ユーグレナ社長で創業者である出雲充氏は東京大学在学中の1998年、訪れたバングラデシュで深刻な栄養失調の現実に衝撃を受け、世界の「栄養問題」を解決したいという問題意識を持った。もし子どもの頃読んだ漫画『ドラゴンボール』に出てくる、あらゆる栄養素が詰まった魔法の食べ物「仙豆」のようなものを作れれば、栄養問題を解決できるかもしれないと。
そんな思いから藻の一種で栄養豊富な「ユーグレナ」に着眼し、東大発ベンチャーとして2005年にユーグレナを創業、同年ユーグレナの世界初の食用屋外大量培養に成功した。12年に東証マザーズ、15年には東証1部に上場し大きな注目を浴びた。現在は食品や健康食品のほか、バイオ燃料などユーグレナを中心に幅広い事業を展開し成長を続けている。
高3の「CFO(最高未来責任者)」から教わったこと
――出雲さんは、文部科学省の教育再生実行アドバイザーを務められたご経験がありますが、現在の日本の教育についてどのような評価をされていますか。
私は教育の専門家ではありませんので、教育再生実行会議で申し上げてきたことは1つしかありません。それは今までの延長線上にない新産業を創出したり、イノベーションを起こしたりする場は今、大学しかないということです。なぜ大学以外から新たなイノベーションは生まれないのか。それは今の大企業の研究開発投資はサイクルが非常に短くなっており、1~2年で結果が出ないものを研究する余裕がなくなっているからです。
例えば、東レさんの開発した炭素繊維強化プラスチックなどは、研究がスタートしてから飛行機に採用されるなど実用化まで25年もかかっています。昔は大企業でもそんなことができたのですが、今はできない。大企業から新しいものを生み出しづらくなっているのです。
――その点、大学は違うということですね。
ええ。大学は長期間の研究ができる場所であり、イノベーションの種が詰まった宝庫でもあります。そんな大学が果たす機能は3つあります。それが教育と研究、そして社会実装です。ただ、これまで日本の大学では教育と研究は一生懸命やってきたものの、海外の大学と比べ、社会実装については後れを取ってきました。
しかし、現在は東大をはじめ、日本でも多くの大学からベンチャーが生まれるようになってきています。これから大学は、こうした流れをさらに加速させるべきです。その意味でも、研究開発を基に大学でベンチャーを起業させ、ビジネスとして成長させていく。そんな働き方やキャリアのつくり方があるんだということを、大学が小中高生にもっと伝えていくことが大切だと考えています。
――今、小中学生に1人1台の端末を整備する「GIGAスクール構想」などによって、教育のICT化が進んでいますが、キャリア開発などを大学と連携していくことも1つの方法かもしれませんね。
大学に行ったら、こんな研究ができて、会社もつくれる。そしてビジネスによって社会的な課題を解決することで、よりよい生活や社会を実現することができる――。せっかく1人1台タブレットを配るわけですから、大学の研究開発やキャリアの作り方を紹介するデジタルコンテンツを取り入れてもいいかもしれません。そうした取り組みを行った学校がこれからは長期的に生き残っていくと思っています。
小中高校生の時に先輩の大学院生やベンチャー起業家の話を聞いて、先輩たちの大学で学んでみようと思う。そして、その子が今度は起業家や研究者となり、また下級生の子どもたちにアドバイスしていく。実際に私も出身校の説明会に呼ばれて話をすると、子どもや保護者に非常に興味を持ってもらえます。これからは大学と接続できる学校と、できない学校とでは、どんどん差が開いていくように感じています。
――ユーグレナでは2019年から、18歳以下限定の「CFO(最高未来責任者)」というポストを設置しています。どのような理由から考えられたのですか。
1つは私たちの会社が、これから変わっていかなければならない、成長していかなければならないと考えたとき、5~10年後にお客様になる世代に選ばれ、成長を続けられる会社になるには何が必要なのか。それを未来のお客様である子どもたちからアドバイスをもらうということです。
例えば、地球環境の観点から、彼らは中身がどんなにいいものだったとしてもペットボトルを使った飲料は買わないし、それを作っている会社を信用できないと言います。イノベーションに今最も近いのは若い人たちです。将来的に会社が生き残るためには何をすればいいのか、そのヒントにしたいと考えています。
もう1つは、就業体験を通して、子どもたちに学ぶ楽しさや学習意欲を高めてほしいということです。若い時の就業体験が学習意欲を高めることは、多くの研究でも明らかになっています。鮮烈な就業体験は本人だけでなく、その周囲の友人たちにも影響を与えるでしょう。会社での体験を通して、学びの大切さを実感してほしいのです。
――CFOの設置によって実際にどのような効果がありましたか。
私個人も変わりましたし、会社も変わったと思います。例えば、初代CFOで高校3年生の小澤杏子さんからは次のように指摘されました。
「なぜ社長は、ペットボトルのお茶を何本も買ってくるんですか。ユーグレナはバイオ燃料を作って地球環境をよくする会社のはずですが、なぜプラスチックを捨てているのですか。マイボトルを持ってくればいいのではないですか」
これを聞いて、私はびっくりして恥ずかしくなりました。その日以来、実際にマイボトルを使うようになりました。彼女はとてもピュアで忖度(そんたく)なく、いい視点で物事に対して意見を言ってくれるのです。
実際に指摘された部分は、コスト的に見れば、現状のままのほうがいいのです。しかし、結果的にコスト高になっても、彼女の指摘どおりペットボトルから紙に替えることにしました。それと同様に、ユーグレナの培養施設における電気の供給元についても指摘を受けました。大人が思いつかないような視点です。こちらも指摘に従い、100%再生可能エネルギーに切り替えました。短期的にはコスト高になりましたが、これから10年後を考えれば、必ず後からやらざるをえない。そう考えれば、着手は早いほうがいい。会社も変わるきっかけをつかむことができました。
――CFOには、たくさんの応募があったと聞いていますが、その中から1人を選ぶとき、何が決め手となったのでしょうか。
第1期生を募集した昨年は500人を超える応募がありました。正直、驚きました。そのときの課題は、SDGsの17のゴールの中で、何に興味があり、ユーグレナでどんなことがしたいのかを論文で提出するというものでした。実際、論文を読んでもいいものばかりで、どれを選んでいいのか本当に迷いましたが、私たちが求めているのは「答え」ではなく「まったく新しい視点」です。そのうえで「度胸」も求めました。それは、もし頭の中でアイデアがあっても、役員会で発言してもらわなければならないからです。選ばれたメンバーたちはそれらが備わっていたのです。
大人たちとの交流の場をセッティングできる学校が伸びる
――そんな今の子どもたちに必要な教育とは何でしょうか。
今は小学生と中学生、高校生と大学生の違いがどこにあるのかわからない時代になっています。中学生が、スマホで検索をするなど、大学生と同じことができてしまうのです。もし大人と中学生が議論しても、大して内容は変わらないかもしれません。
一方で、私が子どもだった時代には、インターネットもスマホもありませんでした。ずっと漫画と本を読んでばかり。つまり、今のように違う世代との接続がなかなかできなかったし、中学生と大学生では差がありすぎたのです。しかし、今はネットによって、その差がなくなってきています。とくにオンライン教育が進んでいる学校であれば、やろうと思ったら、中学生で高校3年生までの勉強を終えることもできます。
その意味で、今は親の職場に遊びに行くとか、就業体験をするとか、大人たちとの交流の場をセッティングできる学校が伸びると思っています。実際、そういう場をセッティングできる校長や先生がいる学校が伸びていて、いずれも有名進学校ばかりです。私も文化祭などで講演のオファーがありますが、高校生が自分で会社に電話をかけてきたり、会社のSNSでつながったりして、オファーしてくることもあります。
それはまさにデジタルネイティブのよいところですよね。そうしたデジタルツールを上手に使いこなしている子どもたちが多い学校ほど活性化しています。これからは同世代だけで付き合っているか、違う世代と付き合っているかで差は広がっていくと思いますね。
――では、昔と比べて今の子どもたちに足りないところはありますか。
そんなもの、ありません。少なくとも私たちにコンタクトしてくる子どもたちは面白い子ばかりです。むしろ今は、中高生に大人が教えてもらったほうがいい。経営者こそ、彼らから学ぶべきだと考えています。これまでうまくやってきた人たちが、デジタルネイティブといわれる若い世代に教えることは少なくなっているはずです。それは今までの延長線上に未来はないからです。新たなことは子どもに教わったほうがいいのです。
一方、学校の先生は今いちばん大変なところで頑張られていると思います。デジタルに対応していかなければならないから。さらに、これから「教える」ということよりも、もっと子どもたちを元気づける、勇気づけることが必要になっていると感じています。今は社会の変化によって、学校の役割も変わってきています。大学も教育や研究だけでなく、地域社会の中で社会実装もやらなければならない時代になりました。
それと同様に、現在の小中高校も教えることに偏りすぎていては駄目なのです。それだけ「教える」という価値が今、低下している。知識という点で、グーグルやAIよりも価値を提供できる先生は世の中にはいません。だからこそ、もっと子どもたちに対してヒューマンタッチであるべきなのです。AIやロボットができないことこそ、元気づけや勇気づけ。これが教育者の本質的な価値であり、放棄をしてはいけない。これからは子どもたちに対して使命感や強い思いを持った教育者こそ、社会を変えていく大きな力になっていくと考えています。
(撮影:今井康一)