年齢:30代前半
居住地:関東
勤務先:小学校(中学年の担任)
帰宅は22~23時、朝は5時半起床
教員同士の結婚は多い。忙しいのはもとより、異業種と交流する機会が少なく出会いの場が限られるということもあるだろうが、価値観が合いやすく、仕事の何が大変でどこに苦労しているのかが互いに理解しやすいのも大きいといわれる。
同じ小学校の教員として夫と出会い、結婚した東村由香里さんもそう考えていた。仕事には全力で打ち込み、週末の休日はゆっくり休む。その傍らに、気持ちをわかってくれるパートナーがいてほしい――、人としてごく当たり前の心情だろう。
「交際中は、そういう週末を過ごすことができていました。2人ともお酒が好きで、飲みながらスマホでイントロゲームをするのが金曜の夜の定番だったんです。『寝落ち』するまでそうやって笑い合って、土曜の朝は10時ぐらいまでのんびりと寝るのが楽しみでした」
しかし、こんなささやかな楽しみも味わえなくなってしまった。理由は、夫が運動部の顧問になったからだ。小学校で部活動を実施しているところは少なくない。スポーツ庁の「令和元年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査」によれば、小学5年生の男子のうち運動部に所属しているのは29.6%、女子は19.8%。ある程度の小学校で部活動が行われていると思われる。
もちろん、部活動そのものに問題はない。体力向上のほか、異年齢との交流の中で人間関係を構築する経験は有効であり、自己肯定感や連帯感を高めることにもつながる。しかし、社会が急速に変化する中で、学校教育に求められる役割は拡大する一方だ。教員の負担も増える中、これまでと同じ運営体制で部活動を維持することが難しくなっている。
文部科学省もそのことは把握しており、2017年の中央教育審議会「学校における働き方改革推進本部」で「部活動は必ずしも教師が担う必要のない業務」と報告書に明記。20年9月の会合では、23年度以降の休日の部活動を段階的に地域へ移行する方針を打ち出している。主に中学校、高校の部活動に言及したものだが、同様の課題から小学校の部活動を廃止、民間に委託した自治体もある。
実際、東村さんの夫の部活動による負担は大きなものだった。
「朝は5時半に起床し、6時半には家を出て7時過ぎには働きはじめています。部活動は週3回あって、帰宅するのは22時から23時くらい。週末もほとんど部活があります。ひどいときは3カ月以上、100日連続出勤ということもありました」
雨が降れば土日の試合は中止になるため、毎週降雨を祈り続けていると東村さんは自嘲気味に笑う。夫が望んで顧問を務めているならまだしも、学生時代は文化部一辺倒で、顧問になってからそのスポーツを学んだという。「子どもたちのために」公認の審判資格まで取得したにもかかわらず、エキサイトした保護者から「審判どこ見てんだ、素人か!」となじられたり、保護者同士のいさかいに巻き込まれていわれのない非難を受けたりしているのがかわいそうだと話す。
部活動のない日も、決して暇というわけではない。東村さん自身の出勤時間も夫とほぼ同じ朝7時だが、学校を退勤するのは19時くらいと多忙だ。残業時間が1カ月100時間を超えることもあり、平日は本当に時間がないという。「ただでさえ忙しい」とは教員を表現するときの定番の枕詞だが、大げさな話ではないのだ。ちなみに、厚生労働省が定めた残業時間の過労死ラインは、1カ月当たり80時間である。
顧問を断ると“爪弾き”になる現実
厳密に言えば、部活動の顧問はボランティアではない。文部科学省は、2時間以上4時間未満の場合1800円、土日4時間以上で3600円としている。この金額をどう捉えるかは人によって違うだろうが、東村さんは「そんなお金はいらないからすぐにでも辞めてほしい」と訴える。
「結婚してから、夫はほとんど家におらず、いるときは疲れてぐったりしているだけ。お酒が好きなのに、最近は飲むとしてもビール1杯のみです。翌日が休み、ということがないからです。新婚のときも、結婚式を挙げてからその年の年末まで9カ月間、一切デートをしませんでした。年末にレストランで食事して『あれ、こんなちゃんと外食したのはいつだったかな』と振り返ったら結婚式以来だったんです。無理すればデートの時間ぐらいは確保できますけど、夫は十分に睡眠も取れない日が続いているわけですから、ゆっくりさせてあげたいですよね」
こんな心身ともに疲弊してまで、望まない部活の顧問をなぜ引き受けるのか。そう問うと、東村さんはこう打ち明けた。
「私自身は、顧問を打診されても全て断ってきました。でも、それが可能なのは女性教員だからです。男性教員の場合、顧問の打診を断るのは相当の勇気と、居場所を失う覚悟が必要です。以前、同僚の男性教員が断ったのですが、そのことが“ニュース”となってすぐさま内外まで知れ渡りました。隣の学校の先生から『あの人、断ったらしいね』と連絡が来ましたし、異動すれば『顧問を断ったのが来るぞ』という噂話が起こります」
「つまらない風習」と東村さんは一刀両断するが、一方で、教員の狭い世界で生きていくには、「受け入れざるを得ない現実」だとも話す。
「男性教員は、部活の顧問をしていないと、管理職からの信頼を得られないのが現実です。夫の学校の校長は運動部の顧問を持っていましたし、夫も将来は校長になりたいと思っています。ですから、当時まだ交際中だった夫から『打診を受けた』と相談されたとき、断ってくれとはいえませんでした」
東村さんは心情的には夫に理解を示しながらも、現実の理不尽さには納得できないという。切実だと打ち明けるのが妊活の問題。それはそうだろう、このままでは妊娠から出産、育児まで“ワンオペ”になることは確定的だ。
「子どものため」のやりがい搾取が横行
夫を苦しめる部活、妊活にも自由に取り組めない現状。理不尽なことばかりで、「学校には歪んだ常識がある」とまで言い放つ東村さんだが、教員の仕事にはやりがいを感じているとも語る。どうやら、そこに問題の本質はあるようだ。
「子どもと一緒に勉強するのは本当に楽しいです。できなかった問題ができるようになったり、意地悪ばかりしていた子が優しい言葉をかけられるようになったりと、成長が目に見えるのが教員の醍醐味ですし、何物にも代えがたいと思っています。子どもたちのことを考えると『こうしてあげたい、ああしてあげたい』といろいろなアイデアが浮かんできます。でも、それをすべて実行できるかどうかは、別の話です。年配の先生に多いんですが、『子どものため』を免罪符に仕事をどんどん増やしてしまうんです。この言葉を盾に仕事が増える風潮はもう終わりにすべきですし、結局部活もそういう考え方の延長にあると思っています」
部活で「100日連勤」はどう見ても異常であり、前出のように文部科学省も部活から教員を切り離そうとしている。それでもその動きは遅々として進まない。
「私は、そんなに大それたことを求めているつもりはなくて、プライベートを少し充実させたいだけです。私はもう半分諦めましたけど、このままでは教員のなり手がいなくなってしまうのではないかという危機感があります」
プライベートに不安を抱え、連日の激務に疲れ果てた教員が、子どもたちの健やかな成長を支えるという構造には無理がある。「部活の顧問」という存在は過剰なサービスで成り立ち、そのことで先生の心身がむしばまれている――そんな状態は、子どもたち自身も決して望んでいないのではないか。
(写真は投稿者提供)
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