特性や発達段階を見てから5月に「本クラス」を編制

小学1年生の学級において入学後に落ち着かない状態が続く「小1プロブレム」の存在は広く知られるようになった。「教員の話を聞かない」「授業中に勝手に歩き回る」といった行動を取る児童への対応に苦慮している教員は少なくない。

港区立小中一貫教育校お台場学園港陽小学校・中学校校長の吉野達雄氏も、「小1プロブレム」という言葉が出てきた頃から、幼稚園や保育園での生活から小学校生活への変化に順応できない子どもたちの存在を認識していたという。

吉野達雄(よしの・たつお)
港区立小中一貫教育校お台場学園港陽小学校・中学校 校長
校長として勤務していた港区立白金小学校で2021年度に同区初のプレクラス制度を導入し、同区校長会でプレクラス制度の取り組みを紹介。2023年度に同区教育委員会事務局学校教育部長に転任し、2025年度より現職

「教員は『1年生のクラスが大変』という話をよくしますし、経験の浅い先生が落ち着きのない子が多いクラスの担任になった場合にうまく対応できずに悩むケースも見てきました」

校長になって、改めて1年生のクラス編制の難しさを実感した。1年生のクラスは保育園や幼稚園から共有された児童の情報を参考に編制するが、学級経営がうまくいかない場合があるのだ。

「机上の情報だけでは不十分。支援を必要とする子どもが増えている背景もあり、1人ひとりの特性や発達段階を教員自らが確認したうえでクラス編制を行いたい」と考えるようになった吉野氏。4月に仮クラスを編制して、各児童の特性を見ながら5月に正式な「本クラス」を決定する「プレクラス制度」のアイデアを思いついたという。

「複雑なシステムを必要とするものではなく、予算もかからない“タダ施策”だった」(吉野氏)こともあり、当時校長を務めていた港区立白金小学校で2021年度から同制度を導入した。

初年度の取り組みに手応えを感じた吉野氏は、港区の校長会でプレクラス制度を紹介。「自校でもやってみたい」という問い合わせは多かったものの、次年度に新たに導入したのは赤坂小学校1校のみにとどまったという。吉野氏は「ベテラン教員から『わざわざクラス替えをしなくても、自分ならちゃんと対応できる』と反対され、導入に至らなかったケースが多かったようです」と話し、こう続ける。

「一方でプレクラス制度は保護者からの評判がよく、議会でも『なぜそんないい制度を広げないのか』といった質問が出るようになりました。若手の教員が増えている現状においては、教員個人の能力に頼るのではなく、組織としてより安定した学校運営を行える仕組みを作っていく必要があります。こうした複数の背景から、各校長の裁量に委ねるのではなく、区としてプレクラスを導入することになりました」

「児童と教員のマッチング」を考えたクラス編制が可能に

プレクラス制度では、入学後の1か月間程度、1年生は仮クラスで運営し、学年の担当教員が数日ごとに各クラスを持ち回る。1年生が5クラスだった2021年当時の白金小学校では、5人の教員が2日ずつクラスを持ち回り、それをもう1周繰り返したという。

吉野氏が現在校長を務める港陽小学校では、2025年度の1年生は2クラスで、2人の教員が仮クラスに1週間ずつ交代して入った。プレクラスの名称は「赤組」「白組」などとして、正式編制の「1組」「2組」といった名称と混乱しないようにしている学校が多いそうだ。

「プレクラス期間中は、学年の教員全員がすべてのクラスの児童と関わり、子どもたちの様子をじっくり観察します。年度当初に学年の教員全員ですべての児童を見ることで、本クラスを編制した後も『学年全体で子どもを育てる』という意識で教員が児童に関わることができるようになります」

本クラスの編成を行うにあたっては、プレクラス期間中に把握した児童の特性などの情報を学年の教員で共有して意見交換を行ったうえで、最終的に校長が決定するという。

「不安が強い子は包容力のあるベテランの先生のクラスにしたり、エネルギーに満ちあふれている子は若手の先生とたくさん外遊びができるようにしたりというように、児童と教員のマッチングを考えたクラス編制ができるのは大きなメリットです。また、この制度があることで、個別の支援を必要とする子はベテランの先生のクラスにするなど、教員の力量に応じたクラス編制もしやすくなります。本クラス編制の際には、保育園や幼稚園からの情報では漏れてしまうような“少し気になる”子どもたちや、子ども同士の組み合わせによって問題が起こりやすくなるケースにも注意を払うようにしています」

2025年度の港陽小学校ではプレクラス期間中、片方のクラスは落ち着いて行動できる子が多かったものの、もう一方のクラスはあまり落ち着きがなく、偏りが見られたそうだ。そのため全体のバランスを調整して本クラスを編制したところ、仮クラスからの移行もスムーズだったという。

教員の方を向き、姿勢を正す港陽小学校の1年生たち

なお、プレクラス制度の運営にあたっては、教員ごとに指導内容が異なると子どもたちが混乱してしまうため、「事前に教員同士で細かく指導方法を打ち合わせておく必要がある」と吉野氏は指摘する。

「とても細かいことですが、ランドセルはどの向きで置くのか、机の上に出した筆箱や教科書はどの位置に置くのかといったことについても、教員同士で話し合って指導の内容を揃えておくことが大切です。従来よりも教員同士の打ち合わせにかかる時間は増えますが、同じ学年の教員の取り組みを見ながら学べる機会が増えることは、若手教員の安心感にもつながっているように思います」

一時的な事務作業が増えても「上回るメリット」がある

仮クラスに慣れてきた5月のタイミングで本クラスに移行することで、友達関係が変わって不安を感じる子どもはいないのだろうか。

「そのように心配する声もありますが、子どもたちにしてみると、本クラス編制後はほかのクラスにも知っている子がいる状態になるため、より広いコミュニティを築いていけるメリットもあります。また、プレクラス期間に学年の教員全員と関わる経験をしておくことで、子どもたちは何かあれば自分が話しやすい先生に相談できるようになります」

保護者に対しては、入学前の保護者説明会でプレクラス制度について説明し、本クラスの編制に関しては保護者からの要望は原則として受け付けないことにも言及して理解を求めている。ただ、学校と密なコミュニケーションが必要な保護者がいる場合は、保護者対応の経験が豊富なベテラン教員がその児童の担任となって対応できるよう配慮するケースもあるという。

なお、5月にクラスを再編することで、靴箱やロッカーの名前シールを貼り直したり、机や椅子の移動をしたりといった学校現場での事務作業の負担は増える。その点について吉野氏は、「1年生が5クラスだった白金小では、作業日を決めて全教員で取り組み、1時間程度で作業を終えることができました。2クラスの港陽小では、1年生の担任・副担任・講師が協力したことで、大きな負担なく本クラスへの移行ができました」と話す。

「何事も新しい取り組みには細かな変化が伴いますが、目先の負担を理由にして改革に取り組まずにいるほうが大きな損失につながりかねません。とくにプレクラス制度は難しい施策ではなく、どの学校でも実践できるものです。子どもたちが環境の変化に多少戸惑ったり、5月に一時的に事務作業が増えたりしても、偏りのあるクラス編制から学級崩壊に至ることを防ぎ、その後の11か月の学級経営が安定する可能性が高まることを思えば、児童にも教員にもメリットが大きい施策だと言えます」

自治体の財政状況に左右されず、成果が期待できる制度

港区教育委員会人事企画課長の大久保和彦氏は、区一律での導入に踏み切った2025年度の取り組みを振り返り、「プレクラス制度は予算をかけなくても実施できる、効果のある制度だと感じている」と話す。

大久保和彦(おおくぼ・かずひこ)
港区教育委員会事務局学校教育部 教育人事企画課 課長

港区には全19校の区立小学校があり、単学級の1校を除く18校で25年度はプレクラス制度を実施。1校のみ「仮クラスのままの運営で支障がない」との判断から5月のクラス替えは実施しなかったが、そのほかの17校ではプレクラス期間の様子を見て5月に本クラス編制を実施した。教員からは「学年全体でバランスの取れた学級編制ができてよかった」「学年の教員全員で子どもを見られるようになった」といった反応が寄せられているという。

白金小学校のみで実施していたプレクラス制度を全区立小学校に導入するにあたっては、制度についてのリーフレットを作成するとともに、校長会での説明を行ったことで、大きな混乱はなかったという。

2021年度と2022年度は校長として、2023年度と2024年度は教育委員会事務局学校教育部長として、白金小学校のプレクラス制度を見守ってきた吉野氏は、「プレクラス制度は環境を整えるための施策であり、学級経営の苦労がゼロになるというパーフェクトな施策ではない」としながらも、その成果について次のように話す。

「白金小学校で2021年度から2024年度まで毎年1年生を担当した教諭に話を聞いてみたところ、『ある年度だけは仮クラスのままでもうまく学級経営ができたかもしれないが、残りの3年間は仮クラスのままでは大変だったと思う。本クラスに編制し直すことができてよかった』と言っていました。プレクラス制度は難しい取り組みではなく、予算をかけずに効果が得られる“タダ施策”なので、自治体の財政状況に関係なく運営できます。管理職や行政担当者の新しいことに取り組もうとする勇気、そして先生方の良好な人間関係があれば、どの自治体でも成果を出しうる施策だと言えるのではないでしょうか」

導入初年度においては順調な滑り出しを見せたと言える、港区のプレクラス制度。今、都内外の教育委員会などからの問い合わせも多く寄せられており、小1プロブレムに対応する1つの取り組みとして注目が集まっている。

(文:安永美穂、写真:編集部撮影)