投稿者:藤崎 浩大(仮名)
年齢:50代
居住地:東京近郊
勤務先:高校

異動志願者は長年ゼロ、「底辺校」として知られる公立高校へ

藤崎さんは高校卒業とともに、理科の実習助手として教育現場に携わるようになった。そのうち教師に対する関心が高まり、夜間学部のある大学へ進んで理科教員となる。その後、いくつかの公立高校に赴任してきたが、11年前、現在勤務している教育困難校に自ら異動願を出した。

「きっかけは、前任校で理科教諭が“過員”となったことです。誰かが異動せねば……という状況で、次の場所へ動こうと思いました。そこで浮かんだのが、“底辺校”として有名で異動願を出す教員が毎年1人もいなかったこの学校でした。中の教員もいち早く離任したがっていて、そんな高校にいる生徒はどんな子たちなのか気になったんです。かわいそうだとも思ったし、困難校を知らずに教育は語れないという気持ちもありました」

異動願はすんなり通り、着任した当時を振り返って藤崎さんは「やはり荒れていましたね」と語る。廊下を自転車で走る生徒に、校内での飲酒や喫煙。まじめに授業を受ける生徒もいたが、大多数の生徒が「教科書を開かない」「授業を聞いていない」状態だったという。地域の保護者たちが「わが子を行かせたくない」と言うのもうなずける学校だった。

生徒たちの学習は「小学校レベル」で止まっていた

「教育困難校」とは、生徒の授業態度や学力に問題があり、また非行や校内暴力などによって教育活動が困難な学校を指す。藤崎さんの学校も、入学者の約半分が退学する年があるほどで、着任早々に退学処理の仕方を覚えさせられたのが衝撃だったという。

授業ではこれまでの教員生活で培った知見を基に、学力の低い生徒に向けてさらにかみ砕いた表現を心がけた藤崎さん。それでもテストの平均点は10点や20点だった。

「こんなに丁寧に教えているのになぜできないのか。今までのやり方がまったく通用しませんでした。そこで夏休みの間に、中学校からの内申書や申し送りなど、彼らの背景をじっくり見ていくと、小学校4年生あたりで勉強につまずいていることに気がついたのです」

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(画像:mits / PIXTA)

実際、九九を言えない生徒も少なくなかった。これは高校の授業どころではない――。小学校からの“学び直し”が必要だった。

「教育困難校では定員割れも珍しくありません。中学校にまともに通っていなくても、極端ですが入試が0点でも入学できるケースもありますから、何かを学ぶための基礎学力すら置いてきてしまった生徒が集まっていたわけです」

漢字がわからず板書を写すのに時間がかかる生徒や、足し算でつまずく生徒も多く、ましてや理科の専門的な内容にはとても踏み込めない。そこで、黒板の内容をすべてプリントで渡したり、定期テストで授業とまったく同じ出題をするなど、赤点を減らす取り組みから始めることにした。

「対症療法的な方法でしたが、それでも平均点が上昇すると、わずかに生徒たちの目の色も変わり始めたというか……。テストでいい点を取る、褒められるといった成功体験が極端に少なかった子が、少しずつやる気を取り戻し始めたように感じました」

生徒のレベルに合わせた授業やテスト作成を続けると同時に、藤崎さんは学校行事でも生徒に「責任」を与えるようにした。それまで学年やクラス単位で競っていた体育祭を、1年生から3年生が混在するチーム編成に。一部の教員からは「トラブルのもとだ」「そんなの無駄だ」という意見もあったが、3年生にリーダーを任せて学年ごとに役割を与えることで、それまで「言われたことをやる」だけだった生徒たちが徐々に自主的に動くようになったという。

「この学校の生徒には、小学校と中学校でみんなと何かに取り組んだり、リーダーとして人をまとめたりしたことがなかった子も多い。責任を持って成し遂げるという成功体験を重ねさせる必要があると思いました。以前よりも前向きに登校する生徒が増えたように思いますし、やっぱり彼ら自身にも『現状を何とかしたい』『楽しい学校生活を送りたい』という気持ちがあるんです」

子どもに「楽しかった」と言える思い出を1つでも残したい

一方で、少子化や人口減少を理由に、こうした定員割れの学校や教育困難校を統廃合する動きも加速している。

「教育困難校の生徒は、統合先の高校へは学力が足りず入学できません。彼らは中卒を選んだり、不登校になってしまったりするでしょう。また、彼らの中には、実は発達障害を抱えている生徒や、本来は特別支援学校に通うような生徒もいます。われわれの高校では、そうした生徒を受け入れられるような工夫もしてきました。こうした学校を潰すことは、彼らが全日制普通科を卒業できる可能性を潰すことでもあります。生徒の選択肢を狭めること、それが本当に子どもたちのためなのかは疑問です」

現在、複数の自治体が高校の再編を含む教育改革を進めている。公立高校の魅力向上を掲げているが、それが「誰にとって魅力的なのか」をいま一度考えてほしいと藤崎さんは訴える。教育困難校の生徒の多くに共通するのが、親が子育てを放棄している点だ。子どもに関心がなく、自分の生活や楽しみが優先。今でこそ少なくなったが、藤崎さんの着任当時は修学旅行のために積み立てたお金が惜しくて、生活がそこまで困窮していないにもかかわらず修学旅行を休ませるような親も少なくなかったそうだ。統廃合が進んだとき、そうした親がわが子の学力に見合う面倒見のよい学校に遠くても通わせるとは思えない、と藤崎さんは懸念する。

「教員の超過労働も問題になり、部活動顧問をなくす動きなども活発化していますが、学校には『人格の形成』という忘れてはならない役割もあります。勉強を教えるだけではなく、行事や部活動を通して得られる経験が子どもたちに与える影響は大きいはずですし、それこそが教員という仕事の魅力だと私は感じています」

教育困難校での11年を経て、藤崎さんはこうした子どもたちにとって真に魅力のある学校は「楽しいと思えること」だと答えた。

「うちへ入学してくる子は、まず学校にいい思い出がない子がほとんど。公立中学校は生徒の学力差がとくに激しいので、うちに来るような生徒は最後まで放っておかれたり、叱られ続けたりしてきたはずです。彼らにとって、教員は『敵』なのです。またその保護者も、学校にネガティブな印象を持っていると感じることが多かったです。この悪循環を断ち切るには、今いる生徒が学校を『楽しい』と思えることが何より大切だと考えます」

学校でできるだけ多くの体験をし、自分の子どもにその思い出を1つでも「楽しかったよ」と語れるようになったなら、それは教育の成功といえるかもしれない。

「教員志望者は減り続けています。教員の負担を減らせという声も大きいですが、学校が本来子どもたちに与えられるはずのチャンスを削ってしまうのは、子どもたちにとって大きな損失ではないでしょうか。真に必要なのは、子どもの学ぶ機会を奪う改革ではなく、教員の負担にしっかり応えられるだけの手当をはじめとした制度づくりではないでしょうか。『正当な手当が出ないからやりたくない』という人は多いはずです」

単純に労働時間が短縮されれば、現状の超過労働は解決されるだろう。だが藤崎さんは「教員を志した人は多かれ少なかれ、子どもたちに何かを与え導きたいという希望を持っているもの。子どもたちのためなら、と頑張れる人がたくさんいるのは事実です。その気持ちに“タダ乗り”するのではなく、正当な対価を払うことで、教育はもっとよくなると信じています」と強調した。

藤崎氏によれば、現在藤崎氏の学校には、若い教員を中心に「生徒たちの希望をできる限り叶えたい」という新しい教員が増え始めているという。学校は単に勉強を教えるだけの場ではなく、子どもの人生を変えるターニングポイントが各所に埋まっている場でもある。学ぶ機会はすべての子どもたちに開かれるべきであり、子どもではなく「大人にとって魅力的」なだけの改革には疑問が残る。

(文:藤堂真衣、注記のない写真:ふるさと探訪倶楽部 / PIXTA)

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