テクノロジーの先端が見せる未来の日本

――近い将来、私たちの生活は今まで以上にAIなどのテクノロジーと密接になっていくといわれています。そうした中でテクノロジーとはどのように付き合っていけばいいと思いますか。

テクノロジーに対して適切な理解を持つことが必要だと思っています。今はまだ正直、日本ではコンピュータサイエンスへの理解が不足しているように感じています。プログラミングやAIに通じた人材も足りていないというのが現実で、それは解決すべき課題だと思っています。

すでにサイバーセキュリティに関するリテラシーがないために、SNSアカウントを盗まれてしまうなどの身近な脅威が存在しています。この先、さらにテクノロジーが進展していくので、テクノロジーを使いこなす努力を惜しまないことが大切です。

Preferred Networks(PFN) 代表取締役 最高経営責任者 西川 徹

――確かに、海外に比べて日本ではプログラミングやAIの分野で後れを取っているといわれるようになりました。

例えば、中国では国策的に20年以上前からICT教育に非常に力を入れていました。私がプログラミングコンテスト(プロコン)の国際大会に出ていたとき、日本から参加するチームは数十だったのに対して、中国は数百というチームが予選に出場していたんです。中国では、プロコン優勝者は「ヒーロー」のように捉えられていて、将来の活躍の場もしっかり用意されていました。

一方で、その頃の日本ではエンジニアはどちらかというとオタク扱いで、プロコン出身者が活躍できる場も限られていたことが残念でした。このような過去からの積み重ねにより、中国は層がどんどん厚くなっていったので、今ITが強いのは当たり前の状況だと思います。そこでわかることはいかに「教育」が重要か、ということではないでしょうか。これからの教育次第で日本もICT人材の層を厚くすることもできるし、層が厚くなればトップを目指す人も出てくるはずです。

――日本でも最近は、GIGAスクール構想やプログラミング教育の必修化などの動きがありました。これで遅れを取り戻すことはできるでしょうか。

GIGAスクール構想も、プログラミング授業の必修化もとても面白い試みだと思います。学校に1人1台コンピュータが置かれるようになれば、子どもたちがそれに触れる機会も増えます。ICT人材の層が厚くなる期待感ももちろんありますが、何より、より多くの子どもにコンピュータサイエンスの面白さを知ってほしいですね。

私がプログラミングを始めた頃は、すごいものを作れる、わくわく感やほかの人がやっていない特別感のようなものがありました。プログラミングの義務教育化において、ただ1つ心配があるとすれば、誰もが同じように学校での「勉強」として学ぶことによって「なんだ、こんなものか」と思われたり、「やらされている感」が生じて、好奇心が削がれてしまったりしないか、ということですね。

「教育×テクノロジー」のイノベーションがカギ

――好奇心を削がずに多くの子どもたちにプログラミングを楽しんで学んでもらうにはどのような教育がいいのでしょうか。

身近なところや生活の中でプログラミングの活用例を子どもたちに見せていくことで、子どもたち自身がリアリティを持って接することができると思うんです。でも、それをプログラミングの専門家ではない先生がすべて担うことは難しい。例えば算数などのほかの科目でも、その科目をよく知らなければ面白おかしく教えることができないように、プログラミングも詳しく理解していなければ真の面白さを伝えることは難しいと思います。

だからこそテクノロジーを使って、子どもが自ら学べるように工夫することが大事だと考えています。理想は、テクノロジーをもっと教育の現場に投入してイノベーションを起こすことです。例えば、生物を学ぼうと思ったときに本を読んで勉強するだけでなく、タブレットがあれば3次元的にいろいろな角度から臓器内部の構造まで学ぶことができますよね。それが教材の魅力になり、子どもたちの学ぶ意欲にもつながります。子どもたちがゲームだったら没頭できるのであれば、ゲーム感覚で学べる教材を教育現場に導入することで、自然と学ぶことを増やせるかもしれない。さらに、実力に応じて課題を出す「アダプティブラーニング」(※)も可能になります。このように、プログラミング教育においても子どもたちが自発的に勉強に没頭できるような教材を導入していく必要があります。

※アダプティブラーニング:学習者一人ひとりに最適な学習内容を提供することで、より効率的、効果的な学習を実現する方法

――PFNでもテクノロジーを使って初等教育向けの「Playgram」というプログラミング教材を開発し、教育事業を本格スタートしています。

ビジュアル的にプログラミングの基本を学ぶところから本格的なテキストコーディングまで段階的に学べる教材が必要だと考えて設計しています。それこそ、ゲームにも使われる3Dグラフィックを採用し、パズルを解く感覚でプログラミングを駆使して課題を解決する面白さを体感できます。また、子どもの学習進捗に応じたさまざまなモードがあり、ゲームのようにスコアを競ったり楽しんだりしながら「自学自習」できる工夫を凝らしました。

順を追ってビジュアル的なプログラミングをテキストのコーディングへシームレスに結び付ける特徴がある(提供:PFN)

「好きこそものの上手なれ」と言いますけれど、子どもこそ一度没頭したら大人もついていけないほど自分で学び、成長して才能を開花させていくものです。

私はもともと教えることも好きでした。中高の部活で教えるという体験をしたことで、チームの技術力を底上げし、それまでできなかったことができるようになりました。組織全体が強くなっていくことを感じて、教育の持つ力はすごいと、ずっと「教育」には関心を持ってきました。今こそ、テクノロジーの力を活用して「教える」ことで日本の子どもたちや未来に貢献できると考えています。

――プログラミングの義務教育化の中でICTに強い人材は輩出されてくるでしょうか。

もちろん人それぞれの相性もあるので、すべての人の才能を開花させられるとは言えません。でもそれはほかの科目も同じです。大事なのは、プログラミングが義務教育化することで、層が厚くなり、1人でもプログラミングにハマってくれる人が増えることです。これまで磨かれる機会がなかったプログラミングの才能が、磨かれるかもしれないという可能性を最大化させることなんです。ある程度使いこなせるようになるまでしっかり義務教育の中でプログラミングを学べば、それを面白いと思うか、才能があるかどうかにも気づくことができると思います。そして私をはじめ教育に関心が高い人は「磨けば光る原石があれば、磨かずにはいられない」のではないでしょうか。

――確かに、才能に気づいた生徒には自由に学ぶ機会を与える環境づくりが重要かもしれません。

そういった意味では、GIGAスクール構想も、プログラミングの義務教育化も大きな期待感があります。しかし、プログラミング経験のある先生は多くないと思うので、教える側にとっても適切な教材を提供することが重要です。先生方がプログラミングを教えることに慣れてきたら、もっと教えやすくなるようにカスタマイズできるなど、教材そのものを楽しめる、興味を持てるものにする必要があると思います。 

1人でも子どもが楽しんで学ぶことができる(提供:PFN)

 ――どんなところにほかの科目との違いがあるのでしょうか。

極端なことを言ってしまえば、現在の学歴の高さはいわば「課金ゲーム」の結果のようなものです。学校での学びも重要ですが、腕のいい塾の先生に見てもらうことで学力が向上するという側面も否めません。

一方で、プログラミング教育の現状は、試行錯誤しながらどうやって教えていくかを模索している状況です。また、コンピュータが1台あれば無料のソフトウェアがたくさんあるし、本人に学ぶ意欲があればそこからいくらでもチャンスを広げていくことができるので、教育の格差を解消する可能性もあると思います。実際、私も自分がプログラミングを突き詰めるようになっていったのは自らの意思によるものですし、PCさえあれば自分でどんどん能力を身に付けることができる、強くなれる、と感じて没頭したところからでした。

――そこに注目して初等教育向け教材を皮切りに教育事業に参入していったというわけですね。

そうですね。「学び」との出合いは初等教育がきっかけになることが多く、「反復練習」的な学習に向いている小学校中学年くらいまでの時期にプログラミングに出合ってもらうことでよりひきつけられると考えています。だからこそ、やる気のある小学生がどんどん自分で学んでいけるプログラミング教材として「Playgram」の開発に至りました。

プログラミングに限った話ではないですが、ある程度早い段階でしっかり学ぶことで自分の才能に気づくことができます。ですから、学校の先生には、子どもが興味や関心を持ったときに、どこまでも没頭できるよう、温かく見守っていただきたいですね。

西川 徹(にしかわ・とおる)
Preferred Networks(PFN) 代表取締役 最高経営責任者  
東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 修了
大学院在学中にプログラミングコンテストの世界大会に出場したメンバーと株式会社Preferred Infrastructureを設立。情報検索、自然言語処理、機械学習、分散システムなどの技術を用いたソフトウェア開発、顧客パートナーとの共同研究・開発を行う。IoTの発展に伴い生み出される大規模かつ多種多様なデータを処理する技術として注目される機械学習、特に深層学習への取り組みを加速させるため2014年に株式会社Preferred Networksを設立

(注記のない写真は今井康一撮影)