地方の「普通の公立」がどこまでできるか、ICTの力で挑戦

Shin Edupowerは、日本人がインドのニューデリーで創業した日系企業で、現地と日本をつなぐ教育プログラムを提供している。ホームステイやインドの名門IIT(インド工科大学)訪問を行う現地スタディツアー、オンラインでの協働プログラムも実施しており、実施先にはかえつ有明高校や国際基督教大学高校、豊島岡女子学園など、グローバルな取り組みで知られる東京の有名校が並ぶ。

そんな中、鹿児島県にある公立中学校が、同社を通じてインドとの国際交流に挑んだ。姶良(あいら)市立帖佐(ちょうさ)中学校の校長・辻慎一郎氏は「私たちの学校は、まあ地方にある学校ですが」と笑いながら話す。

「どこにいてもつながれるICT教育の強みを活かし、『普通の公立』がどこまでできるか、積極的に挑戦していきたいのです」

初導入となった2022年度は、年度の途中からの試験的な取り組みだったため、規模を縮小した英語学習プログラムとした。同校で英語教員を努める池田伸吾氏は、「総合的な学習の時間」での本格始動を果たした2023年度、前年との明確な違いを感じたと言う。

「英語の授業として取り組んだ昨年は、子どもたちの間に『英語が得意な生徒が活躍するんだろうな』という空気が漂っていて、モチベーションの差を埋めるのがなかなか難しかった。しかし今年は違いました。取り組んだのは昨年同様、中3の約260人。最初こそ『やっぱり英語ができないと』という思いがあったようですが、『総合的な学習の時間』のグループワークは全員で行うものです。英語が苦手でも、実は電子機器やソフトに詳しかったり、意外な知識を持っていたりする子は少なくありません。同じクラスの生徒の新たな一面を、このプログラムで知った生徒も多かったはずです」

全12回の授業の中で、子どもたちは自分の暮らす国や地域について、インドの生徒に知ってもらうための動画を作った。動画の内容の大まかなジャンルはShin Edupower社が選択肢を示すが、そこから何を選ぶかは子どもたち次第だ。池田氏はこう説明する。

「子どもたち自身が興味のあることなのでしょう、エンタメやスポーツのテーマを選ぶグループが多かったですね。動画制作の過程だけでなく、その動画にインドから寄せられるフィードバックによって、子どもたちはぐっと成長していきました」

「夢を言葉にする生徒が増えた」高校の学びにも前向きに

例えば、自分たちが休み時間にサッカーをして過ごすことを、動画で見せようとしたグループがあった。制服のまま校庭で遊ぶ様子は日本人にとっては見慣れた光景だが、インド人からは「日本の中学生はこういう服装でサッカーをするのか」という質問が寄せられた。また別のグループは、日本の神社を紹介しようと、下校時に神社に寄って参拝風景を撮影した。するとその動画を見たインド人は意外な点に関心を持った。夕方の薄暗い中で動画を撮ったため、「神社への参拝は暗い時間にするものなのか」と尋ねられたという。

「思いも寄らない視点での質問に生徒たちは驚いていました。でもそこで初めて、自分の当たり前が相手にとってはそうでないことを実感する。身のまわりのことへの意識も変わったようです」

英語ができる社員の力も借りながら、英語でのコミュニケーションに挑戦
(写真:Shin Edupower提供)

最初は遠慮がちだった子どもたちも、回を重ねるごとに相手への親近感を増していった。12回の授業の最後を締めくくったのは、双方の教員や生徒たちが作ったオリジナル問題で競うクイズ大会だ。いつものようにオンラインの画面がつながると、2つの国の生徒たちは自然に手を振り合った。

「日本とインドの世界遺産の数を足したらいくつ?」「カレーが日本に伝わったのは何世紀?」

英語で出題できる日本の生徒は英文を読み上げ、互いの正解や不正解に歓声を上げながら、クイズ大会は賑やかに進行した。池田氏は、このような生きたコミュニケーションがもたらしたものがとても大きいと感じている。

「子どもたちから多く挙がったのが、『最初にインドの生徒が日本語であいさつしてくれたのがとてもうれしかった』という声です。これは外国人と接するとよくあることだと思いますが、実際に味わってみるとやはりインパクトが違うのでしょう。自分も相手に伝わる言葉で話したい、という気持ちが強くなったと思います」

このプログラムを経て「夢を言葉にする生徒が増えた」と池田氏は続ける。

「それまでも思ってはいたでしょうが、『英語を話せるようになりたい』『インドにも行ってみたい』など、希望を口にするという積極性が生まれているようです。これはプログラム実施前には見られなかったことです」

辻氏も、高校入試に向けた面接の練習で、プログラムによる生徒の変化を実感した。

「高校でどんなことをしたいですか、と聞くと『探究活動に力を入れたい』『海外と交流してみたい』と答える生徒が増えた。日本の子どもは自信がないと言われており、これは私たちの責任だと感じていますが、インドと関わることで自信が持てたなら本当にうれしいですね」

生徒も教員も「こういうふうにしてもいいんだ」と気付いた

ヒンディー語話者の英語は「ヒングリッシュ」と呼ばれ、訛りの強いものだとされている。だが臆せずに英語を話すインドの生徒を見て、日本の生徒たちは「これでいいんだ」「自分の英語も通じるんだ」と感じたのだろう――池田氏はそう推測する。

「プログラムの初期に、Shin Edupower社のインド人社員が『授業前のあいさつや掃除当番、給食当番など、日本の生徒はすばらしい』と褒めてくれたことがありました。こちらの生徒たちは驚きながら喜んでいましたが、当たり前だと思っていたことに価値があると気付いたと思います。こうしたことも自信になったでしょうし、一方でもう少し自由でもいいんだと思ったかもしれません。インドの生徒さんたちは、画面越しでもかなりおおらかに見えることもあります(笑)。日本の子どもたちは『こういうふうにしてもいいんだ』とか、『うまくいかなくても恥ずかしいことじゃないんだ』と気付いたのではないでしょうか」

この「こうしてもいいんだ」という発見は、教員にも大きな影響を与えた。英語やICTの苦手な教員も「生徒と同じ目線で一緒に学んでもいいんだ」と気付き、プログラムを共に楽しんだそうだ。

教科の授業も変わった。辻氏が授業中に校内を回っていると、プログラム実施前とは違う光景がいくつもの教室で見られたと言う。

「これまではどうしてもチョーク&トークになりがちで、生徒主体の授業にするには先生方にどうしてもらったらいいのかと私も考えていました。それがインドとの交流を経て、例えば国語の授業をのぞいてみると、先生が教壇に立たずに探究型の授業を行っているんです。数学の授業でも、子どもたちがグループワークをやっている。先生に聞けば『今は自由進度学習をやっています』と」

思い切りましたね、と辻氏が言うと、教科の教員たちは口々に「こういうふうにやってもいいんだ、と思えるようになった」と答えたそうだ。

家庭からも反響があった。帖佐中学校では保護者限定のYouTube配信をしているが、プログラムの様子を映した動画には「なぜインドなのか?」というコメントが多く寄せられた。辻氏が丁寧に説明を返すと、「そうですか、自分の固定観念を変えなければいけませんね」などとコメントがつく。このコメントをつけた保護者の家庭では、かなりの確率で、インドについての会話が生まれているとみていいだろう。「子どもたちも最初は『なぜインド?』と思っていたと思います」と振り返る辻氏。それが今や、家庭や地域をも巻き込んで変わり始めたのだ。

「学校とは本来、子どもだけでなく大人も共に学ぶ場所であるはず。働き方改革や地域格差が叫ばれる今日ならなおさら、一丸となって教育に取り組む必要があるでしょう。教員も保護者も地域も、みんなが共に学び続けられたらと思います」

(文:鈴木絢子、注記のない写真:yurakrasil / PIXTA)