本質は読書量ではなくて読み方にある
──東大生というと、小さい頃からたくさん本を読んでいるイメージがありますが、普段どのくらい本を読んでいますか。読書量と学力には相関関係があるともいわれています。漫画にも同じことがいえると思いますか。
姜利英(かん・りよん) 自分の周りにいる頭のいい人たちは、すごく活字を読んでいる印象です。学術書、論文、小説、新書、もちろん漫画も。読んで情報をいっぱい頭に入れることを小さい頃に習慣化できた人は、難しい本に手を出す参加障壁が低いのではないかと。漫画も含めて読書量の多さは、勉強ができる素地をつくっているのではないでしょうか。
田之倉芽衣(たのくら・めい) 私も、もともと本好きです。小学校の時は小説を中心に、中学・高校では学校の図書館に入り浸って心理学系の本なども読んでいました。漫画は小さい頃は自分で買って読む文化はなく、兄弟が持っていたものを読んでいましたね。本を読むときには何かしらの動機、目的があって、そこをきちんと意識して読むと、得られるものが増えるので、その点については本も漫画も同じだと思います。
西岡壱誠(にしおか・いっせい) 僕は中学・高校の頃、年間100冊ぐらい漫画を読むほどのオタクで、「漫画を読んで勉強になった」という経験が実感として多くあります。一般書も漫画も、読書量は本質ではなくて、読み方の問題だと思います。同じ漫画を読んでも、得られる知識が多いとか、何にでも勉強につなげられるのが頭のいい人って気がします。
──歴史漫画や科学漫画など、いわゆる学習漫画は読んでいましたか?
西岡 うちにもあって、ことわざの4コマ漫画が好きで結構読んでいました。読むか読まないかはわからないけど、「どれを読んでもいいよ」と家に本棚が用意されていたという東大生は多いですよね。西岡家もそうでした。ちなみに僕の友人は、裁判について描かれた漫画を読んで、法学部を志しました。なので、学習漫画は学問の入り口になると思っています。
田之倉 私は偉人の伝記シリーズをよく読んでいました。直接、受験勉強に役立つわけではないけど、知識教養を得るきっかけにはなりますよね。
姜 学習漫画とは違うけど、高校の古文単語帳に4コマ漫画が載っていて、それを見て「十二単(ひとえ)ってこういうものなんだ」って理解したことがありました。そうしたことも知識の補完に役立ちますね。
西岡 要は漫画で学ぶメリットが、どこにあるかですよね。物事を学ぶとき、事実の羅列だけではつまらなくて、その情報に感情を揺さぶるようなエピソードが伴うことで、理解が進んだり記憶に残ったりする。そこに一役買うのが漫画なんじゃないかな。その点で、漫画はストーリーになっていていい。それだったら小説でもいいのでは?と思われるかもしれませんが、その背景や空気感も漫画は描いてくれます。
姜 漫画は、視覚的に5W1Hが理解できるのが大きなメリットですよね。文章を読むうえでは、状況設定を把握することが大事で、国語のほか英語の長文読解や数学の文章問題を読む際にも必要な力です。
この読解力を鍛えるのに、僕は『推しの子』(赤坂アカ原作・横槍メンゴ/集英社)が推し! 設定が複雑だけど、主人公の年齢が大学生と同じくらいなので、共感しながら状況設定をつかむ練習ができます。
田之倉 国語なら『文豪ストレイドックス』(朝霧カフカ原作・春河35/角川書店)もいいですよ。実在した文豪をキャラクター化していて、各自が自分の作品にちなんだ異能を使って戦うお話。作者と作品名の組み合わせを答える試験問題が苦手だったけど、この漫画に出合って覚えることが楽になりました。
キャラクターに影響されて変わった僕らの人生
──国語以外で、勉強に役立ったという漫画はありますか。
姜 『ヘタリア World☆Stars』(日丸屋秀和/集英社)です。国を擬人化したコメディーで、地理や世界史の勉強になりました。理科だと『はたらく細胞』(清水茜/講談社)が面白かったですね。
田之倉 科学の理解を深める土台づくりとして、私は『鋼の錬金術師』(荒川弘/スクウェア・エニックス)がお薦めです。
この漫画では、例えば鉄をドロドロに溶かして大砲に再構築するなど、人間が反射炉でやっていることを錬金術で一瞬のうちにやってしまいます。物質の構成要素や性質を理解し、再構築していろいろなものを作り出すわけですが、同じ物質からは同じ物質のものしか作れないなど、科学の法則を学べる一冊だと思います。
西岡 『ドリフターズ』(平野耕太/少年画報社)と『ファイアパンチ』(藤本タツキ/集英社)もいいですよね。
前者は織田信長やハンニバルなどの偉人が登場する異世界転生系。信長の時代にはない携帯電話みたいなアイテムが出てきて、戦況がガラッと変わる。大学入試の世界史に、「通信技術の発達がどのような影響をもたらしたか」なんて出題があったけど、この漫画はそういう学びの本質を考えさせてくれます。
後者はダーク・ファンタジー。消えない炎に体を焼かれながら生き続ける主人公は、不死身なんですが内面は子どもで、正義感があります。周りの人の勝手な解釈によって、主人公が救世主を演じるうちに、その演技が独り立ちしていくという、宗教がつくられる過程みたいな物語。社会学の演劇論にもつながる、興味深い作品です。
──自分の考え方や人生観が刺激された作品はありますか。
姜 2つあります。まず『ワールドトリガー』(葦原大介/集英社)。SFアクションですが、主人公が弱いんです。弱いけど、どうしたら格上の相手に勝てるか逆算して勝利を収めていく。その思考法は今の僕の基本的な姿勢になっています。
もう1つは『ぬらりひょんの孫』(椎橋寛/集英社)です。主人公は一見すると普通の中学生だけど、実は妖怪と人のクオーターで、自分の出自に葛藤するシーンがあるんです。僕自身もルーツが韓国だったので、主人公と生い立ちが重なる部分があって。自分の大事な礎、アイデンティティーを築いてくれた作品です。
田之倉 私は、キャラクターに影響されることが結構あります。音大生を描いた『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子/講談社)でピアノを習い始めたり、自転車競技の『弱虫ペダル』(渡辺航/秋田書店)でロードバイクに乗り始めたり。『ヨルムンガンド』(高橋慶太郎/小学館)では、武器商の女性に憧れて、自分の中のリーダー像になっています。
西岡 作中の言葉に心を動かされることも多いですよね。
『20世紀少年』(浦沢直樹/小学館)をはじめ浦沢作品が好きなんですが、『BILLY BAT』(浦沢直樹・長崎尚志ストーリー共同制作/講談社)では、「お前の役割はなんだ」というセリフが繰り返されます。登場人物が何かの役割を与えられて、それに動かされていくのがフィクションの鉄則ですが、現実社会も同じ。レゾンデートル(存在を正当化する根拠)を感じさせる漫画です。
身近なところでは、子育て中の母親の日常を描いた『毎日かあさん』(西原理恵子/毎日新聞社)。このお母さんがとにかく適当で。普通の人なら怒るようなことを楽しんで、深刻なことも大したことないって受け流す。入試に落ちたときに読み返して、そうだね、深刻に捉えすぎたねって思わせてもらいました。
漫画だって幸せや努力の本当の意味を教えてくれる
──自分に元気や勇気を与えてくれたりする作品はありますか?
田之倉 基本的にスポ根漫画ですね。『ハイキュー!!』(古舘春一/集英社)とか『ダイヤのA』(寺嶋裕二/講談社)とか、努力して頑張る人を見ていると、自分もやるぞって気持ちが湧いてきます。
他人と比べてつい落ち込んでしまうときは『いつかティファニーで朝食を』(マキヒロチ/新潮社)。仲のよいアラサー女性4人の生き方を描いた作品で、日常の中にある小さな喜びに気づくことが、幸せになるための近道だってことを学びました。
西岡 僕は『3月のライオン』(羽海野チカ/白泉社)。主人公は孤独な高校生プロ棋士。棋士って努力しても勝てるかどうかわからない。才能という壁に阻まれることもある。だけど、本気で取り組む過程で、自分の人生が勝ち負けだけではない部分で満たされ、豊かになることだってある。頑張ることの意味を説教くさくなく教えてくれる秀作です。
もう1つ挙げるなら『チ。―地球の運動について―』(小学館/魚豊)ですね。地動説がテーマで、知識欲は人間の根源的欲求だと思わせてくれる。ただし、欲もきちんと扱い考えなければ危険だという、バランスの難しさも感じさせてくれます。
姜 僕は、やっぱり先ほどの『ワールドトリガー』ですね。何十回も読み返して、効果音のズガーンとかドドドッとかまで覚えている、どハマりの作品。1つの作品に入れ込むと、ほかの作品でも「これって何、どういうこと?」と細部にまで目が届くようになる。漫画でも一般書でも選ぶときには、とにかく「これ面白そう」という感覚を大事にしています。
──ほかの皆さんは本をどんな尺度で選んでいますか。
田之倉 自分の問いに答えてくれそうな本を選ぶようにしています。答えを求めて本を読むと知識が入りやすいし、何より「積ん読(つんどく)」になりにくいです。
西岡 自分で自分の枠を狭めないことが大事だと思っているので、意識的にジャンルを散らして、あれこれ読みます。本を読むだけで完結しないように、お互いの感想を言い合える友達もつくるようにしています。
──たとえ興味がなかった本でも、読んでみると、経営課題やその解決のヒントが見えてくるという経営者の発想ですね。一般書に限らず、漫画で読んだことも勉強につなげてしまう東大生の頭の中を垣間見ることができました。ありがとうございました。
(文:田中弘美、注記のない写真:Kana Design Image / PIXTA)