子どもたちの第3の場「コンピュータクラブハウス」とは?

公教育における情報教育支援を行うNPO法人みんなのコード。2015年の設立以降、「子どもたちがデジタルの価値創造者となることで、次の世界を創っていく」というビジョンの下、行政や企業と協力しながら、プログラミング教材の開発や教員向けの研修、政策提言や調査研究などを行ってきた。

そして今、新たな試みとして取り組んでいるのが、子どもたちの誰もがテクノロジーに触れられる場「コンピュータクラブハウス」の展開だ。これまで学校教育の支援をメインに行ってきたが、すべての子どもを対象に支援していくためには、新たな場づくりが必要だと考えたという。同法人の社会教育部門の部長を務める末廣優太氏は、次のように語る。

末廣 優太(すえひろ・ゆうた)
NPO法人みんなのコード 社会教育部門部長、コンピュータクラブハウス加賀館長、NPO法人ガクソー理事、石川県デジタルアーティスト発掘委員会代表
複数のITベンチャーを経て石川県に移住し、珠洲市教育委員会事務局 ICT支援員や 学習塾経営など多様な立場から教育事業に従事。2019年に「すべての子どもたちが気軽にテクノロジーに触れ、表現することを楽しむ」ことを理念に掲げた施設「コンピュータクラブハウス」を石川県加賀市と立ち上げ、館長に就任。21年、大阪大学大学院人間科学研究科に進学。「テクノロジー×子どもの第3の居場所」の全国展開を見据えた政策提言を準備中

「不登校の子や学習困難の子、そもそも学校教育になじめない子どもたちがいます。また、プログラミング能力が傑出していてもそれを伸ばせる場が存在しないなど、経済格差や地域格差によって教育の質に差が生じてしまっている問題もあります。しかし現在、学校の先生方の長時間労働は深刻で、これらの解決をすべて学校に求めることは困難です。そこで、子どもたちの活動の幅が広がり、かつ先生たちが少しでも働きやすくなることを願い、学校や家庭以外の第3の場として、コンピュータクラブハウスをつくろうと考えたのです」

コンピュータクラブハウスとは、米ボストン発祥の「子どもたちがいつでも安全に無料でテクノロジーに触れられるコミュニティーの場」だ。1993年にマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボが協力して博物館につくったのが始まりだといわれている。

人種的マイノリティーや低所得層の子どもたちにテクノロジーの利用機会が開かれる場として広がり、現在は世界21カ国100カ所以上に設置されている。各施設では、子どもたちは大人のメンターと協力し、テクノロジーを使って自分の好きなことを仲間たちと一緒に追求している。2013年にオバマ元米大統領が訪れたことで社会的に注目度が高まった。

これまで国内での実績はなかったが、みんなのコードが初めて日本に導入し、現在3拠点を運営している。プログラミング教育支援でつながりのあった加賀市と共に19年5月から始めた「コンピュータクラブハウス加賀」(石川県加賀市)が日本第1号だ。

コンピュータクラブハウス加賀

そして、同様の取り組みを始めたいという地元企業の三谷産業から施設と資金の提供を受け、21年7月から金沢市でも「ミミミラボ」をスタート。その後、日本財団などから資金提供を受ける形で、22年3月からは高知県須崎市でも「てくテックすさき」をオープンした。

「私たちはコンピュータクラブハウスのような施設を最終的には全国で2000カ所はつくりたいと考えています。デジタルを活用して表現する権利をすべての子どもたちに保障するためにも、将来的には公立図書館のような生活のインフラとして整えていきたいと思っているのです」

デジタルの「消費者」ではなく「表現者」を育てたい

各施設とも、10~18歳で登録を済ませれば、基本的には市内外在住を問わず誰でも無料で利用できるというが、子どもたちはコンピュータクラブハウスで具体的にどんな活動をしているのだろうか。

現状、3つの施設はいずれも200平方メートルほどの広さで、パソコンやタブレットのほか、ドローン、3Dプリンター、VR、レーザー加工機など多種多様な機材を備えており、プログラミングをはじめ動画制作、音楽制作、グラフィック制作などができるソフトウェアも充実している。

3Dプリンターでの創作(左)や映像制作(右)、楽曲制作など、先端技術を使って自由に表現活動ができる

プログラミング教育やSTEAM教育というのは、機材をそろえるだけで多額のお金がかかってしまう領域だ。だから、学校や家庭でそろえられない機材を用意し、この場所に来たすべての子どもたちがプログラミングに限らず、動画制作、音楽制作などデジタルによる表現活動を自由に行えるようにしているのだという。

「最近では貧困家庭ほど、子どもが1人でも時間を潰せるようにと親がゲーム機を与える傾向があります。しかしそれでは、子どもたちは単なるデジタル消費者になりかねません。デジタルの力が子どもたちの将来を左右するようになった今、私たちはデジタルを使って自分のアイデアを表現できるような子どもたちを育てたいと考えています」

各施設とも週に20時間ほど開館しており、基本的に利用時間は放課後からだが、不登校の子どもたちも利用できるよう施設によっては午後1時から開けている。

運営は常駐のスタッフと、メンターという形で映像編集やプログラミングなど専門性を持った地域の社会人、あるいは大学生などが毎日2人ほど入って子どもたちの活動をサポート。子どもたちがどんなデジタル機材を使って、何を作るか、何を学ぶかは自由だが、やりたいことがわからない子には、スタッフやメンターが会話から興味・関心を探るなど活動のコーディネートも行っている。

「私たちの施設は、学校外の同世代や日常生活でなかなか会えないような大人たちに会うことができ、自然にコミュニケーションが発生する点もいいところだなと。とくに地方では子どもたちがエンジニアやデザイナーになろうと思っても、身近にロールモデルがおらず、親や学校の先生がどう機会提供して導いてあげればよいかわからないケースも多いのですが、施設ではデザイナーを目指す高校生と地域の現役のデザイナーがこたつで気軽におしゃべりしながら将来のことについて語り合う場面なども見られます」

コンピュータクラブハウス加賀にて、現役デザイナーと高校生がお互いの作品について話す様子(上)、ミミミラボでの利用者とメンター(左下)、てくテックすさきでイベントの打ち合わせをする利用者たち(右下)

コンピュータクラブハウスの取り組みが始まって4年目。末廣氏は現在、担当責任者として定期的に3拠点を回っているが、そこでさまざまな子どもたちの成長を目の当たりにしているという。例えば、小学5年生からJavaというプログラミング言語を独学で学び、この施設に来て勉強しながら今年中学3年生になった子は、地元IT企業でアプリ開発のサポートをするようになった。

「読み書きに困難があるディスレクシアの子が音楽制作で才能を発揮するようになったり、コミュニケーションをうまく取れなかった子がスタッフのために3Dプリンターで作品を作ってくれたり、当初より明るくなった不登校傾向の子もいます。3拠点は、子どもの個性をいろんな視点で面白がってくれる大人がいる場。デジタルスキルが伸びるというのも大事な変化ですが、自分で作ったものを認めてもらえるサイクルを通じて、自らアイデアを提案する自信がついたことが大きな成長ではないかと思います」

居場所と学びの両立を追求し、さまざまな形態で普及目指す

現在、金沢市のミミミラボでは、登録者は350人強、延べ1700人超の子どもたちが利用している。金沢市より人口の少ない加賀市のコンピュータクラブハウス加賀でも年間1400人ほどの子どもたちが利用しており、全体として拡大傾向にある。

「現状では中高生は放課後の部活動などがあり、比率的には小学生の利用者が多く、『テクノ学童』と呼ぶ人もいます。金沢市では男女比率が6:4であるのに対し、加賀市では施設の名称にコンピュータという言葉がついていて女子がとっつきにくいのか、男子の比率が高い。一方、高知県須崎市では地域の特性があるのか、女子の比率が高くなっています。いずれにせよ、デジタル・テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消に努めていくことも私たちの果たすべき役割だと考えています」

今後は外部とのつながりも強化していく。例えば、第1号の「コンピュータクラブハウス加賀」は、米国のクラブハウスネットワークにも加盟しており、コロナ禍で中止となっていた年次総会や各国の子どもたちを集めたハッカソンなどにも参加し、世界との交流も進めていく方針だ。Minecraftカップへの出場など、施設内でチームをつくって参加するような取り組みも行い、「ゆくゆくはeスポーツなどにもチャレンジしていけるといいなと思っています」と、末廣氏は話す。

また、加賀市の中学校ではコンピュータクラブハウスでの活動が部活動として認められるようになったほか、学校と教育委員会と一緒にSTEAM教育のイベントを行う予定など、教育現場との連携も出てきている。

「コンピュータクラブハウスの取り組みは始まったばかりなので、引き続き子どもたちの居場所と学びの両立について問い続けたいと思います。また、児童館の活動をアップデートする形や、博物館の一角に入れる形、みんなのコード直営ではなく現地のNPOが運営する形など、さまざまな運営スタイルを模索し、施設の普及を進めたいと考えています」

(文:國貞文隆、写真:みんなのコード提供)