年齢:40代
勤務先:私立高校(退職済み)
閉塞感漂う環境で離職者は毎年10人以上
江藤さんが勤務していたのは、高校野球の好きな人なら誰もが知る有名私立高校。「甲子園」の出場回数は、その地方でも断トツだ。野球以外のスポーツも強く、難関大学への進学者も多数。いわゆる「マンモス校」と呼ばれる学校で、周りからはよく「高い給料をもらっているんでしょう?」とうらやましがられたそうだ。しかし、実態は真逆だった。
「初任給は21万円、約10年勤務して最後は25万円でした。これは手取りではなく額面です。部活動の休日手当は出ましたが、10時間未満だと1日1000円。公立学校で部活動の休日手当が問題になったときも、4時間で3000円※1と聞いて『そんなにもらえるの? いいなあ』と思いましたね」
野球部の監督やコーチも同額なのだろうか。そう聞くと、江藤さんは「本当のところはわからない」と前置きをして次のように答えた。
「一般の教員よりも高額だろうとは言われていました。みんな気になっていますが、いわばアンタッチャブルな存在なので聞くに聞けないんです。でも、われわれと同じ年収300万円前後にはとても見えませんでしたね。
給料以外にもいろいろと優遇されていたようです。私たちは公立学校の先生方と同じように夜遅くまで雑務をこなしますが、彼らはほとんどしませんでした。受け持っている授業数も少なかったですが、文句を言える雰囲気ではなかったですよ」
ここまで特別扱いされるのは「甲子園効果」があるからだ。試合があれば1日中校名が全国にアナウンスされ、新聞や雑誌、ネットメディアなどの取材も殺到。一切の費用をかけずに強力な宣伝となるのだから、学校側がバックアップを惜しまないのも納得だ。
一方で、校内には少なからず不協和音が生じていた。とくに、ほかの運動部顧問の教員は「面白くない」と漏らしたという。同じく全国大会で活躍しても、野球部とは“扱い”が違うのだから当然だろう。
「でも、反旗を翻す人はいなくて、『“上司”の命令には従うしかない』という感じでした。教職員組合があればまた違ったのでしょうが、そんな活動は難しかったですね。私が入ったときも、『組合はつくろうと思わないほうがいい。いられなくなった先生が何人もいる』と先輩教員が耳打ちしてきたほどでした」
ちょっとしたミスで降格人事が行われるような環境の裏返しで、学校内で少しでも影響力を拡大しようと派閥も形成された。この雰囲気に耐えられず、年度の途中で辞めてしまう教員を含め、毎年10人以上が離職していったという。
※1 文部科学省は2019年から公立中学校教員に支給する部活動手当を3000円から3600円に増額している。
教育活動が疎まれ、「営業活動」を強いられる
それでも、生活の安定が保証されるならまだよかっただろう。しかし、住宅ローンの審査が通らない時期もあったというから驚く。
「マンモス校なのにまさかと言われますが、私学助成金が不交付になりそうだったことがあるんです。校内で学校の倒産が囁かれ始めた頃、住宅ローンを組もうとしていた先生は審査に通りませんでした。やはり金融機関はそういった情報収集能力が高いんだなと変に感心しましたね」
ちなみに、不交付の理由は学校事業の停滞ではない。経営の多角化を図るなかで発生したトラブルが原因だというから、教員側はたまったものではないだろう。
「だから、学校というよりも『企業』ですよ。教えることよりも、儲けることが大切なんです。特徴的なのは、営業活動をさせられることです。『この地区から入ってくる生徒が減ったから、小中学校に行って募集活動をしてこい』と“上司”の先生に言われて、あちこち走り回る。公立学校の先生方は、いくら雑務が大変でも営業活動まではしませんよね。私立の中には、私の勤務校のように、公立同様の雑務をこなしながら営業もしなくてはならない学校もあるんです」
営業活動自体は忌避するものではないが、教員本来の仕事である「教える」ことがおろそかになってしまうと江藤さんは訴える。
「勤務校では、補習も禁じられました。生徒に『わからないから教えてください』と聞かれたら教えるのが教員として当然の姿勢だと思いますが、『補習は1講座いくらとお金をもらってやっているのだから、勝手にタダで教えるな』というのです。追加教材を作成して印刷したら『紙の無駄だ』と怒られ、教員がセミナーや研究会に出席するのも疎まれました」
ブラックボックス化された私立学校の文化や待遇
もちろん、すべての私立学校が同じ状況ではない。「給料も職場環境もピンキリ」と江藤さんが話すのは、自身の経験も大きい。
「中学校まで勉強が嫌いだったんですが、私立高校に入って初めて『面白い』と思ったんです。先生がひとつひとつ深掘りして教えてくれて、探求する楽しさを知りました。待遇も良いと聞いていたので、教員になってみようと思ったんです」
だから江藤さんは禁じられても生徒の質問に答え、独自に教材を工夫するなどできる限り誠実に職務に取り組んだ。「いつ辞めてやろうか」と思いながらも10年の月日を過ごせたのは、「生徒に教えるのが面白かったから」だと話す。
「私立は公立より、自由に教育できる部分はあると思います。組織としての閉塞感はありましたが、1人の教室ならやりたい授業ができますし、しっかり生徒と向き合えました。もう少し給料をもらえていたら、今でもなんとか続けていたかもしれません」
さまざまな教育を試してみたい人にとって、私立高校は魅力的なフィールドだろう。ただ、情報がブラックボックス化してしまっているのが問題だ。
「学校の文化や経営方針、組織内の雰囲気はなかなか外からは掴めないものです。教職員組合の有無や理事会メンバーの構成は目安になりますが、それだけで判断するのも難しいでしょう。それに、公務員である公立の先生に比べれば、どうしても不安定な立場です。有名校だからといって給料が良いとは限らないことも含め、改善すべき点はたくさんあると思います」
文部科学省「私立学校・学校法人に関する基礎データ」の「私立学校の状況」によれば、2022年5月1日現在、全国の私立高校の数は1320校と高校全体の27.4%。生徒数で見ると、高校生の34.3%が私立高校に通っている。次代を担う人材の育成において、私立高校も重要な役割を果たしていることは疑いようがない。とりわけ学校法人という公益法人が運営する学校においては、江藤さんが体験したようなガバナンス不全から脱却し、待遇の向上を含めた経営の健全化を図るべきではないだろうか。
(文:高橋秀和、注記のない写真:Graphs / PIXTA)
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