少子化だから「教員は増やす必要はない」?

「異次元」といわれる少子化が日本では進行している。厚生労働省が11月5日に公表した人口動態統計(概数)によると、今年上半期(1〜6月)の日本人の子どもの出生数は32万9998人で、このペースでいけば年間出生数は70万人を割り込み、過去最少を更新する見込みだ。

そうした中で、「少子化で児童生徒数も減るのだから教員の数も増やす必要はない」という意見もある。昨年末の2025年度予算案をめぐる文部科学省と財務省の折衝でも、教員に残業代を支払わない代わりに支給される教職調整額ばかりが注目されて、教員を増やす議論は注目されなかった。

しかし、社会問題にまでなっている教員の長時間勤務問題を解消し、さらに質的に豊かな教育を実現していくためには、教員の増員がどうしても必要である。

その立場から、日本大学文理学部教授の広田照幸氏を中心とする研究グループが、「少子化の中の公立小学校教員需要に関する将来推計」という論文を発表した。グループには広田氏をはじめ、橋本尚美氏(日本大学文理学部人文科学研究所研究員)、濱本真一氏(日本大学文理学部准教授)、島﨑直人氏(神奈川県教職員組合執行委員長)が名前を連ねている。

日本の少子化はどう動いていくのか、それにともなって教員を減らすのではなく、逆に増やす必要があるのか、そのために何をすべきなのか、研究グループの広田氏と橋本氏の2人に聞いた。

少子化のスピードはスローになる…

——少子化による公立学校の児童生徒と必要な教員定数についての将来推計をされていますね。しかし少子化が指摘されるようになってずいぶん長いと思いますが、この間に将来推計はすでにされているのではないですか。

広田 どうやら、しっかりした将来推計はなされてきていません。研究者によるこれまでの教員需給の将来予測は、過去のトレンドから今後を推計する単純なものでした。行政の側では長期の推計はやっていないようです。

少子化を口実に教員定数の改善が進まないとしたら、教育の質はよくならないし、今の教員の長時間勤務の問題解消もおぼつきません。だからこそ、具体的な数値を手にして教員増員の議論ができるようにするためには、将来推計の作業が必要でした。

広田照幸(ひろた・てるゆき)
日本大学文理学部教授
南山大学助教授、東京大学教授などを経て現職。近現代の教育を広く社会科学的な視点から考察している。専門は教育社会学・教育史。『教育論議の作法』(時事通信社)、『教育は何をなすべきか―能力・職業・市民―』(岩波書店)など著書多数
(写真:前屋氏撮影)

橋本 ここでは、公立小学校の児童数の推移について説明したいと思います。文科省の「学校基本調査」(2023年度)によると、2023年5月1日現在の公立小学校の児童数は593万3907人です。これは既定値なので、これを基準値とすれば、過去と同じように少子化が進行するとすれば、将来の児童数は推計できます。しかし、それでは正確な推計とはいえません。

そこで私たちは、厚労省の「人口動態統計(確定数)」のうち2023年までの出生数(概数)と、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(2023年推計)」における「出生中位(死亡中位)推計」による2024年から2057年の出生数(推計値)を推計の要素として、今後の学齢児童数の推移を計算しました。

それを今後の公立小学校の教員数がどうなっていくのかについての試算するベースにしました。

橋本尚美(はしもと・なおみ)
日本大学文理学部人文科学研究所研究員
(写真:前屋氏撮影)

広田 今は急速な少子化が進んでいますが、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によれば、もう少し先には、少子化のスピードはスローになります。

橋本 これで計算すると、2023年度に593万3907人だった公立小学校の児童数は、2033年度には448万9462人に減ります。さらに2043年度には443万1331人になると推計されます。

——児童数の推計ができれば、それにともなう教員数も正しく推計が可能だというわけですね。

橋本 教員の定数の決め方は複雑で、子どもの数が1割減ったから教員定数もそのまま1割減るわけではありません。定数の決め方のたくさんのルールをひとつずつ算出して積み上げていく手法で、今後の少子化にともなう公立小学校の教員数の将来推計を行ってみました(『季刊教育法』第222号など)。

今回はとりあえず少子化の中位推計で試算の結果を出しましたが、もっと少子化が進む低位推計の場合についても同じような作業をやっています。近いうちには、公立中学校の教員数についても推計をやりたいと考えています。

教員が多忙なのは、教員の数が足りないから

——少子化の中位推計での公立小学校の教員数について結果を教えてください。

橋本 まずは少子化による「自然減」に任せた場合を計算しました。今の制度では、各学校の学級数によって必要な教員数のかなりの部分が決まるルールになっていますが、ほかにもさまざまな要因があるので、一つひとつ積み上げていきました。学校統廃合などの要因など、そこには複雑な計算が必要でした。細かく説明すると複雑になりすぎるので、ここでは説明を省きます。

結論から言うと、2023年度に42.7万人だった教員数は、「自然減」では2033年度には35.9万人、2043年度には35.6万人となります。20年間のあいだに7.1万人もの教員が減る計算になりました。

——従来の推計でも、今回の先生たちの推計でも、必要な教員数は違っていても、減ることは同じだと思います。少子化の進行で必要な教員数は減るのだから教員数を増やす必要はない、というのが財務省の主張です。そこを崩せないために、文科省は要求どおり教員数を増やせないでいるわけです。

広田 そうですね。学級数に比例して必要な教員数の大きな部分が決まる従来のやり方だと、少子化が進むと全国の一学校あたりの学級数が減っていくので、教員を増やす必要はないように思えます。それが正しければ、現在のような教員の多忙化は問題にならないはずです。教員が多忙なのは、教員の数が足りないからにほかなりません。

2023年5月に、教育学研究者が集まって、「教員の長時間勤務に歯止めをかけ、豊かな学校教育を実現するための全国署名」の運動をやったことがあります。そこでは18万2000筆の署名が集まりました。そのとき署名活動だけでなく、研究者の集まりでいろいろ議論しました。

その結果、一致したのは、「長時間勤務に歯止めをかけるには、教員1人あたりの持ちコマ数を減らすしかない」ということでした。今の状態では持ちコマ数が多すぎて長時間勤務にならざるをえないだけでなく、教員が内容的に深い授業研究をする余裕もありません。これでは「豊かな学校教育」は実現できません。

——教員1人ひとりの持ちコマ数を減らさなければ、教員は忙しいままだし、豊かな教育もできないということですね。たしかにトイレに行く時間もないという現状では、授業準備も十分にできないし、豊かな教育になりません。

広田 そうです。そのためには、教員の数を増やすしかありません。文科省も財務省も単純な教員の数の話はしますが、そこに「質」で考慮することを忘れています。今回の私たちの論文では、その「質」の問題も大きなテーマとしています。

——具体的には、「質」を確保するためにも、教員数の決め方をどのようにしていけばいいのでしょうか。

広田 教員の数は基礎定数と加配定数で決まりますが、基礎定数のほうが大きな割合を占めているので、ここでは基礎定数で説明します。基礎定数を決めるときは、学級数に係数をかけて算出されます。この係数が、「乗ずる数」です。

橋本 乗ずる数は学校の学級数で変わるのですが、8学級および9学級の学校で1.249、16学級から18学級までの学校で1.200となっています。18学級の場合なら「18×1.2=21.6」で、21.6人が配置されるわけです。

これに校長1人とか特別の目的で配置される加配教員など、そのほかの定数が上積みされます。乗ずる数の数字が大きくなると各学校に配置される教員数が増えるので、授業担当に空きコマができて、勤務時間中に授業準備やそのほかの仕事をやれる余裕が生まれます。

広田 その乗ずる数は、1993年に少しだけ改善されましたが、それ以降、30年間も変更されていません。少子化で子どもの数は減るのだから、乗ずる数は変える必要がないと考えているのが財務省です。

しかし、この30年間で求められる教育の質は大きく変化しています。昭和の教育から平成の教育へ、そして令和の教育に移ってくる中で、学習指導要領で教員のやらなければならないことは増やされるばかりです。

さらに、教育の質もグレードアップしろとのプレッシャーも増すばかりです。少子化でも、教員のやることは減るどころか増える一方なのです。そのために教員の多忙化は進み、豊かな教育を実現するための余裕も失われています。

5年間かけて乗ずる数を1.387倍へ段階的に引き上げる

——教育の質のグレードアップを言っている文科省には、そのために教員数を増やすという発想はないのでしょうか。

広田 例えば1985年の臨時教育審議会で、改革理念の最初に「個性重視の原則」が出てきます。個性重視のためには教員の負担は大きくなりますが、そのために思い切って教員を増やさなければならないという発想は、当時の文科省にはありませんでした。

当時の文部省初等中等教育局審議官だった菱村幸彦氏に聞き取り調査をしたことがありますが、「(個性重視は)初中局の案件ではありませんでした。(臨教審での)議論の中から出てきたことでしょう。初中局としては、(個性重視で)特別に何かやらなければいけないという認識はありませんでした」との答えでした。今は何とか教員を増やしたいと文科省なりに努力していますけどね。

——文科省は「仕事を減らせ」という号令をかけていますが、実際には教員がやらなければいけないことは、どんどん増えていって、現在のような状態になっています。このままでは、教員の「働き方改革」どころか、ますます多忙化に拍車がかかることになります。

広田 そこで乗ずる数を変えていって教員を増やして、勤務環境の基礎条件を見直す必要があります。教員の多忙化にストップをかけるには、乗ずる数を改善して教員の数を増やしていく必要があります。

橋本 2022年の教員勤務実態調査によると、公立小学校教員の平日1日あたりの平均在校時間は645分で、法定勤務時間の465分より180分多くなっています。「645÷465」で1.387となりますが、今の乗ずる数を1.387倍に改善すると、理論上は教員の超過勤務時間はゼロに近づいていきます。乗ずる数を改善することで、教員の長時間勤務問題は解消されるわけです。

広田 これを、いっぺんに引き上げるのは予算面でハードルが高い。そこで、2024年度から5年間かけて段階的に引き上げて乗ずる数を1.387倍にしていったらどうか、というのが私たちの考えです。毎年1.0670倍していけば、2023年度に乗ずる数が1.000倍だったところは、2028年度には1.387倍になります。

この計算をしていくと2028年度の教員数は50.5万人、2043年度は45.4万人になります。少子化との関係で2028年度が教員数のピークになりますが、その後の減少幅は小さく、その後の20年以上は教員数約40万人台が維持されると推計しています。

少子化に合わせた教員数の自然減に任せておくと教員不足は悪化するばかりですが、40万人の教員数が継続的に維持できていれば、余裕を持った豊かな教育が実現されるし、教員も家族と夕食をともにするなど生活時間の確保も可能になります。もっと余裕を増やすために、10年かけて乗ずる数を1.5倍にする試算も行っています。

——財務省は「財源がない」とか「お金をかけても教育の成果は上がらない」と言い続けています。それに文科省も効果的な反論ができていません。乗ずる数の改善についても、財務省は強く反対する気がします。

広田 そうですね。問題は、短期的な視点で財政的に効率的な国家を目指すのか、それとも将来的に大きなリターンを期待する社会投資をする国家になるのか、ということです。効率的な国家を目指すなら、「お金は出さない」となってしまいます。

教育にしっかり予算を投入して豊かな教育を実現していけば、国民の生産性は高まって、最終的には税収額も増えていきます。とくに少子化になっていく中では、生産性を上げるしか国として成長していく道はありません。財務省はそこを考えるべきだし、文科省も強調していく必要があるはずです。

(注記のない写真: zon / PIXTA)