったとも感じます」
能力不足・不安要素多めの臨時教員が陥る「負のループ」
「昔なら合格は厳しかっただろう」と相川さんが感じる要素は、コミュニケーション能力不足だ。
「子どもたちを統率できないので、クラス中がわいわいしゃべって授業にならないんです。当然、保護者からクレームが寄せられますが、その対処法もわからない。毎日何人もの保護者と何十分も電話対応をして、さらにつらくなっていく。こうした負のループにはまって、休職に追い込まれるケースが目立ちます」
だからこそ、欠員は年度途中に生じることが多いのだそうだ。実際、2023年2月の衆議院予算委員会※1では永岡桂子文部科学相が「今年度後半の教師不足の状況につきましては、具体的な数については調査は行っていないものの、文部科学省が各教育委員会から聞き取ったところ、年度後半のほうが深刻化する傾向もあると聞いており」と答弁している。
※1 第211回国会 予算委員会 第7号(令和5年2月6日(月曜日))
「仮に臨時教員が来てくれても、安心はできません。とくに若い方の場合、倍率が低くなった採用試験をクリアできなかった方であることも多いので、しっかりフォローをする必要があります」
中には、何らかのトラブルを起こすリスクを感じさせる人もいるそうだ。違和感を察知した子どもからの声を受け、保護者から多数のクレームが寄せられることもあり、フォローには神経を使うが、それでも「いないよりはるかにマシ」だと相川さんは断言する。それだけ、欠員の状況は学校にとって危機的であるということだ。
「今年度は、年度始まりに欠員が出てしまいました。いったんは臨時教員が決まったのですが、始業式の直前に退職代行サービスを通じて辞退してきたのです。周辺でも同じことが起きていて、ほかの小学校では育児休暇中の教員にまで担任受け持ちの打診があったと聞きました」
いったい何のための育児休暇なのかわからないと憤る相川さんは、「教育を軽視した社会に輝かしい未来は絶対にこない」と語気を強めた。
「文科省は、教員免許がない社会人向けの特別免許の活用を促していますが、もっと積極的に展開するべきではないでしょうか。私見ですが、子どもたちにとって、小中高生時代に魅力的な先生に出会えるのは重要な経験と思うんです。いかに子どもたちを引きつけ、適切に統率するかが問われますので、ビジネスの最前線でマネジメント経験を積んだ人や、子育てが一段落した人たちにぜひ参画してほしいんです」
そのためには、教員個々人の善意や意欲に頼るのを改め、給与や勤務時間などの待遇改善に本腰を入れるべきだと相川さんは提言する。「だって、待遇の悪いところによい人材が集まるわけがないですから」。元ビジネスパーソンらしいこの言葉にこそ、教員不足問題の本質が表れているのではないだろうか。
(文:高橋秀和、注記のない写真:metamorworks/PIXTA)
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