このところ、ほとんどの都道府県、政令市では、教員採用試験の受験者を増やそうと、躍起になっている。地方の教育委員会では、主要都市で採用試験を実施したり、説明会を開いたりすることは珍しくない。YouTubeなどで先生の仕事の魅力についてPRしている自治体も多いし(例えば「先生になろう」で検索してみてほしい)、中高生やその保護者向けにセミナーを開催しているところもある。

東京都では、新年度から大学3年生などに前倒しで1次選考試験の一部を受けられるようにする。これに危機感を覚えてか、相模原市なども同様の動きを見せている。国では、与野党が「給特法」のあり方を含めて教員の処遇などを議論しているし、文部科学省も有識者会議で検討している。

あの手、この手のこうした動きは、はたして効果的なのだろうか。

妹尾昌俊(せのお・まさとし)
教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表
徳島県出身。野村総合研究所を経て、2016年に独立。全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。学校業務改善アドバイザー(文部科学省委嘱のほか、埼玉県、横浜市、高知県等)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁において、部活動のあり方に関するガイドラインをつくる有識者会議の委員も務めた。Yahoo!ニュースオーサー、教育新聞特任解説委員。主な著書に『教師と学校の失敗学 なぜ変化に対応できないのか』(PHP新書)、『教師崩壊』(PHP新書)、『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』(教育開発研究所)、『学校をおもしろくする思考法 卓越した企業の失敗と成功に学ぶ』『変わる学校、変わらない学校』(ともに学事出版)など多数。5人の子育て中
(写真は本人提供)

リソースを使い果たす前に

「できることからやってみる」ということも大切な考え方だし、前例踏襲ではないチャレンジをする教育委員会などを私は応援したい。とはいえ、同時に押さえておきたいのは、教育行政職員も、部署によっては学校現場以上に過重労働であることだ。彼らの健康も心配だし、あまり効果のない施策に貴重な人手と時間が取られると、もっと有効な施策に手が回らなくなる。経済学で「トレードオフ」という有名な考え方がある。何かに時間を使えば、別の何かが犠牲になる。あれもこれも、全力投球できるわけがない。

なるべく少ない労力で効果の大きい、レバレッジの高いことに取り組むことが肝要だ。それはどんな施策だろうか。ヒントとなる調査が最近実施された。ここでは2つ紹介しよう。

1. 浜銀総合研究所「教職課程を置く大学等に所属する学生の教職への志望動向に関する調査」
・文科省の委託で、浜銀総合研究所が実施
・全国の229の大学に文科省を通じて、学生にメールなどで案内、回答してもらうよう依頼
・卒業年度にある4年生を対象にしたインターネットによるアンケート調査
・令和4年2月から3月に実施
・有効回答数は9291件
・調査結果はこちら

2. 愛知県総合教育センター「教職の魅力向上への課題に関する調査研究」
・実施主体は愛知県総合教育センター
・教育学部・学科などを持つ6大学の教職課程を履修する学生向けにインターネットでアンケート調査を実施
・学部1年生から4年生、大学院生も含まれる。
・令和3年4月から5月に実施。
・有効回答数は1781人。
・調査結果はこちら

大学に入る前に志望は固まっている

まず、教職を最初に目指した時期について見てみよう。浜銀総合研究所の調査によると、卒業後教員になる予定の学生の約5~6割が小中学生の頃(小学校以前を含む)で、高校生の頃も約3割でだった。

愛知県総合教育センターの調査によると、教職を志した理由として、教員になることを希望する学生(教職希望学生)では、迷い中の学生(不確定学生)と比べて、「理想となる先生に巡り会えたから」に「とても当てはまる」と回答する割合が多かった。

これらからわかることは、教員志望が相当強い学生は、大学に入る前にかなり意思を固めている、ということだ。

教職以外への人材流出

さて、最近、多くの小中学校などで教員不足、講師不足が深刻化している。予算が足りないわけではなく、人手不足のため、欠員状態が発生している。

これは、教員需要の問題(少子化とはいえ、かなりの数の教員の確保が必要な事情があること)と供給の問題(教員志望者や講師登録者が減っていること)の両面に分けて考える必要があるが、ここでは、主に供給面に注目しよう(参考:公立学校教員採用選考試験「小学校で過去最低の2.5倍」、低倍率のカラクリ)。

教員、講師のなり手が減っているのは、幾重にも離脱するタイミングがあるからである。

1. 教員を目指そうと思えるかどうか。
2. 大学などの教職課程に進むも、「難しい」「忙しすぎる」などで修了できない、免許を取得しない。
3. 教員免許を取っても、教員採用試験を受けない(民間やほかの公務員に就職する)。
4. 採用試験に合格となっても、教職以外に就職する。
5. 採用試験に不合格となった後、講師登録をしない。
6. 教員として働いたものの、労働環境や処遇の問題などで辞めてしまう。

かつては、教員採用試験の倍率が高い自治体は多く、数年かけてでも正規教員になろうとする人が相当数いた(多くの場合、講師という非正規職となって仕事をしながら採用試験に再チャレンジする)。

だが、今はそうした人は減っているようだ(文科省「公立学校教職員の人事行政の状況調査」などを参照)。上記1~5の各段階で教員以外の職に流出していることが背景の1つにある(このほか、定年退職となる人が多い時期に当たるなど、教員需要の背景もあるが)。

教育実習後、教員になりたくなくなる

1についての関連データは前述した。2~5については、どうか。浜銀総研調査によると、教員以外に就職予定の大学4年生のうち、約2~3割が座学での教職科目の履修後に志望度が低くなった、と回答している。また、同じく教員にならない予定の学生のうち、約3割が教育実習後に教員志望度が下がったと回答している。いずれの設問も、卒業後教員になる学生とは対照的な結果だ。

つまり、大学での授業や教育実習が教員志望者を減らしている可能性が高い。もちろん、どんな授業でも、すべての学生の目を輝かせるようなことは難しいだろう。また実際に、実習で子どもたちと接することで、自身の適性や向き、不向きを考えた学生もいたことだろう。なので、教員志望者がある程度減ることは自然なことといえる。

だが、教員に向いている学生であっても、履修するカリキュラムが多すぎたり、つまらなかったりして、免許取得に至らないケースも相当数あることが推測できる。また、現場を経験して、過酷な勤務実態や支援の薄さなどを目の当たりにすることで、諦めてしまう(見切りをつける)ケースもかなりあるのではないか。

ワーク・ライフ・バランス無視が嫌、耐えられるか不安という声が多い

愛知県総合教育センターの調査では、教員になりたいと思っていたが取りやめた学生に、その理由を尋ねている。男女別の結果が次のグラフだ。

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出所:愛知県総合教育センター「教職の魅力向上への課題に関する調査研究」資料

「休日出勤や長時間労働のイメージ」との回答が男女とも多く、とくに女性では約7割が「とても当てはまる」「やや当てはまる」と回答している。「職務に対して待遇(給与等)が十分でない」という回答も男女とも多く、給特法によって残業代が出ていないにもかかわらず、長時間労働が常態化していることも反映しているのであろう。

「教員免許状取得のための単位数が多い」「教育実習が大変」という回答も相当数あり、前述のとおり、カリキュラムオーバーロード(オーバーロード=過重積載という意味で、負担が大きいこと)となっている可能性を示唆する。教員免許取得に至らない前述の2のケースもかなりあることだろう。

「内定の時期が遅い」は、ほかの項目と比べると少ないが、2割前後の学生はそう答えている。

また、教員になるつもりの学生(希望学生)と、どうするか迷っている学生(不確定学生)に対して、教職を志すに当たって不安に感じていることも聞いている。「授業がきちんとできるか」「保護者とどのようにして向き合っていけばよいか」といった不安も大きいが、「仕事が忙しすぎないか」という回答も8割以上に上る。

一丁目一番地は何か

さて、施策や対策の効果を検証したいとき、どうしたらよいだろうか。例えば、学生を無作為に2グループに分けた後で、片方のグループだけにPR動画を見せるなど介入して、採用試験を受ける人がより多くなったかを追跡調査することが必要だろう。ただ、そうした調査や社会実験はあまり現実的ではないし、管見の限り実施されていない。

そこまで厳密にできなくとも、可能な限り実態把握、事実確認をしながら、効果的な打ち手なのかどうかを事前に検討したり、事後に確認、評価したりすることが必要だろう。

ここで紹介したのは、限られたデータであるし、そこから断言することは難しいものの、調査を参考に考えられることを2点に整理したい。

第一に、教員人気を上げたい、なり手を増やしたいのであれば、今の学校現場で働いている先生たちを大切にする施策を打つべきである。

というのも、教員志望の意思が強い学生の多くは、自身の小中高生のときの経験が影響している。一方で、教育実習で幻滅する人や「あー、やっぱり学校で働くのは大変だな」と実感して、教職を目指さなくなる学生もかなりいる。社会人からの転職を考えても、似たことがいえるだろう。

要するに、今の先生たちが生き生きしていないと、駄目なのだ。はっきり申し上げると、中高生向けに説明会などをする暇があるなら、学校を支援するほうに教育委員会は人手と予算と時間をかけるべきだ。「教員はこんな魅力があるよ」といくら動画や説明会でPRしても、それは、都合のよいところを切り取っているだけと思われるだろうし(その程度の批判力のない人が教員になるなら、逆に心配だ)、よき恩師に出会ったなどの体験に勝るものにはならない。

多くの学生が、プライベートを過度に犠牲にせざるをえないような学校現場の働き方には疑問や不安を感じている。教師という仕事のやりがいや魅力を感じていたとしても、ワーク・ライフ・バランスを無視した状況ではやってられないと思っている人も少なくないし、自分がやっていけるか自信がないというのが、おそらく上記の調査からも推測されることであろう。

ちなみに、学校現場の負担軽減や働き方改革を進めることは、一石二鳥にも三鳥にもなる。教員人気に関係が深いというのが1つ。もう1つは、過重労働や高ストレスで休職や離職に追い込まれる人を減らす効果がある(教員不足の解消に寄与)。さらに、将来教員を目指す人を増やそうといった打算は関係なく、今の多くの子どもたちへのケアや授業の質にも影響する。

教職課程の負担軽減や実習のあり方を検討するべき

第二に、学生に対する負担軽減も重要だ。「教員免許を取るハードルを下げては、質が下がるのではないか」という心配もあろうが、一方で、現行のようにカリキュラムオーバーロードが懸念される状況では、優秀な学生を逃している可能性もある。

教職の専門性は大事だとはいえ、現行は養成段階で相当な負荷をかけており、現場配属後の即戦力志向が強すぎるのではないか。4月に新卒採用された数日後から、いきなり学級担任を任されたり、1人で授業を始めたりすること自体を、もっと問題視するべきだと思う。これは国の役割だ。

つまり、採用後の育成である程度カバーしていけるものは、採用前の履修は少なくていい。ICT活用や特別支援教育など、教員に求められるものは、どんどん高度化、複雑化しているから、仕方がない側面もあるとはいえ、学生の負担や大学などのカリキュラムのあり方も議論していくべきではないか。

また、教育実習は、貴重な現場体験の場であることには疑いがないが、学生にとっても、受け入れ側にとっても負担が重い。そのため実習期間の短縮を検討することが1つ。また、教員不足の状況ではあまり現実味はないかもしれないが、拠点校に実習生を多めに配置する代わりに加配教員をつけたり、その時期だけ指導主事など教育委員会職員も学校で支援する体制を整えたりすることなど、これまでどおりでない方法も考えられるのではないだろうか。

以上、2点提案した。繰り返すが、世の中では多くのことがトレードオフだ。あれもこれも、やみくもに手を出しても、くたびれてしまう。そんな大人の姿を見て、子どもたちはどう思うだろうか。教員人気を左右する最大の広報の場は、今の学校現場にあるのであり、説明会やYouTube上ではない。

(注記のない写真:Greyscale / PIXTA)